第25話 ……お願いします。
カチカチ、と部屋に響く秒針の音——。
穏やかな陽気の中、時計は冷たく時間を刻む。
視線の先にあるのは受験した大学のホームページ。
私は今、合格発表を待っているところだった。
私と立野さんが受験した大学は他の大学よりも合格発表が遅い。
もうほとんどの友だちの合否は決まっていた。
たとえば友だちの前田さんは、すでに合格が決まっている。
そしてついに、私と立野さんが受験した大学の合格発表の日になった。
現在時刻は8時59分、合格発表まであと1分を切っている。
親は仕事に行ったので、リビングにいるのは私ひとり。
どうにかなりそうな気持ちを抑えて、パソコンの前に座っている。
「合格してますように……」
ここ数か月で数えきれないほど願った言葉を口にして手を合わせる。
ほんとにこれが人生を決めるといっても過言ではない。
不合格だったら別の大学に行けばいいけど、立野さんとの関係は——
「……9時、なった」
その声はすぐに輪郭を失う。
スクリーンには『9:00』という文字がはっきり表示された。
ホームページを更新して合格発表の記事を探す。
一瞬だけ遅延があってから、ホームページが表示された。
前からあったかのように、最新の記事が掲載されていた。
タイトルは『一般選抜(前期試験)の合格受験番号の掲載』
この記事をクリックしたら、私の合否がわかる——。
謎の高揚感と不安を胸に私はその記事をクリックした。
すぐに読み込まれて、合格受験番号というタイトルの下に数字が並んでいた。
私の受験番号は1068。
ゆっくりスクロールしながら、自分の受験番号を探した。
1001
1003
1006
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4ケタの数字に人ひとりの人生が関わっていることに、不思議な感覚を感じる。
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1030
1031
1040
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動悸がどんどん激しくなっていくのを感じた。
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1055
1058
1060
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ついに60番代まで来た。私の受験番号が来るとしたら——
「……あっ」
スクロールする手を止め、視線はホームページに釘付けになる。
少し遅れて涙が零れてきた。
テーブルにぽたぽたと落ちて、水たまりができる。
拭っても拭っても止まらない雫。
視線を上に向けながら、私はぽつりと呟いた。
「……合格、してた」
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1062
1064
1068
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・
ホームページにははっきりと『1068』という数字があった。
スマホを開いて、すぐ親に合格を連絡する。
お母さんも本当に喜んでくれた。
しばらくしてから、『どうだった?』というメッセージが来た。
送り主は立野さん、だからすぐに電話をかけた。
「立野さんはどうだった?」
話をしたのは数週間ぶりだった。
でもそこまでぎこちない感じにはならなかった。
この話をするのを、ずっと待ってたからかもしれない。
『私は受かってた』
「おめでとう」
『……宮永さんは、どう?』
いつもより少し硬い声で、立野さんは呟いた。
「私も、合格してた」
嬉しい気持ちを抑えて、事実だけ伝えた。
『……』
立野さんは無言のままだった。
何も言わないまま10秒くらい経過する。
「立野さん……?」
『ほんとに、よかった……』
声を震わせながら、立野さんは零した。
そしてすぐ、鼻を啜る音が耳に入る。
立野さんが嬉しくって泣いてくれている。
ほかでもない私だけのために。
もらい泣きしそうになったけど、ぐっと我慢して次の言葉を続けた。
「それで、なんだけどさ」
『……うん』
「会って話したいことがあるんだよね」
そこで言葉を切って、どういうべきか考える。
何度もシミュレーションしたんだから、その言葉を口にするだけ。
でも、なぜかその言葉が喉につっかえて出てこなかった。
窓の外に視線を逃がして、深呼吸をひとつ。
春先に似合わない、暖かな陽気だった。
遠くからは、小鳥のさえずりが聞こえる。
できるだけスマホを口元に近づけてから、私は呟いた。
「……わ、私と一緒に、カラオケに行きませんか?」
——それは、初めて立野さんをカラオケに誘ったときの言葉だった。
*
「やっほー立野さん」
「宮永さん、おめでと」
「立野さんもね」
最寄り駅についてから、私たちはお互いに祝福をした。
西川さんも合格したらしい。
合格した今なら、素直に喜ぶことができた。
雑談をしながら改札を抜ける。
「ね、手繋がない?」
電車に乗る前に、私は自然に口にした。
立野さんは目を丸くしている。
「いま?」
「うん、いま」
しっかり頷いた。
今までは電車で手を繋いだことはない。
だって周りに見られたら誤解されちゃうかもだから。
でも今は誤解されても良いかなって。
いや誤解っていうか——。
「いいよ」
「やった」
私は立野さんの手を掴んだ。
すぐに立野さんが恋人繋ぎになおす。
電車に乗っている人が多くなかったから、じろじろ見られることはなかった。
2つ先の駅で降りて改札を抜ける。
「立野さんのおかげで合格できたから」
「いや、宮永さんが頑張ってたからだよ」
「私は一緒に勉強してただけだから」と言って、逆の手で頭に触れる。
——柔らかい指が、私の髪を掬う。
とても気持ちよくって、もっとして欲しいという思いがとめどなく溢れた。
「もう、ほんとにズルいってば……」
視線を逸らして、小さな声で呟く。
その声はたぶん立野さんの耳に入った。
でも立野さんは、微笑む以外なにも言わなかった。
カラオケボックスに着いて、さっそく部屋の中に入る。
立野さんが奥に座ったので、私は彼女の真横に腰を下ろした。
BGMがやけにうるさく聞こえる。
大事な話だから、消したほうがよかったかな。
「……待っててくれてありがとね」
何度目かわからないけど、軽く頭を下げた。
「だからその、あのとき言いたかったことを言おうかなって」
暫定的じゃなくって、最終的な答え。
立野さんに対する、私の想い。
立野さんを見ると、顔が少し赤くなっていた。
髪を何度も触っていて、視線がふらふらと彷徨っている。
抱きしめたくなるくらい可愛い。
でもダメだ、ちゃんと言ってからじゃないと。
深呼吸をひとつしてから、私は話始めた。
「立野さんと一緒にいれて高校生活がほんとに楽しかった」
同じクラスにはなれなかったけど。
毎日会うことは一度もなかったけど。
友だちみたいな関係ではなかったけど。
「受験勉強も立野さんがいたおかげで、最後まで頑張ることができた」
夏休みと冬休みには、家に泊まって勉強会をした。
受験勉強は大変だったけど、今ならその時間も楽しかったって言える。
「入試に合格できたのもやっぱ立野さんがいないとダメだったと思う」
C判定だったけど、私は合格することができた。
立野さんは私の人生に大きな影響を与えた。
だから私も、立野さんの人生に影響を与えたい。
ちょっとくらいじゃ満足できない。
もっともっと、立野さんの人生に深く残りたい。
だから——。
「私は、立野さんのことが好き」
私の声が部屋に響いた。
ほんのりとした熱が、私たちの空気を柔らかく揺らす。
「だからその……」
言葉を切って、視線を上に向ける。
頭の中にあるのは綺麗な言葉。
でも私の心の中にあるのは、少し歪な感情だった。
どうするか悩んだけど、心の中にある感情を優先することにした。
「私は立野さんのこと独り占めしたい」
「……」
「私のことだけ見て欲しいし、私のために言葉を発して欲しい」
「……」
「立野さんには私だけのことを考えて欲しい」
純粋な好意だけじゃない、少し歪んだ気持ち。
そんな私のことを、立野さんに見てもらいたかった。
重いって思われるかもしれないけど、これが本当の私だから。
「……宮永さんは、大丈夫なの?」
目を伏せながら立野さんは口にした。
「だって私たちって、」
「大丈夫だから」
立野さんの言葉を遮って否定する。
いまさら野暮なこと言わないでよ。
「私は、立野さんがいい」
はっきりと口にした。
どうしようもないくらい身体が熱くなる。
その熱はぐるぐる回って、気づけば身体が動いていた。
「……んっ」
くぐもった声が喉から漏れだす。
ソファに膝をついて、私は立野さんに口づけをした。
舌で立野さんの唇をトントンと叩く。
少し遅れて、立野さんはゆっくり口を開けてくれた。
すぐに舌を入れて、立野さんの舌と絡ませる。
周りのことなんて気にならないくらい、立野さんに集中していた。
「はぁ、はぁ……」
しばらくしてから唇を離して距離を取る。
立野さんは、肩を軽く上下させながら口元を拭いていた。
その表情は、完全に蕩けている。
もっと深くつながりたいという衝動が漏れ出す。
でもカラオケボックスでこれ以上するのは流石にマズい。
呼吸を整えてから、私は口を開いた。
「……立野さん」
名前を呼ぶと、立野さんはこちらを見る。
上気した頬を隠すように、伏し目がちに視線を向けていた。
口を震わせながら、私は『答え』を口にした。
「私と、付き合ってくれませんか……?」
みんなの一番じゃなくって、立野さんの一番になりたい。
他の誰かじゃなくって、あなたの一番になりたいから。
世界にひとりしかいないあなたが好きだから。
「……お願いします」
そう言ってから、立野さんは私の手をぎゅっと握った。
彼女の手は、いつも以上に温かかった。
「……」
こういうとき、なんていえばいいんだろ。
「ありがとう」って言えば良いのかな。
「これからよろしく」って言えば良いのかな。
初めての恋人だったから、どう反応すればいいのかわからなかった。
「……それじゃあ、歌おうか」
「そう、だね」
とてもぎこちない空気のまま、私たちは歌う準備を始めた。
マイクを充電器から抜き出して、デンモクを取る。
そういう動作はとても手慣れていて、今の空気感とはどこかちぐはぐだった。
それがちょっとおかしくって、笑みを零した。
「今日は立野さんから歌ってよ」
「えっ私から?」
「まだ全然、喉開いてないんだけど……」と困ったように呟く。
「大丈夫だよ、私、立野さんの歌なら何でも好きだから」
「……もう」
「いきなりズルいってば……」と言って、立野さんは視線を落とした。
それに満足して私は立ち上がった。
「飲み物取ってくるけど、なんか飲みたいものある?」
「もうちょっと待ってからのほうが良いと思うよ」
「なんで?」
私がそう尋ねると、立野さんは小さな声で口にした。
「……いまの宮永さんの顔、えっちすぎるから」
「……っ」
胸がきゅっと締め付けられる。
「じ、じゃあ、もうちょっとしてから取りに行こうかなぁ?」
「……そのほうがいいよ」
そう言って立野さんはデンモクに視線を向ける。
私はどぎまぎしながら、腰を下ろした。
少しずつ、立野さんと付き合ってるって実感が湧いてくる。
私は立野さんの恋人で、立野さんの恋人は私。
……やっぱりヤバい。
胸に手を当てなくてもわかるほど、私の心臓はどくんどくん動いてるのがわかる。
「最初だから歌いやすい曲からいくね」
立野さんがそう言ってから、すぐスクリーンに曲名が表示された。
すぐにイントロが流れ始める。
聞き馴染みのあるメロディだった。
「立野さんの十八番かぁ」
「そんなハードル上げられても困るんだけど……」
イントロが終わるころ、立野さんは「ん、ん」と喉を鳴らしてマイクを構える。
座り直すフリをして、私は距離を詰めた。
立野さんに近づきたかったから。
そして立野さんは、第一声を発した。
『学校で人気な女の子と二人きりでカラオケに行くようになって、かれこれ一年経ちました。(旧題: C線上の愛華)』 完。
ここまでご覧いただきありがとうございました!
もし良ければ評価していただけると嬉しいです!
またどこかでお会いできるのを楽しみにしてますね!
夏野恵




