第6話 宮永さんはごにょごにょ呟く。
1時間目が始まる直前に通知が鳴った。
おっと危ない。
マナーモードにするのを忘れていた。
静かな空間で通知音が鳴ってしまうのは恥ずかしい。
授業中に鳴らなくてよかったーと思いながら電源を付けると、宮永さんからだった。
「そろそろ先生来るよー」
「あっごめん」
西川さんに答えて、さっと内容を確認してみた。
『ごめん、昼休みに友だちと一緒に行くかも』
その文章にはウサギのスタンプも添えられていた。
*
「はぁーやっと終わった……」
うつ伏せになって溜め息を吐く。
午前の授業は全く集中できなかった。
宮永さんたちが来るのは昼休み後半らしいから、それまでは普通に過ごそう。
「たてのー、一緒にご飯食べよー」
「ちょっと待ってね」
西川さんの言葉で起き上がり、お昼ご飯を取り出した。
飲み物に口を付けてから、割りばしをプラ袋から抜き出す。
雑談をしながら、スマホの電源を入れて通知が来ていないか確認する。
宮永さんから『やっぱさっきの忘れて』って言われるのを待っているからだ。
「どうしたー?」
口に入れたものを飲み込んでから、西川さんは口を開いた。
「なんでもないよ?」
「でも立野、めっちゃスマホ見てるじゃん」
なんかあるの? と西川さんは尋ねる。
「西川さんってコミュニケーション能力あるよね?」
「それで『はい、あります』って答えるわけなくない?」
“Yes, I do.” って言って欲しかったんだけど。
「なんで?」
「なんか昼休み時間に、宮永さんとその友達が来るっぽくて……」
教室が一瞬だけ静かになったけれど、すぐに元の雰囲気に戻る。
「はぇー、それは面倒だねー」
周りの空気を察したうえで、西川さんは応えた。
すぐに飲み物に手を付け、ペットボトルを傾ける。
喉が小さく揺れた。
「私の代わりに西川さんに話すのってどうかな」
「今さっき私、面倒だねーって言ったじゃん」
むりむり、と言ってペットボトルのキャップを締める。
「ていうか立野、ここに召喚するのとかもNGだからね?」
せめて渡り廊下とかにしてほしいらしい。
「じゃあ西川さんも一緒に来てくれない?」
「私、面識のない人と話すの苦手なんだよねー」
私は西川さんよりも苦手なんだけど。
「……とりあえず、ここに来るとかはほんとに、」
西川さんが話をしているときに、教室の雰囲気が少しだけ揺れた。
教室の入り口に視線を向ける。
そこにいたのは、宮永さんと少し身長の高い女の子だった。
教室をざっと見まわしてから、私たちに近づいてきた。
「えーっと、立野さんだっけ?」
「あっはい」
その女の子に対して、何となくお辞儀をする。
「ごめん立野さん、前田さんがちょっとだけ話をさせてほしいって」
私と同じ目線まで屈んだ宮永さんが簡単に説明してくれた。
その説明を受けて、もう一度前田さんに視線を戻す。
よく見るとっていうか、よく見なくても前田さんは可愛い女の子だった。
手入れの行き届いたショートボブが、活発で明るそうな印象を与える。
「それはわかったんですけど、私は何を……?」
「普通に話がしたいなって思ってね」
普通の話ってなに?
そのとき、西川さんに足を軽くつつかれた。
西川さんに視線を向けると、すぐに逸らされた。
「……渡り廊下で話をしてもいいですか?」
「そっちの方が良い?」
西川さんがそうしたいらしいので。
教室から出て、渡り廊下に向かう。
校舎を抜けると、少し湿った空気が私たちを包み込んだ。
日陰を見つけるまでにそれほど時間はかからなかった。
手すりに体重を預けながら視線をグラウンドに逃がす。
ちなみに今の並び順は、前田さん、私、宮永さん、という感じ。
「前田さんは何か聞きたいことがあるって感じですか?」
「んー聞きたいって言うか、私も立野さんと友だちになりたいかな」
「私、宮永さんと友だちってわけじゃないんですけど」
宮永さんのこと、そんなに詳しく知らないし。
しかしそう言うと、宮永さんの表情が曇った。
もう、宮永さんがそんな表情したらごちゃごちゃするじゃん。
前田さんから見えないように、宮永さんにさらに近づいた。
「ほんとに、そういう関係じゃなくって……」
「でもさ、今の距離感とかめっちゃ仲良くないとできなくない?」
私たちを見ながら、前田さんは聞いてきた。
すぐに離れると、宮永さんが距離を詰めてきた。
いま近くにいたら、友だちだって思われちゃうでしょ。
「普通に受験勉強とか一緒にやってるってだけだよ?」
「ね?」とこちらに確認してきたので、コクコク頷く。
宮永さんの顔がめちゃくちゃ近いことは、なるべく気にしない。
「じゃあ、私もそれに入りたいかも」
「えー……」
「やっぱ嫌そうじゃん」
「別に嫌とかじゃないけど……」
明らかに嫌そうな感じで、宮永さんはごにょごにょ呟く。
これ、私が否定しないといけない流れじゃん。
そういうの、あんまり得意じゃないんだけど。
心を落ち着けてから、私は口を開いた。
「これから受験勉強で忙しくなって、一緒にすることはなくなると思うんで……」
「えっ?」
すぐ傍から戸惑いの声が聞こえたけど、聞かなかったことにする。
前田さんは「ふーん」と呟き、私をまじまじと見つめてきた。
「立野さんって第一志望校ってどこ?」
地元の大学の名前を挙げる。
「前田さんはどこですか?」
「私はね……」
西川さんと同じ大学だった。
私の成績ではちょっと難しいところ。
「いま立野さん、意外だなって思わなかった?」
「……そんなことないですよ?」
「うそだー」
私、第一印象めっちゃバカって言われるよー? と前田さん。
その言葉を聞いて、少し笑みがこぼれた。
とても率直な意見だなって思ったから。
昼休みを終えるチャイムが鳴った。
「やば、もう昼休み終わりかー」
昼休みって終わるの早くない? とこちらに話を振ってきたので相槌を打つ。
「じゃあ私たち、教室に戻るから」
「またねー」と言う前田さんの後ろを宮永さんはついていく。
こちらをちらちら見ていたが、すぐに前田さんの隣に並んだ。
「ふぅー……」
彼女たちが見えなくなってから溜め息をひとつ吐いて、私も自分の教室に戻った。
*
「どうだったー?」
教室に戻るとすぐに西川さんに声をかけられた。
「教室から出て行かせたのに気になる感じ?」
「でもここで色々話してたら他の人に聞かれてたでしょ?」
「そうだけどさぁ……」
「それでどうだったの?」と西川さんは話を促す。
「ほら、前田さんっていたじゃん」
「いたね」
「あの子、西川さんと同じ第一志望らしいよ」
「えーマジ?」
やっぱり西川さんも私と同じように思っていたらしい。
ちょうど先生が入ってきたので、私たちは会話を切り上げた。
*
「たてのー、今日はどうする?」
「もう帰ろうかな」
「じゃあ一緒にかえろー」
宮永さんとカラオケに行く日じゃないので、西川さんと一緒に帰ることにした。
階段を下って玄関に向かい、靴を履き替えてから外に出る。
中庭を歩いているときに、おもむろに西川さんは口を開いた。
「ローファーってさ、なんで『ロー』の『ファー』なのか知ってる?」
「知らないかも」
そこで一瞬、沈黙が生まれる。
「えっ、西川さんは知らないの?」
「知らないねー」
だから立野に聞いたんだけど、と付け加える。
そうかもだけどさ、普通は知識を披露する流れじゃないの?
そんな雑談をしながら校門まで向かっていると、いきなり西川さんが立ち止まった。
それに倣って私も立ち止まる。
「……あー私、ここで別れるって感じで良い?」
「いいけどなんで?」
「いや、ほら……」
西川さんの指先を辿っていくと、ひとりの女の子と視線がぶつかった。
校門から出る生徒にちら見されている宮永さんが、こちらをまっすぐ見つめていた。




