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学校で人気な女の子と二人きりでカラオケに行くようになって、かれこれ一年経ちました。(旧題: C線上の愛華)  作者: 夏野恵


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第11話 宮永さんの体温が、私の中に浸透していく。

「せっかくならさ、私と一緒に寝ない?」


宮永さんの舌っ足らずな声がリビングに響いた。


音はすぐに輪郭を失い、もとの静寂に戻る。


宮永さんは首を傾げながらこちらを見ていた。


「立野さーん?」

「んぇっ」


よくわからない声が出てしまった。


すぐに心臓がバクバクと動き始める。

クーラーをつけているのに、どうしても身体が熱い。


「えーっと、それって宮永さんと同じベッドでってことであってる?」

「うん」


まあそうだよね。

もちろんわかってたけど。


「宮永さんは大丈夫なの?」

「全然大丈夫だよー」


宮永さんはそう言って身体をゆらゆらと揺らす。

よく手入れされているミディアムボブがさらさらと流れた。


「私も、大丈夫だけど……」

「じゃあ部屋行こー?」


宮永さんの言葉を合図にリビングから出て、電源を消してから階段を上る。

さっき上ったときは気にしなかった小さな軋みが、やけにうるさく感じられた。


別に宮永さんと同じベッドで寝ることは大したことじゃない。


心臓がどきどきしているのは、ただ緊張しているだけ。

そう思い込むことで、何とか心を落ち着けた。


宮永さんの部屋に入る。


寝支度を済ませている間に、リュックの荷物を出し入れして時間を潰す。


大丈夫、何も問題はない。

いつも通り寝るだけだ。


「ごめん、ちょっとお手洗いに行っていいー?」

「う、うん」


準備を終わらせた宮永さんはこちらに視線を向けて尋ねてきた。

私が頷くと、パタパタと足音を立てて部屋から出て行った。


「大丈夫かなぁ……」


ため息をついてからぽつりと呟く。


心配しているのは、宮永さんが本当に大丈夫なのかということ。

その場のテンションで私と一緒に寝ても問題はないのかということだ。


「帰ってきてからもう1回確認しておこうかな」


私の呟きは部屋の片隅に吸い込まれていった。



*



「やばいやばい……」


深呼吸をして落ち着こうとするけど、全然上手くいかない。

心臓が暴れすぎて、胸から飛び出しそう。


「ちゃんと大丈夫だよね……?」


鏡の前で何度も前髪を整える。

別に寝るだけだし、心配する必要ないんだけど。


洗面台の前で、私はあたふたしていた。


別々の部屋で寝ることだってできた。

ていうか、最初はそうしようと思っていた。


でも魔が差したっていうのかな。

一緒に寝ようよって言ったら、立野さんは受け入れてくれた。


これから私は、立野さんと同じベッドで一夜を過ごすことになる。

『一夜を過ごす』って言ったらちょっとアレだけど、間違ってない。


立野さんだから大丈夫とかそういう問題ではない。

変な気を起こすとしたらおそらく私だから問題なのだ。


「……よっし」


一度大きく深呼吸をしてから、私は自分の部屋に向かった。



*



「ごめん、ちょっと遅れちゃったー」


音を立てず、宮永さんは部屋に戻ってきた。

心なしか、いつもより頬が赤く見える。


パタン、と扉が音を立てて締まり、宮永さんはベッドに向かう。


「あの、ほんとに大丈夫?」

「私は大丈夫だよ」

「後悔しない?」

「立野さんは私に後悔するようなことするのー?」


そう言って宮永さんは私の顔を覗き込んできた。


それに少しだけ心臓が跳ねる。

いきなり宮永さんの顔が近くに来たから。


「……そんなことしないよ?」

「ちょっと間がなかったー?」


まさか。


宮永さんに変なことをしたら、嫌われることは目に見えている。

それだけは絶対に避けなければいけない。


太ももを何度か擦ってから、私は宮永さんに近づいた。


「じゃあ、寝よっか」

「……うん」


聞こえるかどうかくらいの声で、宮永さんはこくりと頷いた。


「手前と壁側どっちが良いとかある?」

「立野さんが好きなほうでいいよ」

「うーん、じゃあ壁側で」


ここで譲り合っても意味がないと思い、私は壁側で寝ることに決めた。


「じゃあ電気消すからベッド入ってー」

「オッケー」


言われた通りベッドに入って横になった。

家のヤツよりもふかふかしていて、沈み込む感覚がやけに気になる。


「電気消すよー」

「うん」


パチッと音がしてから部屋が暗転した。


ベッドが深く沈み込み、コイルが軋む。

まだ目が慣れていないけど、宮永さんの存在がうっすら感じられた。


「なんか緊張するねー」

「ほんとだね」


なるべく平静を装って宮永さんに答えた。


「肌寒いとかあったら教えて」

「オッケー」


そう答えてから、何となく身体をよじった。


薄いブランケット1枚を共有しているけれど、半身しか入っていない。

クーラーがうっすら効いている感じだから大丈夫だけど、何となく肌寒さは残る。


でも肌寒いと言い出せるわけがない。

それ以外のことで頭がいっぱいだから。


「宮永さんってさ、寝つき良いほう?」

「私はそんなにかな」


こちらに顔を向けて、宮永さんは応えた。


今の私は仰向けになっているので、間接視野に彼女の顔が入ってきた。

表情まではよくわからないけど、いつも通りだと思う。


少しだけ声が上ずっているような気もするけど。


「立野さんはどう?」

「私もそんなにかな」


何か聞きながらじゃないと寝れないし、と付け加える。


「いつもは何聞きながら寝てるの?」

「音楽を聴きながら寝落ちする感じかな」


受験勉強が本格化してからはしなくなったけど。


しばらくは無言のまま過ごした。


音を立てないように身体を固定させる。

呼吸音もなるべく出さないように、薄く息を吐いた。


「……まだ起きてる?」

「起きてるよ」


数分くらいが経過してから、宮永さんは小さな声で呟いた。


「全然眠れないからさ、眠くなるまで何か話とかしない?」

「いいね」


正直、そっちの方がありがたい。

少し安心して、宮永さんのいる方に身体を向ける。


「……めっちゃ近いね」

「うん」


宮永さんの顔がはっきり見えたので一瞬、視線を逸らした。


今の私たちの距離感は20センチくらい。

お互いの顔がぼんやりと見える程度だ。


「……立野さんは、いつから歌うようになったの?」


なにを話そうか考えていたら、宮永さんから聞いてくれた。

身体をもぞもぞさせながら考える。


「本格的に歌うようになったのは、小3のときだったかな」


歌うようになったきっかけは比較的はっきりしている。

とりあえずそれから話してみることにした。


「音楽の時間に先生が褒めてくれたから、それが嬉しくって歌うようになったね」

「やっぱり誰かに褒めてもらえるのって嬉しいよねー」

「そうだね」


だから宮永さんには感謝していたりもする。

カラオケで歌ったあとに必ず褒めてくれるから。


「宮永さんは?」

「私は物心つくときから歌うのが好きだったかな」


幼稚園生のころから、お遊戯会とかで歌を歌っていたらしい。


「赤ちゃんだったころの宮永さんの写真とか見てみたいかも」

「えーマジ?」


めっちゃはずいんだけど、と言って宮永さんは足をパタパタさせる。


ブランケットが少しだけ揺れた。

中に入るために身体を少しだけ寄せる。


宮永さんとの距離がさらに近くなった。


「宮永さんにはその、歌手になるみたいな夢とかなかったの?」


会話の延長線上にある、子どもの頃の夢を聞いてみた。

頭にある中で、最もまともなトピックだと思う。


「……まあ、あったね」


少し間を開けて宮永さんは呟いた。

彼女の声は、ほんの少しだけトーンが落ちたような気がする。


踏み込んでいいものか悩んでいると、宮永さんが話始めてくれた。


「そのー……歌手になりたいなとはずっと思ってたんだけどさ、」

「うん」

「仕事としてやっていくためにはずっと人気じゃないといけないでしょ?」

「まあそうだろうね」


歌手って人気商売みたいなところもあるし。


「途中で歌うことが嫌いになりそうだなって思って諦めたって感じかな」

「いつ頃?」

「中1の8月だったね」


さらりと宮永さんは口にした。


「その、きっかけとかって……」


聞いて良いことなのかわからなかったけど、好奇心が勝った。


「きっかけって言っていいかわからないんだけどさ、」

「うん」

「まあ、おじいちゃんの最後の本が売れなかった影響かな」


ここで宮永さんのおじいちゃんの話が出てくるとは思わなかった。


「おじいちゃんの本のなかで、最後の作品が一番好きだったんだよね」


「そうなんだ」と話を遮らない程度に合の手を入れる。


「でも売れた作品と雰囲気が全然違くって、読者の人からは不評だったみたい」


自分の中で一番好きな作品だから、一番売れて欲しかった。

売れなかったのは読者のレベルが低いから。

そんな読者に評価されるべきじゃない。


「それがあって、歌手になっても縛られそうで嫌だなーって」


だから宮永さんは歌手になることを諦めたらしい。


「そうなんだー……」


話が終わって、どうリアクションするか考える。


そんなことないよって励ますべき?

今からでもがんばればって背中を押すべき?

それとも、正しい選択したねって褒めるべき?


色んな考えが頭を過ったけど、どれも正解じゃなさそうだった。


「……私は、宮永さんの歌がめっちゃ好きだから」


そう言って、宮永さんに身体を寄せる。

ぶつかるかどうかくらいの距離感まで来てしまった。


もうちょっと慎重に近づけばよかったかな。


宮永さんの歌が好きな私がいるから大丈夫、なんて傲慢なことを言うのは憚られる。


それでも私は、宮永さんの歌声が本当に好き。

初めて一緒にカラオケに行ったときから変わらない。


「私も立野さんの歌、めっちゃ好きだよ」

「ありがとね」


いつも通り受け流す。


「……お世辞とかじゃなくって、ほんとに好きだから」


宮永さんの声は、いつもより硬かった。

湿り気の帯びた吐息が私の首筋を撫でる。


暗闇の中、うっすら見える宮永さんの表情を確認しようと思った。

でも私より少し下の場所で俯いている彼女の顔はこちらからは見えなかった。


——触れようと思えば触れられる距離にいる。


そのことが、私の感覚を鈍らせたのだと思う。

いつもなら絶対にしないことでも、今ならできそうだなって。


「私もお世辞じゃないよ」


ほんとに宮永さんの歌好きだから、と言って私は宮永さんを抱きしめた。

一瞬ビクッと身体が反応したけど、宮永さんも私を抱きしめてくれた。


宮永さんの少し高めの体温が、私の中に浸透していく。


しばらくの間はなんとなく抱き合っていた。

宮永さんに拒絶されなかったから、というのが大きい。


「……立野さんって、普段からこういうことするタイプじゃないよね?」


私の胸から顔をのぞかせて、宮永さんは尋ねてきた。

今の私たち完全に距離感バグってるな、と思いながら口を開く。


「全然しないね」

「じゃあ、なんで……?」

「なんとなくかな」


なんとなくしていいことなのかわからないけど。


「それなら、けっこう嬉しいかも……」


ぽつりと宮永さんは呟いた。


なにそれ、めっちゃ可愛いんだけど。


一気に心臓がバクバク動き始める。

どうしよう、心臓が動きすぎて痛い。


「宮永さんの親って何時に帰ってくるんだっけ?」

「正午過ぎって言ってた」

「じゃあ11時くらいに帰ろうかな」


だから早く寝ないとだよね、というニュアンスを滲ませる。


これ以上は宮永さんを傷つけてしまうって思った。

取返しの付かないことになる前に、なんとかしないとって。


そして私は、宮永さんから身体を離した。

「あっ……」という宮永さんの声が耳に入る。


胸が少し痛んだけど、聞かなかったフリをした。


「明日は何時に起きようか」

「今は2時くらいだと思うから、8時とかかな」

「オッケー」


じゃあおやすみーと言って、私は宮永さんに背を向けた。


「……おやすみ」


私の背中に手を添えながら小さく呟いて、すぐに手を離して距離を取る。



その部分の熱が消えるまで、かなり長い時間がかかった。

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