第3話 今日の宮永さんはなんかヤバい。
「あれ立野、もう帰るの?」
HRが終わり教科書を鞄に入れていると、友だちの西川さんに声をかけられた。
「もう帰るかな」
「なに、受験勉強?」
「それもある」
「精が出るねー」と言いながら、西川さんは私の背中をポンポン叩く。
「西川さんに言われるのってなんか複雑なんだけど」
「えーそんなことないでしょ?」
そんなことあるよ。
だって西川さん、私より成績良いし。
その時、どこからか視線を感じた。
その正体を探している間に、西川さんが私の背中に触れながら口を開いた。
「宮永さんさ、立野のことめっちゃ見てない?」
廊下の壁にもたれかかりながら、私を見つめる可愛い女の子がいた。
宮永さんが教室まで来るのは初めてだったから、かなり驚いた。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
手早く準備を済ませて教室から出ると、宮永さんが近づいてきた。
「ごめん、教室まで来ちゃった」
宮永さんはいたずらっぽく笑みを零す。
「私は良いんだけどさ、宮永さん的には大丈夫なの?」
「私は全然大丈夫だよ、だって、」
そこで言葉を切り、私に耳打ちする。
「どうせあとで一緒になるんだしさ」
「……まあ、そうだね」
何とか宮永さんに応える。
「じゃあ、行こっか」
「……うん」
階段を降りて、靴を履き替え、玄関まで出た。
「めっちゃ暑いねー」
「うん」
鞄を何度か持ち直しながら頷く。
時おり視線を感じるけど、宮永さんは気にしていないようだった。
やっぱり、人に見られるのを慣れているからなのだろう。
校門を出て、まっすぐ駅に向かう。
見られている感覚が薄まってから、宮永さんに視線を向けた。
「なんで今日は教室に来たの?」
「来ちゃダメだった?」
「そうじゃなくって」
あーなんて言えば良いんだろ。
「ほら、宮永さんが教室まで来るってこと初めてじゃん」
「そうだねー」
「初めてだったから、ちょっと緊張した」と宮永さんは小さく呟いた。
「へーそうなんだ……」
それだけしか、言うことができなかった。
今日の宮永さんはなんかヤバい。心臓に悪いっていうか。
すぐ駅について改札を抜け、電車に乗り込む。
少し混雑していたので、立ったまま会話を続ける。
「今日はこれからどうするの?」
「一旦カラオケに行って、そのあと勉強するって感じかな」
先週、宮永さんに提案したことを繰り返す。
少しでも多くの勉強時間を確保すれば宮永さんの成績向上に繋がる、という魂胆である。それならカラオケ行かないで勉強すればいいじゃんって話だけど、私は宮永さんとのカラオケの時間が好きだから、それを外すことはできない。
「じゃあ、終わったら近くのカフェとかで勉強するってことにしようか」
「宮永さん、良いところとか知ってるの?」
「うん、今日のために調べてきたから」
電車から降り、カラオケボックスに向かう。
「さっきの子って立野さんの友だち?」
「さっきって?」
「ほら、帰るときにちょっと話をしてた子」
西川さんのことだろう。
「中学からの友だちだね」
「けっこう仲いい感じ?」
「まあ、そうかも」
私たちの空気が、少だけ揺れる。
「否定したほうがよかった?」
「別に?」
「そんなんじゃないよ」と言って、彼女は俯く。
えーなにこれ。
普通に困るんだけど。
横断歩道の信号機が赤だったので、私たちは立ち止まる。
「あ、そういえば西川さんって、中学から付き合ってる彼氏いるらしいよ」
「えっ、そうなの?」
教えても大丈夫そうなところだけ、西川さんの恋愛について伝えた。
「……って感じらしいよ」
「へーそうなんだ」
「それは、普通に良かったかも」と小さく呟いた。
すぐに目的地が見えてきて、カラオケボックスに入る。
受付を済ませて、指定された部屋に入った。
荷物を置いて、すぐに冷房をつける。
「最近めっちゃ暑くない?」
「だよねー」
さっきも同じ会話したな、と思いながら、冷房の温度を20度に設定した。
このカラオケボックスの冷房って、全然きかないんだよね。
「私、ドリンクバー取ってくるから歌ってていいよ」
「オッケー」
彼女が部屋を出てから、ハンドタオルを取り出して汗を拭う。
「うーん……」
唸りながら腕を組む。
今日の宮永さんの言動はおかしい。
普通に私を落としに来てる感じがする。
私に対する好意が透けて見えるっていうか。
「あれ、まだ歌ってなかった?」
二つのコップを手にした宮永さんが、部屋の中に入ってきた。
私の分まで持ってきてくれたらしい。
「あ、ごめん」
すぐに歌いなれている曲を予約する。
宮永さんは荷物を脇に置いて、すすす、と私の座る場所に近づいてきた。
ひとまずは気づかないフリをして、スクリーンに視線を向ける。
最初の一音に集中しつつ、私は歌い始めた。
「あー今日はちょっと調子悪いかも」
「そう?」
音程は取れてたけど、リズムが上手く取れなかった。
「めっちゃ良いなって私は思ったけどなー」
採点結果を見ながら、宮永さんは呟く。
85点——、いつもより少し低い。
やっぱり、宮永さんの言動に影響されているのかもしれない。
「次は私だね!」
宮永さんは飲み物を飲んでから立ち上がった。
私と宮永さんのコップの位置、やけに近いな。
間違えないように、自分のコップを少し遠ざける。
「あ、この曲アレじゃん」
スクリーンを見ながら、私は口にする。
先週、宮永さんが教えてくれたヤツだ。
「家でちょっと練習したんだよねー」
「それは楽しみ」
「ハードル上げられても困るんだけど……」
姿勢を正して、彼女は第一声を発した。
「うっま……」
歌の邪魔にならない程度に呟く。
私をちらっと見てから、宮永さんは歌い続けた。
「え?!」
2番のBメロで、思わず声が出てしまった。
これまで本家のニュアンスだったのに、いきなりフェイクが入ったからだ。
えっろ、という言葉をぐっと飲み込む。
宮永さんは少し笑いつつ、しっかり音程を取りながら最後まで歌い切った。
「圧巻でした……」
拍手をしながら、賛辞を述べる。
すごすぎて、それ以外言うことがない。
まさしく『(語彙力)』ってヤツだ。
「こういう曲、私はあんまり歌わないけど楽しいね」
こちらに笑みを見せながら、宮永さんは飲み物を口につけた。
すぐに口を離し、私のコップに少しだけ近い場所に置いた。
「なんかさ、宮永さんってズルくない?」
「えーなにそれ」
宮永さんは身体をゆらゆらと揺らす。
「だってさ、宮永さんってまず可愛いでしょ?」
「立野さんも可愛いよ」
ありがとね、と言ってとりあえず流す。
「あと、歌も上手いじゃん」
「まあ歌の上手さって、聞き手次第みたいなところあるし」
「立野さんに上手いって思われてるんなら、めっちゃ嬉しい」と平然と言ってきた。
この子、ホントにヤバいな。
何とはなしに自分の太ももを擦る。
「次、立野さんの番だよー」
「あっそうだった」
少し慌ててデンモクを持ち上げる。
いつも歌う曲を入れようと思ったが、ふと別の曲を思いついた。
どうなるかわからないけど、ひとまずその曲を予約してみる。
モニターに曲名が表示されると、宮永さんは目を見開いた。
心臓を落ち着けるように努めながら、私は言葉を続ける。
「私この曲、宮永さんと一緒に歌いたい」




