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学校で人気な女の子と二人きりでカラオケに行くようになって、かれこれ一年経ちました。(旧題: C線上の愛華)  作者: 夏野恵


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第24話 C線上の愛華

最初に立野さんのを声を聴いたのはいつだったか、よく覚えていない。

ずっと前だったのかもしれないし、意外と後だったのかもしれない。


それくらい立野さんは、いつのまにか私の生活の中にいた。


高校生になってから、2つ離れた駅の周辺にあるカラオケボックスに通っていた。

ひとりでカラオケボックスに入って、軽く喉を温めてから課題曲を歌い続けた。


ビブラートを細かくしたほうが曲調にあってるかもとか、

子音を強調した歌い方をしたほうが洋楽っぽく歌えるかもとか、

音数が少なくなるパートは声を立たせる歌い方の方が印象を出せるかもとか。


ちょっとずつ修正して、曲の完成度を高める作業みたいなことをずっとしていた。


なぜそんなことをしてたのかと言えば、上手く歌えている自分が好きだったから。

自意識過剰かもしれないけど、歌うってことは歌っている人がいるってこと。


自分のことを好きにならないと、歌うことを好きになるのは難しい。


そんな私に好きな歌手ができた。


それは、隣の部屋で歌っている女の子だった。


技術的に上手かったからというわけではない。

発声は幼いし、平メロの歌い方は少し雑だった。


でも彼女の声には、表現しきれないほどの魅力があった。


それに誘われて、私はカラオケボックスに通っていた。

当たり前だけど、隣同士の部屋になることはそんなに多くなかった。


多くて月2とかその程度。


だから、彼女の声が聞こえたときは嬉しかった。

今日は当たりの日だなって思ってた。


私がその女の子に声をかけたのは、自分と同じ高校の制服を着ていたから。

もし大学生とか社会人とかだったら、声をかけずに終わっていたかもしれない。


ドリンクバーを取りに行くタイミングで、その子も部屋から出てきた。


はっきり言って、第一印象はかなり薄かった。


歌声からイメージされる溌剌とした印象はすぐに裏切られた。

今にして思えば、良いギャップだったと思う。


いつもいるよね、って感じで話しかけた。

そうですねー、ってのんびりした返答がすぐ返ってきた。


彼女の声には、私の好きな歌声の輪郭が確かにあった。


その子が立野さんというのを知ったのは、数か月先のこと。

たまたま店から出る時間が一緒になったから連絡先を交換した。


それから彼女とやり取りをするようになった。

好きな曲とか音楽にまつわることだったり、学校のことを教えてくれた。


その話の中で、彼女が私と同じ学年であるということを知った。


だから興味本位で、何も言わずに教室まで会いに行ったことがある。


そのときは昼休み時間中で、立野さんは机にうつ伏せになって寝ていた。

マイペースな子なんだなってことを知って、ちょっと嬉しかった。


私の好きな歌手に輪郭が生まれたから。


立野さんを知っていくうちに、一緒にカラオケに行きたいという感情が生まれた。

いつも壁越しでしか聴けなかった声を、直接聴いてみたいなって。


だから私は、立野さんをカラオケに誘った。

すんなりと彼女はオッケーしてくれた。


彼女の歌を直接聴いたときに感じたのは、純粋な好意だけじゃなかった。

私の心の中には、独占欲のようなものが確実に芽生えた。


私のためだけに歌って欲しいという、我儘な感情——。


最初は聴き手としての好意としてラベルを付けて奥に押し込んだ。


でもその気持ちはどんどん大きくなっていった。


だから声フェチというラベルを付け直して、また奥に押し込んだ。

好意の対象は立野さんの声であって、立野さん本人じゃないってことにして。


それでも私の心の中には、ずっと違和感があった。


立野さんの教室を通るときは自然と姿を探してしまったし、廊下で会ったらめちゃくちゃ嬉しかった。誰かと話をしているのを見たら、なんで私以外の人と話をしてるのってもやもやしたこともある。歌う姿が本当に可愛くって、私以外の人の前で歌わないで欲しいなって思ったこともある。だから立野さんが歌った後は絶対に褒めるようにしていた。普通に褒めるんじゃなくって、具体的にどこが良かったのかって言うのを細かく言うことで、私と一緒にカラオケに行くことを楽しいって思ってもらえるように。少しでも私のことを意識してもらえるように、立野さんと会う日はちょっと早起きしたり、今日はメイク上手くいったなってときは、立野さんのいる教室の前をゆっくり歩いたりしたこともあった。


そんな少し歪な形をしたそれに、好意という名前を付けた。


そう表現すると、これまで胸の中にあった違和感が一気になくなった。


だから今、自信をもって言える。


——私、宮永愛華は、立野さんのことが好きだ。


朝は眠そうなところも、

猫背でのんびり歩くところも、

好きな曲を楽しそうに歌うところも。


その全部が、どうしようもないくらいに愛おしい。


好きな人のいる日常は楽しいことだけじゃなかった。


会えない時は胸が苦しくなるし、周囲の人たちに嫉妬することもあった。

でも立野さんと会えたら苦しい気持ちも消えて、嬉しさだけが胸に溜まった。


そんな日常の延長線上にあったクリスマスイブの日、立野さんは私にキスをした。


びっくりしたけど、とても嬉しかった。


私がこれまでしてきたことは無駄じゃなかったんだなって。

立野さんも、私のことを大切に想ってくれてたんだなって。


でもキスをしてから、私たちは会話らしい会話をしなかった。


私の反応が悪かったんだと思う。


肯定も否定もしない、色んな意味に取れる感じだったから。

立野さんはキスしたことを後悔してるかもって思って、胸が締め付けられた。


だから私は、暫定的な答えを立野さんに贈った。


それが共通テスト1週間前に渡したのど飴。


私と立野さんを結び付けたのは声だった。

だからまずは、彼女の喉に感謝しないとなって。


のど飴を口移しであげたのは、クリスマスの返答というメッセージもある。

初めてキスをしたといは唇を重ねるだけだったけど、今回は舌を絡ませた。


びっくりして目を開けるかなって思ったけど、ずっと目を閉じたままだった。


その無防備な様子がたまらなく愛おしかった。

私は立野さんのことがほんとに好きなんだなって自覚した。


でもこれは、あくまでも暫定的な答え。


私のほんとの気持ちは、もう少し先に取っておこうと思った。


だって私たちは受験生。


ずっと頑張ってきたのに、最後の最後で邪魔するようなことはしたくない。

私も立野さんも、同じ大学に行くために一生懸命勉強してきたんだから。


共通テストと二次試験はあっという間だった。


1週間後にあった共通テストでは少し失敗してしまった。

得意だった英語が、時間制限で最後まで解ききれなかったのだ。


結局判定は、ずっと変わらないC判定。


現実は上手くいかないんだなって、悔し涙を流した。

志望校を変えることもできたけど、どうしても変えられなかった。


自分から待っててって言ったんだから、逃げたくないなって。


二次試験の対策はほんとに大変だった。


スマホを親に渡して、受験勉強に集中した。

隙間時間も訂正ノートを見たりしながら勉強を続けた。


そんなことをしているうちに、2月の中旬になった。


試験会場に行ったら、たくさんの受験生がいた。

みんな私よりも賢そうに見えて、とっても不安になった。


受験はほんの一瞬で終わった。


翌日に予想解答を見て一喜一憂しているうちに、卒業式になった。


入試結果は宙ぶらりんのまま、私たちは卒業した。


卒業式で話すことはほとんどない。

だって座ってるうちに終わったから。


他の子と一緒に写真を撮ったりしたけど、ずっと上の空だった。


受験が終わってから立野さんと話したのは、ほんのひとこと程度。


試験の手ごたえを聞かれたから、よくわからないって答えた。

そっちはどうだったのって聞いたら、いつも通りだったよって言われた。


立野さんは、私から答えを聞こうとそわそわしていた。


暫定的ではない、本当の答え。


でも私はもうちょっと待ってね、と言って笑みを見せた。

上手く笑えてたか、今となっては思い出せない。


すると立野さんは、いつまで待てばいいのか教えて、と聞いてきた。


合格発表まで待ってて、と私は応えた。



*



「はぁーマジでヤバいって……」


太ももを何度も擦る。


ちょっと回想をしているうちに、どんどん時間が過ぎて行った。

ノスタルジックな気分になってたけど、今は感傷に浸っている場合じゃない。


今日の天気は快晴、春先にしては穏やかな陽気だった。


「ふぅー……」


何度目かわからない溜め息を吐く。


現在時刻は8時59分、合格発表まであと1分を切った。


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