僕の一日
この町の朝は早い。
みんな夜明けと同時に起床し、身支度を整えて朝食を取る。
僕の朝は更に早く、夜明け前だ。
下着のまま井戸へ行き、顔を洗って全身に水を浴びる。それから水を汲んで、台所の水瓶を満たす。
それが終わったら竈門に火を入れる。火吹き棒で加減を調節し、パンを焼くかたわら豆のスープを用意する。その頃には濡れた身体も乾くので服を着る。
パンとチーズを乗せた皿とスープを食卓に運ぶと、起きてきた店主が席に座る。店主が差し出した木のコップにワインを注ぎ、僕は竈門の始末をしに行く。
食事を終えた店主が昼用のパンとチーズを籠に入れて席を立つ。皿に残った分が僕の朝食だ。
今日はパンが一つとチーズが2欠片。昼食用にパン半分とチーズ1欠片を残しておこう。
台所の角で小さくお祈りをし、朝食を取る。パンはちぎって、スープでふやかしながら食べる。
朝食を終えると、外に出て店の周りを掃き清める。そして表の木戸を開けて、開店だ。店主もカウンターに陣取り、棚のアルトマスを確認する。
通りに面した他の店舗も次々と店を開け、仕事に向かう人々も通りを歩き、朝の街が段々と活気づいていく。戦士達も、パン屋で食事をしたり、鍛冶屋に得物の調整を依頼したり、魔窟へ向かう準備を始める。
「おはよう。魔法のアルトマスはある?」
店に入ってきたのは、常連の女性戦士だ。確か火魔法を得意にしていた。
「ああ。中級品の下だが、火魔法のがあるよ。あとは、下級品の水が一つ」
「あら、嬉しいわね。どちらもちょうだい。水は水弾の強化に使うわ」
「火が金貨5枚。水が銅貨12枚」
「水はキリよく銅貨10枚にまけてよ」
店主は肩をすくめて「いいだろう」と承知した。この女性戦士は金払いがいいし、赤字ではない。
女性戦士の渡した貨幣を、秤に乗せて偽物でないか確認する。それからアルトマスを秤にかけ、品質を女性戦士に証明する。
「ありがとう。アルティがどう働くか楽しみだわ」
颯爽と去る女性戦士を、眩しい思いで見送った。魔窟は危険で恐ろしい。そんな様子を微塵も見せない強さが羨ましかった。
「組合に行ってきます」
僕は扉の横に置いてある籠を担いだ。店主が僕をチラと見て肯く。
組合―――魔窟組合は、この街の魔窟を管理する組織だ。主な業務は戦士が魔窟で狩った得物の引き取りやその他サポート。また、魔窟関連の仕事を斡旋・紹介したりもする。
引き取り品にアルトマスもあるので、店主に鑑定を依頼してくるのだ。他の町の戦士や面倒臭がり屋は、直接店に来ずに組合に任せる。鑑定するアルトマスの運搬も僕の仕事だ。
組合に到着して建物の中に入ると、汗と革と金属の匂いの混ざった空気が熱を帯びて襲ってきた。魔窟に入る前の戦士が、興奮気味に話したり、交渉したり、怒鳴ったりしている。
「斧!斧!昨日預けたやつをくれ!」
「―――だから3層の西側は厄介なのに旨みがないって……」
「誰か傷薬を分けてくれないか!」
みんな体格が良く、また身振りが大きいので、僕は踏まれたり叩かれたりしないように気をつけて、奥に向かった。
人の間をすり抜けながら奥のカウンターまで来ると、いつも対応してくれる組合の男性が、背が低くて筋肉質の戦士と何か話していた。
「4層の地図はあるが、北側がやや不正確だ。この前鳴動があっただろう?それで一部が崩れてな。それで良いなら10銅貨だが……。調査してくれれば謝礼を払うぞ」
「ワシは細かい事が苦手だからなぁ……」
「じゃあ、うちの職員と……」
そこで僕に気づくと、彼は目線で木箱を示した。
その先に鑑定するアルトマスがあって―――え?多くない?どうしたの?誰か溜め込んでたの?
うわぁと思いながら背負ってきた籠にアルトマスを移す。籠一杯になったんだけど。これ、絶対重いよね?
傍にあった足掛けに一旦籠を乗せ、屈んで肩ひもに腕を通す。前に踏み出すように立ち上がり、籠をもう一度背負う。
重い。店までの距離が辛すぎる。
また人の間をぬって外へ出る。笑いながら組合から出てきた戦士達に突き飛ばされてタタラを踏んだ。わざとではなく、単に僕が見えていないのだろう。悔しい。
店まで僕の足で15分程だ。たまに休みながら歩いたので、20分はかかってしまった。
「……戻りました」
籠を背から下ろしてどさりと床に置く。おお、身体が軽い、軽いぞ!まるで羽が生えたようだ!
「ふむ……」
店主が帳面から顔を上げ、籠のそばにくる。一つ一つ鑑定し、紙に何やら書き込んでいった。
紙にはアルトマスの種類と等級、買い取り価格が記入されている。それを組合が、持ち込んだ人物に伝えて、売るか使うかの意思を確認するのだ。
店主が鑑定している間、僕は汗を拭き、水瓶から水を掬って喉を潤した。水質が飲料に耐えうるのはありがたい。
30分程で店主は鑑定を終えた。アルトマスを籠に戻し、紙を上に置く。そして目で僕に合図をした。
戻るんですね?この籠担いで、組合に。いえ、分かってますよ、勿論。
籠の重さと道のりを思い出して、僕はげんなりとした。
「スピキノニウス様に呼ばれたから、今日はこの後出かける。帰りは夜だ。戻ってきたら店じまいをしろ」
カウンターに戻りつつ、店主が命じる。スピキノニウス様は、店主が懇意にしているこの町の貴族だ。
「……分かりました」
籠を再び背負って、僕は肯いた。




