↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/10

非日常は突然に

「三日後に魔窟へ行く。スピキノニウス様のお供だ」

 昨夜出かけていた店主が、朝の食卓に着くと突然告げた。

「魔窟……ですか」

 僕はちょっと呆然とした。

 店主が魔窟に行くのは初めてではない。

 お貴族様が私兵や雇った戦士を連れて魔窟に潜るのは、そこそこある。

 魔窟を大規模に調査する為とか、魔物を狩って勇猛さをアピールする為とか、理由は様々だ。

 強力なアルトマスを獲得して箔をつける、という場合もある。そこで店主の出番だ。鑑定人が現場にいれば、より効率よくアルトマスを収集出来るからね。

 店主が行くなら、当然僕も行く。

 魔窟へ行くのにワクワクしたのは最初だけだ。暗いしなんかじめっとしてるし歩きにくい。魔物も虫も出る。虫は嫌いだ。

 魔物と闘うのは兵士と戦士だから、店主も僕も貴族様の使用人と一緒に後方にいる。アルトマスが出れば店主は呼ばれて、鑑定を行う。僕は荷物を持ってひたすら歩くだけだ。全然楽しくない。むしろ辛い。

 貴族が不要なアルトマスは店主に払い下げられるし、休憩中は貴族と食事を共に出来るので、店主的には旨味のある仕事だ。中級品・上級品のアルトマスを入手できる絶好の機会でもある。

「では……準備をします」

 憂鬱になりながら、僕は答えた。しばらく魔窟で過ごす事になるから、生活必需品をまとめて、食料の買い出しに行かなきゃならない。

 いつもの通り開店準備をし、籠を背負って魔窟組合に行くと、お貴族様の魔窟探索で話は持ちきりだった。

 誰が雇われたの、探索地区は6層らしいだの、探索隊の規模は30名だの、どこから仕入れたのか各自の情報を披露している。

 カウンターの職員の元に行くと、鎌のような得物を背にした細身の戦士が、苦々しげに愚痴っていた。

「貴族と魔窟でかち合うと追い払われるから叶わんぜ。食料も微妙に値上がりしてるし」

「まぁまぁ。魔窟から出てきたら、獲った魔物の肉を大盤振る舞いしてくれるだろう?いい事もあるじゃないか。組合としては、大量仕入れが期待できるし、ありがたいな」

「金にまかせて、大人数で魔窟を蹂躙するからな。貴族本人は遊山気分だろう?こっちは命がけで食い扶持稼いでるっていうのに、嫌になるぜ」

 肉は嬉しいが、と細身の戦士は肩をすくめた。自分の仕事場を荒らされるのが気分悪いのだろう。元サラリーマンとして、その気持ちは分かる。

「今回は、鳴動の調査も請け負ってくれたからね。うちは貴族様々さ」

「ああ、聞いた。4層が崩れたんだってな。5層も揺れたぜ。組合からは誰か帯同するのか?」

「フォッサが行く。地図作成のアルティ持ちだからな」

 僕はおそるおそる職員に声をかけた。気づいた職員が、ああと肯いて木箱を指した。

 よかった。今日はそんなに多くない。

「小僧、親爺も魔窟に入るんだろう?」

 アルトマスを籠に移していると、細身の戦士が声をかけてきた。アルトマス鑑定の店主は、戦士達にはよく知られている。

「はい。お供するそうです」

「そうか。いいアルトマス仕入れてくれや」

 僕は一礼すると、組合を後にした。

 食料が値上げしていると先ほどの戦士が言っていた。早く買っておいた方がいいだろう。

 その足で市場に向かう。

 町の大門から続く大通りに、市場はある。朝に門の外から野菜や穀物を売りに来る農家の露店もあれば、町に構えた店舗もある。

 軽食屋、香辛料屋、パン屋、服屋……市場は人の声と色々な匂いで満ち溢れている。貴族様の魔窟探索の話で、今日は一層賑わっていた。

 僕はまず肉屋に向かった。吊るしの燻製肉を一本買う。僕が鑑定屋の小僧だと知られているので、買い物はツケだ。買った品物のメモ書きを店側がくれるので、後で店主が支払う。

「毎度。お前さん達も行くんだってな、魔窟探索」

 肉屋の親爺さんが、肉を油紙に包んで渡してくれた。

「うん。スピキノニウス様だからね……」

「お前さん所の保護貴族様だもんな……っと!」

 親爺さんが手元の細い鞭を手にし、振り下ろした。店先の肉を獲ろうとした子供の手をピシリと打つ。子供はサッと身を翻すと、路地に逃げていった。

「まったく、油断も隙もねぇっ!……ほらよ、気をつけてな」

「ありがとう」

 受け取った肉を籠に入れる。路地の影から、数人の子供が固まってこちらを窺っていた。

 浮浪児達だ。親に捨てられて市場に辿り着いた、又は孤児院から逃げ出した子供ら。僕もあの浮浪児の一人になったかもしれないから、ちょっと複雑な気分になる。

 買った燻製肉を盗まれないよう、僕も彼らを警戒する。次は果物屋だ。干した果物を手に入れたい。

 途中で大泣きしている女の子とすれ違う。どうやら、蜂蜜をかけた菓子が欲しいらしい。

 母親が腕の赤子をあやしながら、わがままを言う女の子を優しく諭している。帰ったら夕飯でしょ、食後にみんなで葡萄(タフィ)を食べましょう……。

 僕は籠を背負い直した。

 さぁ、帰ったら魔窟用の履き物の手入れだ。代えの靴紐はあっただろうか?マントも出して、堅パンを焼いて……。

 女の子のぐずる声が背中に聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。