第10話 せっかくならさ、私と一緒に寝ない?
「宮永さん、夏休み中もちゃんと勉強してるよね?」
「もちろん」
頭が痛くなるくらい勉強してるよ、と愚痴っぽく宮永さんは呟いた。
「でも、なんでそんなこと聞いてきたの?」
「久しぶりに歌ったにしては上手すぎたからさ」
毎日練習してないとあんな上手いビブラート出せないでしょ。
カラオケボックスから出て、のんびり駅に向かう。
今日は8月18日、宮永さんとカラオケに行った後に勉強会をすると約束した日だ。
そして勉強会をするために、宮永さんの家に泊まることになっている。
「夜ごはんとかどうする?」
「コンビニで夜ごはんを買ってから帰ろうかな」
「オッケー」
思ったより普通で胸をなでおろす。
これで宮永さんがご飯を作るとか言い出したら困っていただろう。
私たちは受験生だから、そういうところに時間を割くべきじゃない。
*
「お邪魔しまーす……」
「どうぞー」
恐る恐る宮永さんの家に入る。
宮永さんの家は、とても落ち着く匂いが漂っていた。
すぐに靴を脱いでリビングに入る。
「これからどうしよっか」
コンビニで買った食品を冷蔵庫に入れながら、宮永さんは尋ねてきた。
「できればお風呂から入りたいかな」
「それなら立野さん入ってきていいよ」
「いやーそれはちょっと気が引けるって言うか……」
荷物とか整理したいから宮永さんから入っていいよ、と口にする。
「立野さんの荷物、私の部屋に置く?」
「いいの?」
「もちろん」
宮永さんはリビングから出て行ったので、リュックを背負って後ろをついていく。
階段を上がって左側に宮永さんの部屋があった。
右側の部屋はおそらく両親の部屋なんだろう。
なんとなくノックしてから中に入る。
「へーこんな感じかぁ」
部屋をぐるっと見回してから感想を呟いた。
「変じゃない?」
「そんなことないよ」
なんなら私の部屋よりも綺麗かも。
宮永さんの部屋は全体的に落ち着いた印象だった。
少し大きめの本棚があり、カーペットが敷かれている。
学習机はかなり使い込まれている感じで、教科書類は綺麗に整理されていた。
「じゃあ私、お風呂入るねー」
「うん」
荷物を置いたらリビングで待つように言って、宮永さんは部屋から出て行った。
「とりあえずこれでいいかな……」
荷物を簡単に整理してから、勉強道具だけを丸テーブルの上に載せる。
今一度部屋を見回してみるとある本が目に留まった。
「あの本……」
気になったので本棚に近づいてみる。
その本は最近読んだ、宮永さんの祖父の作品だ。
中段の一列は、すべてその作者の本で埋まっている。
「ここにある本、全部読んだことあるのかなー」
そんなことをぼんやり考えながら、宮永さんの部屋を出た。
「ごめん、待った?」
リビングで待っていると、声が聞こえたので顔を上げる。
宮永さんはシャツとショートパンツというラフな格好だった。
「全然待ってないよ」
メイクしなくても可愛いってズルい、という言葉を飲み込んで返事をした。
「じゃあ入っていいよー」
すぐにリビングを出て脱衣所に入る。
「ごめん、バスタオルってどこある?」
「上から2番目の引き出しにあるよー」
少し離れたところから、宮永さんの声が聞こえてきた。
ちゃんとバスタオルのある場所を確認してから、浴室に入った。
他の人の家でシャワー浴びるのって変な感じだなって思いながら髪を洗う。
待たせるわけにはいかないので、手早く顔と身体を洗って浴室から出た。
「ごめん、急がせちゃった?」
「そんなことないよ」
ほんとは急いだけど、という言葉は飲み込んで応える。
リビングに戻ると、宮永さんは英単語集をぱらぱらめくっていた。
こんな隙間時間でも勉強するなんて偉い。
私なんて宮永さんを待ってるときスマホ見てたし。
「じゃあごはん食べる?」
「そうしよっか」
ぱぱっと準備を済ませて椅子に腰を下ろす。
なんとなく手を合わせてから食事を始めた。
「立野さんってさ、他の人の家に泊まったことある?」
「ないねー」
「西川さんともないの?」
「ないかな」
「修学旅行で同じ部屋になったことはある」と言うと、宮永さんの箸が止まった。
「でも、こういうのは初めてなんだよね?」
「うん」
「それならまあ……」と呟いて、宮永さんは飲み物を口にする。
「宮永さんはあるの?」
「ゼロではないけど……」
「へー」
自分でもわかるくらい、低いトーンになってしまった。
私のリアクションを受けて、宮永さんは慌てはじめる。
「いやっほんとに1回くらいしかないし、中学生のときとかだから全然……」
「大丈夫だよ」
笑顔を見せてから飲み物を口にする。
身体の中に液体が流れ込む感覚をはっきり感じた。
「……そういえば宮永さんってさ、上の本棚にあるのって全部読んだの?」
話題を変えると、ほっとした様子で宮永さんは飲み物を口にする。
「ちゃんとは覚えてないけど、大体の作品は読んだかな」
「宮永さんのおじいちゃんの作品もめっちゃあるよね?」
「あるねー」
「ちゃんと自分で買ったからね?」と宮永さんは冗談っぽく呟いた。
その言葉で空気が一気に軽くなる。
それに安心してから、足を組み替えた。
「なんでそんなに好きなの?」
「難しいこと聞くねー」
興味本位で聞いた感じだったんだけど、宮永さんは真剣そうに腕を組む。
「おじいちゃんの作品ってとにかく比喩が上手いんだよね」
「あーそれはちょっとわかるかも」
私が読んだ1作品だけでも、それは垣間見えた。
「あと世界観みたいなのがほんとにすごくって……」
その後しばらくは熱弁をふるった。
本当に祖父の作品が好きだったらしい。
夜ごはんを食べ終わって、後片付けを始める。
「勉強はどこでする?」
「リビングの方が広いからここでしようかな」
コップを洗いながら宮永さんは応えた。
「どのくらい勉強する?」
「短いほうが良いかな」
「それじゃ家に来た意味ないじゃん」
「とりあえず3時間はしないと」と言うと、宮永さんは苦笑いを浮かべる。
勉強時間に関してはひと悶着あったけれど、私たちは真剣に勉強を始めた。
*
「立野さんってさ、いつも何時に寝るの?」
勉強会が一区切りしてから、宮永さんは尋ねてきた。
すでに眠そうな声で、語尾が少し間延びしている。
「だいたい今くらいの時間だね」
時刻は午前1時、そろそろ寝ないとって焦る時間帯だ。
「もう勉強会終わる?」
「そうしよっか」
「おつかれー」と言って、宮永さんは私にもたれかかってきた。
「……寝るのはどうする?」
宮永さんの行動にビックリしたが、気にしていないフリをしながら尋ねる。
えーっと、と言って宮永さんはしばらく黙った。
考えている間、宮永さんはずっと私に体重を預けてきた。
その部分が熱を持ち始め、ちょっとした動きに敏感になってしまう。
「あっそうだ」
いつもより舌っ足らずな声で、宮永さんはさらりと口にした。
「せっかくならさ、私と一緒に寝ない?」




