魔窟捜索隊、出立!
青空に無数の花びらが舞う。
貴族の邸宅から出発した魔窟探索隊が大通りを行進する。
先頭には煌びやかな鎧を纏った貴族・スピキノニウス様が、天蓋付きの輿の上に座って、にこやかに民衆に手を振っている。
人々は熱狂し、花びらを投げ、布を振り、歓声を上げる。
僕はその隊列の後ろの方で、もううんざりしていた。
貴族様の魔窟探索は、民衆にとっては楽しいイベントだ。
華やかな隊列は目の保養だし、兵士の持つ武器や旗は、勇ましさに気分が昂揚する。
人が集まるから様々な露店が立ち、舌や目で人々を楽しませる。
しかし、隊列の進みは遅く……荷物が重いんです。無駄に動かないと余計に。……置いちゃ駄目かな?
隊列はやがて中心部の広場に着いた。ラッパの音が響き渡り、スピキノニウス様が輿の上で立ち上がった。
「賢く勤勉なラマニアの民よ!私、スタービャ・スピキノニウスは、今日魔窟へ入る!」
歓声と拍手。
「皆には食べ切れぬ程の肉を約束しよう!魔物の牙、毛皮も持ち帰ろう!偉大なラマニアに更なる富をもたらそう!」
また歓声と拍手。あ、スピキノニウス様の使用人が先導してる。普段無愛想な店主もにこやかに拍手だ。保護貴族様へのビジネス笑顔だろう。
「今回は、私の長男、ルキアノ・スタビヤウスも同行する!彼によいアルティを与え、次世代のラマニアに光を与えよう!」
スピキノニウスの隣に若い男性が立ち、手を振る。顔達は悪くないけど、ちょっとメタボ。魔窟は輿使えないけど、大丈夫?
「我ら一族はラマニアの栄光と共にあり!ラマニア万歳!」
ラマニア万歳、と民衆が唱和した。吟遊詩人達がスピキノニウス様を褒め称える詩を吟じ、兵士が勇ましく旗を振る。
やがて再度ラッパが鳴り響き、隊列が動き出した。
やれやれ、やっと前に進める。
その後も隊列はゆっくりゆっくりと動き、広場から魔窟まで1時間以上もパレードをした。
通常は30分位です。はい。
魔窟前で、お貴族様は御輿から降りた。使用人が2人に靴を履かせ、鎧を軽い革製に変える。キラキラの鎧は見せる為の物で、重いからね。
魔窟の入り口は、立派な石門が設えてある。元々はぽっかりと空いた穴だそうだ。崖の中腹にできた洞穴がイメージに近いだろうか。
魔窟の横にある見張り小屋から人が現れ、ペコペコと貴族様に頭を下げた。貴族様は鷹揚に肯いて、その人に革袋を渡す。魔窟への入場料だろう。
御輿隊と音楽隊が見送る中、前衛戦士、兵士に続いて貴族様、使用人隊が魔窟の中へと進んだ。僕と店主はその後だ。後衛の戦士が更に続く。総勢30名程だ。
魔窟は光源がないので、中に入るとすぐに暗くなる。火の魔石が入ったランプを何人かが掲げ、足下と周囲を照らす。
1層は特に見る物もないので、2層へと向かう。階段ではなく、緩やかな螺旋状の坂登る。元々そういう作りだったが、人の手で広げ、整えたらしい。
2層も今回は用がない。よいアルトマスが出るのは4層以上だ。ただ、上に向かう坂が真反対側にあるので、2層を横切る事になる。
2層で活動していた戦士が動きを止めて頭を垂れる。スピキノニウス様はにこやかに応じた。長男さんの方は、ちょっとお疲れの様だ。早くない?
「魔狼だ!」
「お下がりください!」
先頭の戦士が声を上げた。
黒い獣の影が5、6匹跳ぶように現れる。長男さんが驚いたのか、下がろうとして尻餅をついた。
戦士が斧や剣を振り回し、貴族様の周囲を固めた兵士が、すり抜けてきた魔物を槍で刺す。
長男さんが立ち上がる前に、掃討は終わった。剥ぎ取り係の奴隷が魔物を解体し、皮や牙を籠に入れる。
戦士や兵士が警戒する中、剥ぎ取り作業が終わると、又隊は進み出した。
僕の隣で店主が手拭いを取り出し、汗を拭った。普段座り仕事の人だから、魔窟歩きは辛いだろう。それより、長男さんがもうふらふらですが、大丈夫?
2匹の大蠍が現れ、それを退治した所で、一度小休憩となった。
少し広い場所に、使用人が天幕を立て、折りたたみ式の椅子とテーブルを並べる。テーブルにお茶とお菓子が用意され、腰かけた貴族様がゆったりと召し上がる。兵士3名が見張りだ。
僕も地べたに座ると、籠を背から下ろし、ワインと干し林檎を取り出した。隣に座った店主に差し出すと、3つの内2つ手に取り、肯く。残り1つは僕の分だ。
干しミルーに齧り付く。酸味と甘味が溜まらない。前世からすれば素朴な味だが、今の僕には贅沢だ。
ふと見ると、ムカデの様な虫が僕の足に這い寄ってきた。舌打ちをして、手で払う。うー、気持ち悪い。
そろそろ出発かなーと思って貴族様を見ると、何か訴える長男さんをスピキノニウス様が諭している。疲れたから動きたくないとか?まぁ、初めての魔窟は辛いよね。けど貴方、何も荷物持ってないじゃない。
長男さんはゴネていたけど、スピキノニウス様は立ち上がった。出発を命じると、使用人の方々がさっと荷物をまとめる。
2層で更に魔蜘蛛と魔蜥蜴を退治し、3層へと向かった。
長男さんが限界を迎えたのか、兵士の1人に負ぶわれている。3層には休憩所が設けられているので、そこで休息を取る。
3層では、そこそこの大物と出喰わした。地龍だ。小型だが、地龍らしくめっぽう硬い。
非戦闘員が下がり、戦士と兵士がガンガンと地龍を叩く。大槌の戦士が大活躍だ。剣も厚さがあるから、結構な打撃を与えている。
打ち続けられた鱗がバラバラと剥がれ、首の皮が剥き出しになった。
地龍が低い唸り声を上げ、太い尻尾を振る。それにぶつかった兵士が1人転倒した。
素早く回り込んだ大剣の戦士が、気合と共に首へ一撃を入れる。地龍は呻きながらのたうち回ったが、やがて静かになった。剥ぎ取り係がさっと地龍に近づく。
「魔石をまず取れ!」
スピキノニウス様が指示を飛ばした。地龍なら、魔石もそこそこ質がいい。魔狼レベルだと、カス魔石だけど。あと、地龍は肉が美味い。
休憩所が近かったので、剥ぎ取り係と護衛の兵を残し、僕らは先にそちらへ向かった。
休憩所は、地面が平らに整えられ、防衛壁で護られた、広場のような場所だ。魔窟に潜る戦士達が竈門や水入れなどを作っており、自由に使える。
貴族様の使用人が天幕やテーブル、食事の準備を始めた。僕は貴族様の料理人に水を分けてもらうと、鍋に小さく切った燻製肉と豆、ネギを入れる。空いている竈門に鍋をかけて、スープを作った。
スピキノニウス様から夕食の誘いを受け、店主はそちらに向かった。やったね、これで今日のスープは僕が独り占めだ。貴族様のテーブルからとてつもなくいい匂いがするけど、それはそれだ。
硬パンを取り出す。水を殆ど使わずに白小麦と雑麦を捏ね、生地を叩いて空気を抜き、平べったくして焼いた物だ。一ヶ月程持つのだけど、えらく硬い。二つ重ねて弾くと、ほらこんなに澄んだ音が!
小刀を出して、柄頭を硬パンに振り下ろす。パンには変化がない。手が痺れただけだ。くそう。
何度か振り下ろすと、やっとヒビができ、そこから諸々と崩れ始めた。
これをスープに入れて、ふやかして食べる。燻製肉から染み出した塩分が、いい味を出してる。
貴族様の食卓からは、楽しげな笑い声が聞こえた。使用人達が甲斐甲斐しく給仕をしている。魔窟なのにテーブルでご馳走とか、貴族様って凄い。よその戦士が離れて食事してるけど、微妙な表情をしている。
宴会は続いていたが、僕は早々に休む事にした。店主の寝床用に布を敷き、僕はマントにくるまって横になる。
明日は鳴動があったという4層だ。崩落しているそうだから、足元が悪いだろう。
長男さんは歩けるのだろうか?早く寝た方が良くない?
賑やかなテーブルを背に、僕はひっそりと心配した。




