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学校で人気な女の子と二人きりでカラオケに行くようになって、かれこれ一年経ちました。(旧題: C線上の愛華)  作者: 夏野恵


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第14話 今の距離感だと遠すぎるなって。

「やっほー立野さん」


心地よい昼寝を謳歌しているとき、聞き覚えのある声に呼ばれた。

枕代わりにしていた数学の問題集を脇にやって、声の主に視線を向ける。


「宮永さんじゃん」


学校ではあまり話さない女の子が目の前に立っていた。


周りをぐるりと見回してみても、宮永さんは注目を浴びていない。

みんな寸暇を惜しんで勉強をしているからだと思う。


10月になって、受験の雰囲気が一気に色濃くなった。

雑談するにしても単語集を見ながらじゃないと落ち着かない時期だ。


「どうしたの?」

「ちょっと話したいなーって」


宮永さんはしゃがんで、私の机の上に顎を乗せた。


「そうなんだー……」


ペットボトルのキャップを開けてから、すぐに閉じる。

そこまで喉が渇いてなかったから。


ちらりと視線を左前に向けると、西川さんと目が合ったけどけどすぐ逸らされる。


「……最近どう?」


ちょっと話がしたいのであれば、雑談を始めないと。

とりあえず当たり障りのないところから聞いてみた。


「ずーっと勉強してる感じだね」

「私もー……」


ヤバい、話途切れそうなんだけど。

ほんとは話したいことは色々あるんだけど、いかんせん場所が悪い。


「次は何の時間?」

「私は英語」

「そうなんだ」

「立野さんは?」

「私は古典かなー」


わざわざ手前の黒板を確認してから呟いた。


私と宮永さんの共通の話題が少なすぎて困る。


こういう学校での会話になってくるとほんとに話題がない。

カラオケが無かったら仲良くなることはなかっただろうな、としみじみ思った。


「今日の勉強会のことなんだけどさ、」


声のボリュームが落ちたので、身を乗り出して宮永さんに近づいた。

目を合わせないように、廊下側に視線を向けて耳だけ近づける。


「いつもの場所じゃないとこでもいいかな?」

「カフェ以外に良い場所とかあるの?」

「良い場所かどうかは分からないんだけど、気分転換にって感じ」

「そういうことね」


私は大丈夫だよと頷いて、体勢を元に戻した。

宮永さんとばっちり目が合ったけど、すぐに視線を逸らす。


「……じゃあ、そういうことで」


「もう戻るね」と言って、宮永さんはそそくさと教室から出て行った。


彼女が出て行くのを確認してから飲み物に口を付ける。

流れ込んだ液体は、身体の中にゆっくり落ちて行った。



*



「立野ってさ、宮永さんと付き合ってるの?」


移動教室で渡り廊下を通っているときに、西川さんは唐突に口を開いた。

あまりにも突然のことだったのでびっくりした。


「なんでそんな話になるの?」

「だってさっき宮永さんとめっちゃ距離感近かったじゃん」


あれは友だちの距離感じゃないと思ったらしい。


「そんなに距離感近くなかったと思うけどなあ」

「まあ正確に言えば、いつもの立野の距離感より近すぎないかってことだね」

「あーそういうことね」


それは確かにそうかも。


「でもそれで付き合ってるって考えるのは短絡的じゃないですかぁ、西川さん?」

「その煽ってくる感じ、めっちゃ腹立つねー」


西川さんは笑みを浮かべた。

リアクションから察するに冗談で聞いてきたみたいだ。


「それにしても、立野と宮永さんってそんな仲いい感じだったっけ?」

「まあ前々からちょっとあってね……」


詳細は省きつつ、西川さんに簡単に説明した。


音楽の趣味があったこと。

同じ大学を志望していること。

カフェで勉強会をしていること。


「私の居ない間にそんなことがあったとは……」


渡り廊下を過ぎて反対校舎に入る。

理科室に向かう道中、西川さんが口を開いた。


「でも立野、アレだよ」

「なにアレって?」


ひとまず聞き返す。


「受験って戦争って言うじゃん」

「まあ言うね」


少し古い言葉ではあるけど聞いたことはある。


「同じ大学を志望してるんだったら、ライバルってことでもあるからね」


そこで西川さんは言葉を切って教室に入った。

彼女の後ろに続き、「失礼しまーす」と呟いて教室に入る。


西川さんと別れて自分の座席に腰を下ろし、教科書をめくって時間を潰した。


西川さんの言っていることは正論だ。


大学入試には合格か不合格かしかない。

合格のためにするべきことをするのが受験勉強だ。


受験は戦争——。


その言葉が頭の中をぐるぐると回った。



*



「あっ立野さん」


下校時刻になって校門を抜けると、宮永さんが小走りで近づいてきた。

私が来るまで少し待っていたらしい。


「別に駅前集合とかでもよかったのに」

「そうだけど、せっかく一緒に行くんだし……」


宮永さんは視線を逸らす。

その反動でミディアムボブが軽く揺れた。


「とりあえず、駅まで行こうか」

「うんっ」


嬉しそうに返事をして、私の隣をとことこついてきた。


「今日はどこで勉強する感じ?」

「図書館でしようかなって思ってる」

「どこの図書館?」

「ほらカフェの近くにある……」


今日は市立図書館で勉強会をするらしい。


「教え合ったりできるの?」

「小声ならオッケーらしいよ」


勉強をするための空間が設けられているらしい。

私はあまり図書館に行かないので、そういうのがあることを知らなかった。


「そっちのほうがカフェよりも集中できるかなって思って」

「あーそうかもね」


そんな話をしながら図書館に向かった。



*



「立野さんはここ初めてきた?」

「うん」


図書館だから、小さな声で返事をした。


階段を上った2階、突き当り右の部屋に自習室がある。

近くに中学や高校が少ないからか、ほとんど利用者がいない。


隅の席に座って勉強道具を取り出した。


「仕切りがあるからちょっと話しにくいね」


プライバシーを守るためなのか、大きめの仕切りが机ごとに設置されていた。


「わからないことあったら、近づいて聞いても大丈夫?」

「私は大丈夫だよ」


そう応えてから、私たちの勉強会は始まった。


過去問を解いたあとに答え合わせをして、訂正ノートにポイントをまとめる。

わからないところがあれば解説ページをしっかり読んで、間違えないようにする。


言葉にすればそれだけだった。

たったそれだけのことをひたすら続ける。


「ごめん立野さん、今時間ある?」


数十分くらい経ってから、宮永さんに話しかけられた。


「大丈夫だよ」


私が頷くと、宮永さんは立ち上がって問題集を見せてきた。


「この数学の問題、なんでこの解き方でしてるかわかる?」

「えーっと……」


問題集を見ながら手を顎に置く。


自分も一度解いたことのある問題だった。

軽く文章を読み流しつつ、どう説明すればいいか考える。


「隣に座って良い?」

「もちろん」


宮永さんは自分の椅子を移動させて、私の数センチ隣に腰を下ろす。

他の利用者からは死角になってるかもしれないけど、私たちの足は密着していた。


「えーっと、これは三角関数だから……」


問題を指さしながら、私は説明を始めた。



受験が戦争なのであれば、自分で調べなよって突っぱねた方が良いんだと思う。


だって宮永さんは同じ大学を志望するライバル。

わざわざ敵に塩を送るようなことはするべきじゃない。


でも私は、宮永さんに塩を送ることを選んだ。



*



「図書館で勉強するのもけっこう良かったねー」

「そうだね」


図書館を出てから宮永さんに応えた。


「カフェと図書館どっちがよかった?」

「私はカフェのほうが話しやすくて良かったかな」

「じゃあこれからはカフェで勉強会しようかなー」


そう言って、宮永さんはふわりと笑う。


外はすでに薄暗くなっている。

車通りも少なく、人に見られる心配は少ない。


「宮永さん」

「んーなに?」


こちらに視線を向ける。


「手、つなごう?」


頭にあった言葉をそのまま口にした。

目を見開いて、宮永さんは立ち止まる。


図書館であんなに密着されたからだ。


今の距離感だと遠すぎるなって。

もっと近くじゃないと安心できないなって。


「私と、手を繋ぎたいの……?」

「うん」


はっきり頷くと、宮永さんはおずおずと手を差し出してきた。

だから私はしっかり彼女の手を取り、離れて行かないように指と指を絡める。


「これって恋人繋ぎ……」

「ごめん、嫌だった?」

「そうじゃないんだけど……」


私たちは黙って手を繋ぎながら歩き続ける。


「……同じ大学に行けるように頑張ろうね、宮永さん」


強引に少し前にした受験の話に戻した。

心の平穏を保ちたかったから。


「……立野さんと一緒の大学に行けるように私も頑張るから」


「これからもよろしくね」と宮永さんは口にする。


よかった。

ちゃんと元に戻せた。


宮永さんの返答に満足して、私たちは手を繋いで最寄駅まで向かった。

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