第18話 たてのさーん……
「せ、〇、き、し、しか、〇……」
過去の助動詞「き」の活用形を口ずさむ。
今日は週末、模試の日じゃないから自宅で勉強をしていた。
宮永さんと勉強するのは平日なので、こういう日はひとりなのだ。
「……よし」
単語帳を閉じてから国語の過去問に取り掛かる。
現在時刻を問題用紙の隅に書き込んでからさっそく開始した。
記憶系の問題を手早く処理してから、考える必要のある問題に時間をかける。
「んー……」
するする解いていたが、難しい選択問題にぶつかってしまった。
言ってることはほとんど同じなんだけど、ニュアンスがちょっと違う感じ。
時間がどんどん無くなっていくことに焦りつつ選択肢の文章を読み直す。
指示語が何を指しているのか確認したうえで、最後は勘で解答した。
「うわー間違ってる……」
採点に入ると、さっき悩んだ問題は間違っていた。
2分の1の確率を外してしまったらしい。
ぐぬぬ、と唇を噛みながら解答の根拠を確認する。
「いや、こっちでもあってるでしょ」
どちらとも間違ってないけどこっちのほうが適切、と書かれていた。
「ニュアンスで合否が決まるとか普通にイヤなんだけど……」
不満を口にしながら勉強を続ける。
*
昼ご飯を食べてから自室に戻ると、スマホの電源がついていた。
通知をオンにしているから、誰かから着信があったのだろう。
確認してみると宮永さんからだった。
すぐアプリを開いて内容を確認してみる。
共通テストの数学でわからないところがあるから、教えて欲しいらしい。
『4年前の大問3の(2)なんだけど』と、すぐに詳細な情報が届いた。
「大問3ね……」
赤本を引っ張り出して、その問題を確認する。
計算過程が残っているから、少し前に解いたことがある問題だろう。
説明しようとすると、宮永さんから追加でメッセージが来ていた。
『文章だとわかりにくいから、電話で教えてくれたら嬉しい!』
「んー……」
少し躊躇してしまう。
宮永さんと電話で話をするのは初めてだから。
でも受験勉強のため、と納得させて通話ボタンをタップする。
『もしもし立野さん?』
1コール目で宮永さんは出た。
電話するように言ってきたのは向こうだし、すぐ出るのは当たり前か。
「立野だけど」
『うん』
そこで一瞬、謎の間が生まれる。
通話に慣れてないのが一発でバレるような間を見せてしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「……えーっと、宮永さんってこの(2)の解き方がわからないって感じだよね?」
『そうだね』
そう言って宮永さんはなんで詰まったのかを簡単に教えてくれた。
「(1)は正解できた?」
『うん』
「それなら(2)はその答えを使って……」
計算過程を見ながらなるべくわかりやすく宮永さんに説明する。
「……って感じになって、(3)以降もその考え方を応用して解くって感じだね」
『なるほどー』
その問題を理解することができたみたいだ。
説明が終わると、ゆったりとした沈黙が生まれる。
『そういえばさ、立野さんって午前中なにしてた?』
宮永さんは雑談っぽいテンションで話しかけてきた。
ちらっと時間を確認すると13時30分だった。
少しくらいなら、と赤本を閉じてから口を開く。
「ずっと勉強してたね」
『やっぱそうだよね』
テーブルに置いていた飲み物に口を付けてから、深呼吸をひとつ。
「家で勉強するのってあんまり集中できないんだよね」
『そうなんだ』
間延びした相槌が返ってきた。
「なんだろう、ひとりだとリラックスしちゃうっていうか」
『へーじゃあ私が立野さんの家に行こうか?』
「今から行くのはちょっと時間かかるよね」
『あはは、そうかも』
薄氷を歩くような会話を続ける。
「宮永さんは家でも集中できるの?」
『まあ最近はちゃんと集中できるようになったかな』
「すごいね」
『だって立野さんと同じ大学に行きたいもん』
「そっか」と口にしてから、再び飲み物に口を付ける。
「同じ大学に行けたらいいね」
かなり本心から出た言葉だった。
私も宮永さんと同じ大学に行きたいから。
でも大学になってからも今みたいに近い距離感でいられるのかはわからない。
一気に交友関係も広がるだろうし、バイトとかで忙しくなる可能性もある。
もしかしたら宮永さんに恋人ができる可能性も——。
「……そういえば宮永さんってさ、付き合ったことあるの?」
立野さんに聞いてから、英単語帳を手に取った。
なんとなくぱらぱらめくりながら宮永さんの返事を待つ。
『ないかなー』
さっきと同じようなテンション感で呟いた。
『立野さんはどう?』
「私もないね」
残念なことに、と冗談っぽく言って雰囲気を軽くする。
『告白されたこともないの?』
「ないかな」
斜め上に目線をやりながら応える。
私は誰かに告白されたことが一度もない。
自分から行動しないのが悪いんだろうけど。
「宮永さんは何回もありそうだよね」
『えー私?』
『そんなことないよー』と宮永さんは軽く否定してから呟いた。
『だから私、告白されるのにちょっと興味あるんだよねー』
「そうなんだ」
色んな意味がありそうだったけど、最も薄っぺらな解釈をした。
「……じゃあそろそろ勉強始めるから」
『オッケー』
またねーと呟いてから、通話停止ボタンをタップした。
「ふぅー……」
スマホをベッドに放り投げてから溜め息を吐く。
これ以上話を続けるのはマズいと思った。
変な流れになる雰囲気が見えたからだ。
宮永さんに恋人ができる可能性——。
「んー……」
心の底に溜まる感情は、明確な形を成していた。
でも、それに名前を付けるのはなんとなく気が引ける。
名前を付けるのは今じゃない——。
後回しにすることを決めて、私は勉強に取りかかった。
*
「もう……」
通話を終了してから、思わず歯噛みしてしまう。
せっかく恋愛の話になったのに、立野さんが通話を止めたからだ。
「告白されるの興味あるんだよね」なんてわかりやすくアピールしたのに。
いや、わかりやすくアピールしたせいで電話を切られた……?
なにそれ、めっちゃ恥ずかしいんだけど。
「たてのさーん……」
机にうつ伏せになって名前を呟く。
声はすぐに輪郭を失い、部屋の片隅に消えていった。




