第13話 やっぱり私ってちょろい。
「たてのー、さっきのヤツどうだった?」
西川さんがひょこっと顔を出して尋ねて来た。
「そこそこって感じかな」
「なにそれ、めっちゃ良かったときの良い方じゃん」
ほんとにそこそこだから、と言って自分の点数を見せる。
今は9月下旬の放課後。
夏休みが終わってから3週間ほど過ぎた。
ずっと受験勉強をしているからか、頭がおかしくなりそうになっている。
でもなんとか耐えられているのは、周りもしているから。
自分だけ置いてけぼりにされたくないし。
「一緒に帰る?」
引き出しにある教科書類を鞄に入れながら尋ねる。
「あー私、これから塾なんだ」
「じゃあ無理かな」
「ごめんねー」
手を振って西川さんと別れ、教室を出る。
今日は勉強会をする日でもないので、まっすぐ家に帰ることに決めた。
階段を降りて玄関に向かう。
「やっほ、立野さん」
玄関で靴を取り出しているときに声をかけられたので振り返る。
そこにいたのは、前田さんだった。
相変わらずショートボブが似合っている。
「こんにちはー」
「今はこんばんはじゃない?」
あ、そうかも。
「じゃあこんばんはー」
「こんばんはー」
お辞儀をすると前田さんと目が合って、思わず笑みが零れてしまった。
前田さんはこちらに近づいて話を続ける。
「今から帰る感じ?」
「そうですね」
「じゃあ途中まで一緒に帰らない?」
「まあいいですよ」
前田さんは悪い人じゃなさそうだし、素直に誘いに乗ることにした。
別々の場所で靴を履き替えてから外に出る。
「そういえば宮永さんとは一緒に帰らないんですか?」
「んーいつも一緒ってわけではないかな」
受験勉強が本格化してから、宮永さんと一緒に帰ることは少なくなったらしい。
「一緒とはいっても、2人だけで帰ることはないんだけどね」
てっきり、前田さんと宮永さんは2人でよく帰ってるのかと思っていた。
しかし前田さんによると、他の友だちとグループで帰ることがほとんどらしい。
さらに言えば、2人だけで話すこともあまりないという。
「だから立野さんと宮永さんが2人でいたのがめっちゃびっくりしたんだよね」
「なるほどー」
できるだけ軽く相槌を打った。
校門を抜けてすぐの信号機で止まると、他の生徒から注目を浴びている感覚があった。前田さんって目立つタイプだもんな、と思いながら信号が青になるまでぼーっと待つ。
「最近も宮永さんと一緒に勉強してるの?」
信号が青になってから、前田さんはこちらを見て尋ねて来た。
「うーん、そんなにって感じですかね」
週1で勉強会をしているけど、わざわざ言ってもだよなと思ったので少し濁した。
前田さんは「そうなんだー」と言う以外、何も言わなかった。
9月末らしい、少し乾いた風が吹いてスカートが揺れる。
「立野さんって帰り道どっち?」
「こっちです」
「よかったよかった」
「私もこっちなんだよねー」と言って同じ方向を歩く。
「そういえば何だけどさ、ちょっと聞いても良い?」
「答えられることならいいですよ」
今年の共通テストの問題は? とか聞かれたら困るけど。
「なんで立野さんってさ、宮永さんと一緒なの?」
「難しいこと聞きますねー」
思ってたよりパーソナルな質問だったから面食らってしまう。
「んー……」と言いながら少し上に視線を流す。
どこまでちゃんと言って良いのかな。
宮永さん、カラオケのこととか言ってなさそうなんだよね。
「まあ普通に、音楽の趣味が合って話すようになったって感じです」
「立野さんってどんな音楽聴くの?」
「インターネットネット発の音楽がメインですね」
「なるほどなー」と前田さんは何度か頷いていた。
それに安心しつつ、鞄の持ち手を変える。
言っていることに間違いはないし、嘘もついていない。
音楽の趣味が合ったから話をするようになったのだ。
その場所がカラオケボックスだったというのはちょっと特殊かもだけど。
高校1年の夏ごろに、カラオケボックスのドリンクバーコーナーで声をかけられた。いつもいますよねーみたいな、軽い話だったと思う。
普通なら警戒してしまうけど、話しかけてきたのは同じ高校の制服を着たとってもかわいい女の子だった。ウチの高校にこんな可愛い人いたっけなと首を捻りつつ、それなりに会話をしてから自分の部屋に戻った。
そういうやり取りが何回か続いていると、ある時に退店時間が被って帰りに話をする機会があって、そこで連絡先を交換した。彼女が宮永さんということを知ったのはその時だった。
『宮永』という人の話は教室でもよく聞いていた。
マジで可愛いとか、性格も良いとか、付き合いたいとか。
女の子からも人気な人なんて見たことがなかったから、どういう人なのか前々から興味はあった。でもクラスも違うしわざわざ顔を見に行くのも違うと思ったので、漠然とした興味のままだった。
実際の宮永さんは、歌が上手くて人懐っこくて可愛い女の子だった。
これは女の子からも人気になるな、としみじみ思った記憶がある。
なんなら色々すごくてズルいなってちょっと嫉妬したよね。
あれだけ歌が上手かったら、好きな曲をもっと気持ちよく歌えるのにって。
でも宮永さんは、私の歌をずっと褒めてくれた。
カラオケボックスで隣同士になったときに聴こえたんだけど、ほんとに上手いと思ってたんだよねーみたいなことを普通に言ってきた。歌の上手い宮永さんにそんなこと言われたら、じめじめした感情が一瞬で吹き飛んでしまったのだ。
私ってちょろいね。
それでなんとなくカラオケに行く時間と帰る時間を合わせてたんだけど、1年の春休み前くらいに2人でカラオケに行ってみようという話になった。だから私たちは放課後の駅前で待ち合わせして電車に乗り、行きつけのカラオケボックスに2人で入った。そのときに宮永さんに歌をたっぷり褒めてもらえたから、それ以降は一緒に行くようになったという感じだ。
褒められたのが気持ちよかったからって理由で、よく知らない女の子とカラオケに行ってるんだから、やっぱり私ってちょろい。
横断歩道まで来たので立ち止まる。
「私はここ右なんだけど、立野さんはどっち?」
「あー私は左です」
「じゃあここまでだね」と言って前田さんは鞄を持ち変える。
「立野さんって第一志望校受かりそう?」
「まあなんとかって感じです」
余裕かどうかはわからないけど、厳しい状況ではない。
「前田さんはどうなんですか?」
「私はあとちょっと足りないんだよねー」
合格ラインを超えるためにはいつもあと数点足りないらしい。
「じゃあお互いに頑張ろうってことで」
「そうだね」
「おつかれー」と呟いて前田さんは離れて行った。
*
「はぁー……」
自分の部屋に入ってから溜め息を一つ吐いた。
「今から勉強するってキツすぎでしょ……」
そんなことをぼやきながら、スマホを充電器に挿すと連絡が来ていたことに気づいた。送ってきたのは宮永さんだった。
『さっきやったテストでわからないとこあったんだけど、聞いても良いかな?』という真面目な内容だった。
2学期になってから、宮永さんは本当に真剣に勉強を始めた。
いやもともと真剣だったけど、さらに熱が入っているというか。
そんな宮永さんが私を頼ってくれることが純粋に嬉しい。
「やるかぁー」
そこまでやる気のない声を出してから、私は軽く伸びをした。




