第16話 もう、ほんとになんなの。
「勉強会の日じゃないんだけど」
立野さんの言葉が胸にぐさりと刺さる。
鞄を持つ手に力が入り、ウサギのキーホルダーが揺れた。
「普通に立野さんと話したいなって」
そう言って作り笑いを浮かべる。
傷ついていないフリをしたかったから。
放課後になって教室に向かうと、すぐに声をかけられた。
私に気づいて近づいてきてくれたのは、純粋に嬉しかった。
でも立野さんの声は、いつになく冷たかった。
「帰り道に話すだけだからさ」
「ほんとに帰り道だけなんだよね?」
「うん」
「それなら……」
仕方なく、という感じで立野さんは頷いた。
すぐに階段を降りて玄関へ向かう。
その間、私たちは一言も会話をしなかった。
「あれっ、宮永さんじゃん!」
玄関に着いたタイミングで、運悪くクラスメイトに話しかけられた。
何も知らないその女の子は、いつもみたいに近づいてくる。
「さっきすぐに教室から出て行かなかった?」
「まあ、うん」
生返事をして視線を逸らした。
今はほんとにやめて。
そういう感じじゃないんだって。
でもその子は、純粋な好奇心で立野さんに視線を向ける。
「えーっと、だれだっけ?」
「立野です」
「へー立野さんねぇ……」
思い出すように天井を見上げてから、すぐに私を見た。
「友だちって感じ?」
「うん」
だよね? と立野さんに目線を送る。
「……まあ、はい」
立野さんは、所在なさげに踵を動かしていた。
「今日はちょっと急いでる感じだから、またね!」
返事も聞かずに靴を履き替えて、さっさと玄関を後にする。
これ以上はマズいって思ったから。
不用意に時間を使ってるって思ったから。
「……ごめん」
校門へ向かいながら頭を下げる。
その状態のまま、自分の足元を眺めた。
歩く度に、スカートがひらひらと揺れている。
「何に対して謝ってるの?」
「ほら、立野さん時間を使わせちゃったから」
「そっか」
「別にいいよ」と立野さんが呟いて、私たちの間に沈黙が降りた。
校門を通り抜けて、そのまま歩き続ける。
バス停あたりで話をしている声が、やけに大きく感じた。
「それで、話したいことってなに?」
人影が少なくなってくると、立野さんが尋ねてきた。
その声はとても平坦で、事務的に確認している感じがする。
逃げたくなったけど、なんとか気持ちを保って口を開いた。
「立野さんってさ、前田さんと一緒に帰ったことあるの?」
そう尋ねると、立野さんは腕を組んだ。
「なんでそんなこと聞くの?」
「前田さんが言ってた」
腕をほどいてから、立野さんは呟いた。
「一回だけ一緒に帰ったことある」
「……そう、なんだ」
いつも通りの反応をしようとしたけど、やっぱり難しかった。
声のトーンも表情も、自分でわかるほど落ち込んでしまう。
「……前田さんと何を話したの?」
「普通のことだよ」
「その普通が興味あるんだけど」
このままじゃマズい、というのはわかっている。
わざわざ雰囲気悪くなることを言うべきじゃないって。
でも私が謝るのも違う気がして、口を固く結んだ。
「宮永さんと最近も勉強してるのって聞かれた」
「それでなんて答えたの?」
「最近はそんなにって」
そんなにではないと思う。
週に1回してるわけだし。
「ほかには?」
「なんで宮永さんと私が一緒にいるのか聞かれた」
「なんて答えたの?」
「音楽の趣味が合ったから一緒にいますって」
「……は?」
思わず声が漏れてしまった。
なにそれ、浅すぎでしょ。
音楽の趣味が合う人なんてたくさんいるじゃん。
立野さんにとって私は世界に何万人もいるなかの1人なの?
「もうひとつ聞きたいんだけどさ、」
苛立ちを押し殺しながら続けた。
「立野さんってさ、最近よそよそしくない?」
「……いつも通りだと思うけど」
立野さんはバツの悪い表情をする。
その表情を見て、私は溜め息を吐いた。
やっぱり立野さんは私から距離を取ろうとしていたらしい。
なんで、という言葉が頭をぐるぐる回った。
私は立野さんと仲良くしたいだけなのに。
「……いつもどおりならさ、いま手繋いでよ」
制服の裾をぎゅっと握り小さな声で口にした。
立野さんは、立ち止まって目を見開いている。
「別に、いつも手を繋いでるわけじゃないでしょ」
「前は繋いでたじゃん」
それが、私にとってのいつも通りだから。
「なに、宮永さんは私と手を繋ぎたいの?」
「繋ぎたいっていうか、いつも通りなら手を繋いでって」
今ここで手を繋ぎたいって言ったらダメな気がした。
だから私は、それだけ言って立野さんに手を差し出した。
「手繋げばいいんだったら、普通に繋ぐけど」
「いや、義務で繋ぐんだったらやめて」
すぐに手をひっこめる。
適当に手を繋ぐのは違うでしょ。
「義務とかじゃないから」
「でも今の言い方、めっちゃ雑だったじゃん」
「雑じゃないって」
立野さんの語気が強まる。
ビックリして、立野さんに視線を向けた。
目が合うと、立野さんはすぐに目を伏せる。
その視線の延長線上には、私の右手があった。
「……手、繋ぎたいから繋がせてよ」
ぽつりと呟いて、立野さんはこちらに手を差し出してきた。
もう、ほんとになんなの。
私もだけど、立野さんも大概だ。
「……」
私は何も言わずに立野さんの手を取る。
すると、すぐに立野さんは恋人繋ぎに握り直した。
しばらくの間、黙って歩き続ける。
「ここ、学校の近くなんだけど」
「離れてるから大丈夫でしょ」
少し冷たい口調で立野さんは呟く。
「大丈夫かもだけど、勘違いさせるかもじゃん」
恋人繋ぎをしてるってことはそういうことだから。
私たちは、周りからそういう風に見えてるってことだから。
私がそう言うと、立野さんは溜め息を吐いて続けた。
「……勘違いさせたのはそっちでしょ」
聞こえるかどうかの声量だった。
色んな感情の混ざった、曖昧な言葉。
その意味を考える間もなく、立野さんは私の手をぎゅっと握りしめた。




