第4話 ……ちょっとだけさ、手つないでいい?
「私この曲、宮永さんと一緒に歌いたい」
映像が切り替わり、イントロが始まる少し前。
宮永さんに、私と一緒に歌うことを提案した。
さっきの宮永さんの歌を聞いて、こういう曲でもいけるんじゃなかって思った。
予約したのは、私の好きな作曲者が担当しているアニメ主題歌。
男性ボーカルと女性ボーカルがいるデュエットソングだ。
カッ、カッ、カッ、っとカウントインが始まって、イントロが流れる。
目を見開いたまま、宮永さんは固まっていた。
「あー知らない曲だったら、普通に私ひとりで歌うけど……」
「いや、歌う歌う!」
マイクを持って、宮永さんはすぐに立ち上がる。
「どっちパート歌いたいとかある?」
「立野さんが女性パートの方が、曲的に良いかも」
「でも私、宮永さんが可愛い曲を歌うのをもっと聞きたい」
「……そこまで言うなら、私が女性パートするけど」
イントロの終わるころにパート分けが決まったので、私たちは歌い始めた。
1サビが終わり、間奏に入る。
「立野さん、私の声に寄せてる?」
「やっぱわかる?」
「もちろん」
そう言って、宮永さんは飲み物に口を付けた。
ほんの少しだけ寄せたつもりだったけど、宮永さんはすぐに気づいたらしい。
「なんでわかるの?」
「まあ、勘ってヤツかな」
勘で違いって見抜けるものなの?
「やっぱすごいね、宮永さんは」
「いつも立野さんの歌聴いてるからね」
「そんくらいわかるって」と口にしてすぐに、宮永さんのパートが始まった。
*
「それで、どこで勉強するの?」
「ここからちょっと離れた場所なんだけど……」
店を出てから、次の目的地に向かう。
カラオケで喉を酷使したため、声が少し掠れている。
最初の頃は、宮永さんの声が枯れているのがおかしかったけど、もう慣れた。
ゆっくり歩きながら、かすれ声で雑談を続けていると——
「あーたぶんここだね」
宮永さんが足を止めたので、私も立ち止まって視線を少し上に向ける。
そこにあったのは、少しレトロな雰囲気のあるお店だった。
「行こっか」
「うん」
宮永さんはそっと扉に体重を乗せる。
カランカランとベルが鳴り、すぐに従業員らしき女性が出てきた。
奥の席に案内され、私たちは腰を下ろす。
「めっちゃ雰囲気いいね」
内装を見回しながら口を開いた。
落ち着いたBGMが流れていて、お客さんもそこまで多くない。
時間を忘れてくつろぐことができそうなお店だった。
「なに注文する?」
「どうしよっかな……」
メニュー表を見ながら、少し考える。
夜ごはんもあるし軽いものだけにしよう。
「とりあえず、アイスティーとフルーツタルトで」
「じゃあ、私も同じのにしようかな」
さっそく宮永さんが店員を呼んで、私たちは注文を済ませた。
「宮永さんってさ、こういうところってよく来るの?」
「どうして?」
「なんか、慣れてる感じだったから」
私ひとりだったら、注文をするのにも一苦労だと思う。
「友だちとかとスタバに行くことがあるから、それで慣れてるって感じかな」
「へーそうなんだ」
スタバねぇ……
あまり行かないなぁ。
「立野さんは西川さんとスタバとか行かないの?」
「全然行かないね」
「普段は遊んだりしてる?」
ずいっと身体を近づけて、宮永さんは聞いてきた。
「まあ、ごくたまに遊んだりはしてるかな」
「どんなことしてるの?」
「映画館に行ったり、とか?」
視線を逸らして飲み物に口を付ける。
ちょうどそのとき、注文した商品が運ばれてきた。
「ありがとうございますー!」
いつも通りの様子で宮永さんは商品を受け取る。
コップを、元の位置から少しずらした場所に置いた。
「とりあえず、食べてから勉強しようか」
「そうだね」
手を拭いてからアイスティーを飲み、フルーツタルトに手を付けた。
「立野さんって甘い食べ物好き?」
「うん、まあまあ好きかな」
少なくとも辛い料理よりは好き。
だって辛い料理、喉に良くないって聞くし。
「宮永さんはどう?」
「甘すぎるのはちょっとって感じかな」
そんなことを話しながら、フルーツタルトを半分まで食べた。
お腹が空いているから、意外とペロリと行けちゃいそう。
「……今日は何で勉強しようって言ってくれたの?」
声のトーンが少し変わったことに気づいて、宮永さんの顔をちらっと見る。
俯きながら、宮永さんはアイスティーに口を付けていた。
「ほら宮永さん、模試の話してたじゃん」
「先週したね」
「私たち受験生だし、一緒に勉強した方が良いかなって思って……」
言葉を選びつつ、誤解のないように説明した。
「……」
何も言わないで、宮永さんは再びアイスティーを口に含んだ。
ゆったりしたBGMのおかげで、沈黙の気まずさが少しだけ中和される。
私、変なこと言ってないよね?
カフェで勉強するのって普通だと思うし……
「オッケー、じゃあ勉強始めよっか」
さっきの沈黙はなかったかのように、宮永さんは勉強道具を取り出した。
それに倣って、私も鞄の中からペンケースと問題集を取り出す。
「ここって勉強とかしてオッケーなの?」
「大丈夫ってホームページに乗ってたよ」
なら問題ないか。
食べかけのフルーツタルトを脇に置いて、私たちは勉強の準備をする。
「得意な科目ある?」
「強いて言えば英語かなぁ」
少し考えてから、宮永さんは呟いた。
「あー宮永さん、英語の歌とかも上手いもんね」
「それって関係ある?」
「たぶん」
わからないけど、英語の発音とか上手い人は英語もできるでしょ。
「苦手な科目は?」
「数学だね」
「私、数学得意だから、分からないところとか教えてあげられるかも」
「マジ?」
ほんとたすかる、と言って笑みを見せる。
「だから英語でわからないところがあったら、私も宮永さんに質問させて?」
「えー私、そんなに得意じゃないよ?」
「大丈夫だって」と呟いてから、私たちは勉強を始めた。
同じクラスじゃないから、勉強をしている姿は新鮮だった。
宮永さんが歌っている姿こそ、他の人にとっては新鮮なんだろうけど。
10分くらいは、黙って勉強を続けていた。
「ごめん立野さん、ここの問題分からないんだけど」
宮永さんは問題集を私に見せつつ、身を乗り出しながらペンでその問題を叩く。
「これ、どうやって解けばいいかな?」
「指数関数の問題は私もあんま得意じゃないんだけど、たぶん……」
頭の中で解き方をイメージしながら、できるだけわかりやすく説明した。
「……ってやり方になるかな」
「ありがとー……」
「え、やば、私どうしよ……」と呟きながら、宮永さんは元の姿勢に戻る。
「理解できた?」
「まあ、半分くらいは……」
残りの半分は、全く理解できなかったらしい。
「でもこの問題、難しめのヤツらしいし、そんなに落ち込む必要はないと思うよ」
「そうかなぁ……」
とても不安そうに、宮永さんは飲み物にちびりと口を付けた。
その後も質問に頑張って答えたけど、ちゃんと理解できているか怪しい感じだった。
「暗くなってきたし、今日はここまでにする?」
「……そうしよっか」
レジまで向かい精算を済ませ、私たちは外へ出た。
湿り気を含んだそよ風が頬を撫でる。
「はぁー……」
「めっちゃ落ち込んでるね」
宮永さんのペースに合わせ、とぼとぼと駅まで向かった。
「私、立野さんと同じ大学行けるかなぁ」
「ちゃんと勉強すれば、なんとかなるよ」
次の模試までに頑張ろうよ、と言って、宮永さんの背中にポンポン触れる。
しばらく歩いているうちに、宮永さんはおもむろに口を開いた。
「……ちょっとだけさ、手つないでいい?」
「んー、なんで?」
ちらっと彼女の顔を見ながら尋ねる。
「……励ましてほしいから、かな」
「手を繋ぐだけで何とかなるの?」
「もう、落ち込んでる人に優しくしてよ」
宮永さんは、私の肩を少し強めに叩く。
それなら無理やり手を繋げばいいのに。
でも宮永さんはこちらが許可を出すまで、手を繋ぐつもりはないらしい。
ただ、私の目をじっと眺めてくる。
「まあ元気になるんだったら、もちろん良いよ」
そう言って、宮永さんの前に手を差し出す。
それにビックリしたみたいで、宮永さんは立ち止まった。
のろのろと進む自動車が、私たちの横を通りすぎる。
「え、手つながないの?」
「ほんとにいいの……?」
「いいよいいよ」
「減るもんじゃないし」と呟いて、半ば強引に彼女の手を握った。




