第17話 やっぱ立野さんってえっちだよねー
ぜんぶ宮永さんが悪い。
私は距離を取ろうとした。
それなのに宮永さんは近づいてきた。
手を繋いでって言われたから、義務的に繋ぐことで体裁を守ろうとした。
でも宮永さんは義務的に繋がれるのは嫌だって言ってきた。
それがまずズルい。
だって義務的に繋ぐ感じじゃなければ良いってことじゃん。
手を繋ぎたいって言えば、宮永さんは手を繋いでくれるってことじゃん。
だから私は、手を繋ぎたいって言って宮永さんの手を取った。
するとすんなり受け入れてくれた。
だから私は恋人繋ぎに切り替えた。
どこまでなら許してくれるのか試したかったから。
すると宮永さんは、嫌がらずに周りに見られることの心配をし始めた。
これが一番ズルい。
私が繋ぎたくて繋いだみたいな雰囲気だったから。
たしかに私から言ったけど、最初に手を繋ごうって言ったのはそっちじゃん。
だから私は、逃がさないように宮永さんの手を握った。
ちゃんと責任を取ってもらうために。
*
「やっほ、立野さん」
授業が終わって校門から出ると、宮永さんに声をかけられた。
軽く手をあげてから、私たちは駅まで歩き始めた。
11月になり本格的に寒くなってきた。
今年の冬は寒波がどうこうって話を担任の先生がしていた。
「風邪をひくと受験に響くから」という言葉も添えていたはず。
熱が出て記憶がすっぽり抜け落ちたら怖いな、と思って聞いていた。
学校が見えなくなってから、何も言わないで手を繋ぐ。
宮永さんが手を差し出してくるから、恋人繋ぎになおした。
「宮永さんってさ」
「んー?」
私が口を開くと、宮永さんはぱっと顔を向けた。
頬を緩めながらこちらを見ている。
「手、めっちゃ温かいね」
そう言って宮永さんの手を少し持ち上げる。
私の体温より若干温かいから、冬になった今は心地よい。
「私の手が温かいっていうかさ、立野さんの手が冷たすぎなんじゃない?」
「そう?」
自分ではそう思わないんだけど。
「だって私、立野さんのこと心配になるもん」
「なんで?」
「手が冷たすぎて、いつか倒れるんじゃないかって」
次の信号を見ながら私は呟いた。
「じゃあ、私たちを足して2で割ればちょうどいいかもね」
「……っ」
私を二度見してから、宮永さんは目を伏せた。
風でさらさら揺れる隙間から、真っ赤になった頬が映る。
それを見て私は安心した。
ちゃんと私のことを気にしてくれたから。
*
改札を抜けて電車に乗り、2つ先の駅で降りる。
駅を出てから、再び手を繋いで歩き始めた。
「受験勉強の調子どう?」
「まあ、ぼちぼちって感じ」
表現をマイルドにして答えた。
最近は共通テストの対策でかなり忙しい。
選択肢問題だけど、勘で当てられるほど甘くはない。
全部合ってないと正解にならない問題に絶賛苦戦中だ。
「1年前の問題見たらさ、この年に受験しなくってよかったーって思わない?」
「めっちゃ思う」
「だよねー」
受験の話をしながら恋人繋ぎする人いるのかな、と思いつつカフェに向かった。
*
「どうすればリーディング早く解ける?」
「とにかく視線を動かすスピードをあげればいいらしいよ」
9月頃に西川さんから聞いた話をそのまま宮永さんに伝える。
宮永さんの手元に視線を向けると、リーディングの採点をしていた。
答案の隅に丸とバツが書かれているのが見える。
「ちょっと、人の答案見ないで?」
私の視線に気づいたのか、自分の回答を隠した。
少し気まずくなって飲み物に口を付けると、宮永さんは続ける。
「やっぱ立野さんってえっちだよねー」
飲み物を零しそうになった。
キッチンナプキンで口元を拭いてから口を開く。
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
「だって立野さん人の答案を覗こうとしたわけじゃん」
それってえっちじゃん、と宮永さん。
そこそこお客さんもいるから、えっちって言うのはやめて欲しい。
「実際、どんな感じなの?」
「ここまで言って気になるってやっぱり立野さんって……」
そこで言葉を切り、宮永さんは答案を見せてくれた。
点数に視線を滑らせる。
「普通にできてるじゃん」
平均点よりかなり上って感じの点数だった。
そういえば前、英語が得意って言ってたな。
「得意科目の英語でこの程度ってことだからね」
「まあ本番になったら苦手科目でも高い点数とれる可能性もあるし」
ちゃんと準備しないとだよね、と言って再び勉強を再開した。
*
「ねえ、立野さん」
勉強会を終えてカフェを出てから、宮永さんはおもむろに口を開いた。
手を繋ごうってことだと思い、私は宮永さんの手を取る。
「そっちじゃなくって」
「あ、ごめん」
慌てて手を離そうとすると、宮永さんは私の手をぎゅっと握りしめた。
「……こっちはそのままでいいから」
俯きながら宮永さんは呟く。
なにそのリアクション。
不意打ちすぎてヤバいんだけど。
「……どうしたの?」
かろうじて平静を保ったまま、宮永さんに視線を向ける。
「いま私たち手を繋いでるじゃん」
「繋いでるね」
「もし学校の人に見られたらどうする?」
「うーん、どうしよっかな」
少し真面目に考えてみることにした。
正直、バレることはそこまで問題ではない。
今の時期、他の子に気を回せるほど余裕のある人はいないから。
「宮永さんはなんて答えるの?」
「こういう関係です、って見せるのはどう?」
宮永さんは繋いでいる手を前にばっと見せる。
完璧な答えだった。
でもそれを言うのはマズい。
私が認めちゃったらダメだから。
「それだとちょっと向こうがびっくりしちゃうんじゃない?」
「じゃあ立野さんが考えてよ」
「普通に手を繋ぎたかったから繋いでたとかでよくない?」
「そうだけどさぁ……」
そうじゃないじゃん、と宮永さんは不満そうだった。
「宮永さんってさ、マジで可愛いね」
するりと言葉が漏れた。
久しぶりに言葉にしたからか、宮永さんは目を見開く。
「……」
いつもなら「立野さんも可愛いよ」って言うのに、今日は返答がなかった。
手を繋ぎながら歩き続ける。
駅に入ってから、私たちは手を離した。
改札を抜けて電車に乗り込む。
今日は混雑していて座ることができなかった。
横並びになってつり革を掴む。
なんとなく宮永さんから視線を外していると、制服の裾に何か感触があった。
その方向に視線を向けると、宮永さんが制服をちょいちょいと引っ張っていた。
「なに?」
そう言って尋ねると、宮永さんはぱっと手を離す。
すぐに反対の方向を見始めたので、今のはなかったことにした。
最寄り駅で降りて、改札を抜ける。
「じゃあまたね」
「うん」
私たちは手を振って別れた。
静かなまま、宮永さんは背を向けて歩いていく。
その姿が見えなくなってから、私は帰路に就いた。
*
「はぁー……」
部屋に戻ってから、深い溜め息を吐いた。
頭の中をぐるぐる回るのは立野さんの言葉だった。
『宮永さんってさ、マジで可愛いね』
「……もう」
スカートの裾をぎゅっと握る。
不意打ちでそんなこと言わないでよ。
期待しちゃうじゃん。
「ぜんぶ立野さんが悪いんだから……」
その声は、すぐに部屋の隅に吸いこまれた。




