第21話 うん、一緒に寝よ。
「雪、降ってきたねぇ」
揺れる車内、お母さんの声を聞いて視線を窓の外に向けた。
空を見上げると、白い粒がぽつぽつ降っている。
ホワイトクリスマスってヤツかな。
「風邪ひかないように、ちゃんと暖かくして過ごしなさいね」
「わかってるよ」
お母さんに少し冷たい返事をしてから、スマホで時間を確認する。
スクリーンに表示されたのは『12月24日 15:02』だった。
今日はクリスマスイブ、立野さんの家に泊まる日だ。
「ここでいいの?」
「うん」
目的地のコンビニに到着して、シートベルトを外す。
店内で立野さんと合流する予定になっていたからだ。
「向こうの親御さんに迷惑かけないようにしてね」
「うん」
生返事をしてドアを開けると、すぐに冷気が車の中に入ってきた。
小走りでコンビニの玄関まで行き、雪を落としてから店内に入る。
お母さんの車はすぐに駐車場から出て行った。
「やっほー宮永さん」
時間を潰すためにしばらく店内をうろついていると、背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、マフラーをした立野さんが立っていた。
鼻が真っ赤になっていて、外の寒さを物語っている。
肩には少しだけ雪が積もっていた。
「ごめん、雪降ってたからちょっと遅れちゃった」
「全然大丈夫だよ」
なんなら私が迷惑をかけてるほうだと思う。
立野さんの家に行きたいって言いだしたのは私のほうだし。
ここまで来てくれたお礼に温かい飲み物を奢ってから外に出る。
傘起き場に置いていた折り畳み傘を手にしてから、立野さんは口を開いた。
「宮永さんって傘とか持ってきてる?」
「ごめん、持ってきてない」
「じゃあ私の折り畳み傘に入ってよ」
「たすかる」
『ありがと』という言葉を脇にやって『たすかる』を口にした。
だって『ありがと』だと相合傘に感謝しているみたいな感じがするし。
そんなことを考えながら立野さんの傘の中に入った。
「やっぱふたりで入るのはキツイね」
「だね」
雑談をしながら家に向かう。
「共通テストまであと1か月切ったねー」
話題が途切れたタイミングで、立野さんが受験の話を切り出した。
「なんかあっという間すぎてめっちゃ心配なんだけど」
「わかるー」
「立野さんも心配するんだ」
「まあ本番は何があるかわからないし」
「A判定なのに?」
A判定なら余裕だと思うんだけど。
「試験当日に体調不良とかだったらどうなるかわからないからね」
「あーたしかに」
熱とか出たら試験どころの話じゃないし。
立野さんでさえちゃんと対策をしてるんだから、私はもっと頑張らないと。
今日の勉強会では本番の成績を10点上げることを目標に決めた。
どうやって測るのかわからないけど、やっぱ気持ちって大事だから。
*
「身体冷えてるんだったら、お風呂入ってからでもいいよ」
「私は大丈夫」
勉強道具を取り出しながら立野さんに返事をする。
家に着いてご両親に挨拶してから、ついに立野さんの部屋に足を踏み入れた。
私の家と違って、立野さんの部屋は1階だった。
中央に丸テーブルがあるけど、これは勉強会のために2階から下ろしたらしい。
いつもなら敷いていないカーペットも勉強会のために取り出したとか。
これはちゃんと勉強しなさいという立野さん家族からのメッセージだろう。
「ていうかさ、立野さんは大丈夫なの?」
「私は全然平気だよ」
「ふーん、ちょっと手出してみてよ」
いいけど、と言って立野さんは素直に手を出す。
「ほら、やっぱり冷えてるじゃん」
指先を手で包み込むと、びっくりするくらい冷えていた。
「立野さんが風邪ひいたら私も困るしさ、お風呂入ってきなよ」
「えーマジか……」
「いきなりお風呂って……」と零しつつ立野さんは部屋から出て行く。
すぐに部屋は静かになった。
立野さんの部屋にかなり好奇心はある。
でも今戻ってきたら部屋を見たいからお風呂に行かせたと思われる可能性がある。
それはほんとに困るので、さっそく勉強を始めることにした。
「……4時かぁ」
スマホで現在時刻を確認してから、共通テストの予想問題集を解き始める。
解き直しだから、するすると正解を出せるのが楽しい。
本番でもこれができたらいいのにって思いながら勉強を続けた。
30分くらい経過すると、ドライヤーの音が遠くから聞こえる。
がっつり勉強しているのを見られるのは恥ずかしいので、英単語帳を取り出した。
正確に覚えていない単語を見ながら、立野さんが来るまで時間を潰す。
「ごめん先に入っちゃって」
ドライヤーの音が聞こえて10分くらい経ってから立野さんが戻ってきた。
「宮永さんはいつお風呂に入る?」
「私は最後でいいよ」
「じゃあそのときは追い焚きしてね」
「オッケー」
立野さんはテーブルに視線を向ける。
「今なにしてた?」
「英単語の復習かな」
「大事だよねー」
「私も英語から始めよっと」と言って、立野さんは英語の問題集を取り出した。
「夜ごはんは19時とかだけど大丈夫?」
「うん」
「それならまずは3時間勉強しよっか」
「オッケー」
前ならキツイって思ったけど、感覚がマヒしてるのか3時間なんて余裕に思える。
さっそく、夜ごはんまで勉強を始めることにした。
「宮永さんって、最近の模試どうだった?」
勉強会が始まって1時間が経過し、採点にうつるタイミングで話しかけられた。
立野さんの方を見ると、私とは別の年度の英語の問題の採点をしている。
「今までで一番良かったよ」
点数自体は過去最高だった。
これが本番で取れたら超嬉しいってレベル。
「立野さんはどうだったの?」
「私はいつも通りだったかな」
「いつも通りってどのくらいがいつも通りなの?」
立野さんは小さな声で何点台か教えてくれた。
「たっか……」
私より100点近く離れているらしい。
同じ点を取らないダメってことではないんだろうけど、やっぱりハードルは高い。
今回の点数で油断しないようにちゃんと頑張らないと。
そんなことを考えながら採点を再開した。
*
「もうご飯できたらしいから、リビングに行こっか」
立野さんのお母さんがドアをノックすると、立野さんが口にした。
家庭内の謎ルールを目の当たりにしつつリビングに向かう。
食卓にあったのは、クリスマスらしい料理だった。
「いつも通りで良いって言ったんだけどね」
でもせっかくだからということで、クリスマス料理になったらしい。
立野さん家族の中に混ざって食事を始める。
色々な話をしているうちに、あっという間に食べ終わってしまった。
クリスマスケーキまでごちそうになってから、立野さんの部屋に戻る。
「なんか色々準備してもらっちゃったかな」
「いいよいいよ」
とりあえず始めよっか、という言葉を合図に、私たちは勉強会を再開した。
*
「そろそろ寝る?」
「そうだねー」
部屋にあるデジタル時計に視線を向けながら立野さんは頷いた。
今は午前0時、途中でお風呂に入ったといえ、長い間勉強をしていたことになる。
深夜になった今、リビングから物音は聞こえない。
「宮永さんはベッドで寝てよ」
「……」
立野さんの言葉に返事をしなかった。
それは嫌だなって思ったから。
せっかくだし一緒に寝たい。
立野さんは押し入れから布団を取り出し丸テーブルを隅に寄せる。
「……このまえ一緒に寝たのが嫌だった?」
立野さんの準備が終わる前に尋ねた。
私のほうをちらっと見てから、すぐに視線を上に向ける。
「嫌じゃないけどさ、やっぱり同じベッドってどうなのかな」
「同じ布団でもいいよ」
「そういう問題じゃないんだけど……」と言って立野さんは布団を握る。
「寝にくくない?」
「私はそっちのほうがいいんだけど」
「ほら、親も2階にいるし」
「見られる心配してるんだったら、早めに起きればいいじゃん」
「もし寝にくかったら後で布団のほうに移動すればいいし」と早口で説明した。
「……じゃあ一緒に寝る?」
立野さんがそういうまでに、一瞬の間があった。
まだ心配してるのかな。
私は立野さんと一緒に寝たいのに。
その躊躇いを払拭しようと、少し大きめの声で続けた。
「うん、一緒に寝よ」
私の声は、部屋の中で少し反響した。




