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俺の脳内、変なスキルに間借りされてます  作者: 内村一樹
第7章 その力の、正体

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第55話 シンビオン

 篠崎さんが黙っている。


「………」


 正確には、固まっていた。


 研究棟の一室。


 以前、俺がアナたちについて調べてもらった部屋と同じ場所で、篠崎さんは椅子に座ったまま、俺の肩のあたりを見つめている。


 その視線の先にいるのは、俺ではない。

 俺の肩に乗っている、小さな動物だ。


「この子が?」

「はい」

「昨日の電話で言ってた………」

「会わせたい動物です」

「………」


 また黙った。

 まぁ、無理もないと思う。


 昨日の夜。

 俺が突然電話をかけて、

『会わせたい人………動物がいるんですが』

 なんて言ったのだから。


 電話の向こうでしばらく沈黙したあと、篠崎さんは、

『………明日、来られる?』

 とだけ答えた。


 そして今に至る。


 俺の肩の上で、ネムが鼻を動かした。

 小さな耳も、ぴくぴく動いている。


『この人間か?』

「ああ」

「今、何か言った?」


 篠崎さんがすぐに反応した。


「俺にだけです」

「………そう」


 篠崎さんがネムを見る。

 ネムも篠崎さんを見る。


「………」

『………』


 互いに無言。


 いや。

 ネムの場合は、俺に伝えていないだけかもしれない。


「ネム」

『なんだ』

「昨日話しただろ。この人が篠崎さん」

『分かってる』

「話してみるか?」


 ネムはすぐには答えなかった。

 小さな黒い目で篠崎さんを見ている。


 昨日の夜から、何度も言った。

 無理に何かをされることはない。

 触られたくなければ、触らせなくていい。

 帰りたければ、途中で帰っていい。


 それでもネムは最後まで、

『人間のところに行くのか』

 と警戒していた。


 当然だ。


 ネムは昨日まで、人間から仲間を守ろうとしていた。

 その相手の施設へ、自分から入ってきたのだ。


「嫌なら、やめてもいいぞ」


 俺が言うと、ネムは少しだけ考えた。

 それから。


『話す』


 小さな前脚を、俺の肩から浮かせる。


『この人間を、灰谷は信じてる』

「まあ………そうだな」

「何?」

「今から話すそうです」

「………分かりました」


 篠崎さんが姿勢を正した。

 そして。


『オラはネムだ』

「………!」


 篠崎さんの目が見開かれる。


 俺にも聞こえた。

 頭の中に直接響く、ネムの声。


 だが今の反応を見る限り。


「聞こえました?」

「………聞こえた」


 篠崎さんがゆっくり頷く。


「もしかして、頭に直接語り掛けてくるんですか?」

「はい」

『これでいいのか?』

「………また聞こえた」


 篠崎さんが息を吐いた。

 その目は明らかに興奮している。


 けれど、手は伸ばさない。

 ネムに近づこうともしなかった。


「ネム………でいいんだよね?」

『そうだ』

「私は篠崎理央。灰谷くんから聞いてるかもしれないけど、スキルについて調べてる人間です」

『聞いた』

「少し、質問してもいい?」

『嫌なのは答えない』

「もちろん。それでいいよ」


 篠崎さんは即答した。

 その返事に、ネムの耳が少しだけ動く。


 昨日よりは、警戒が薄い気がする。


「まず、この会話はあなたのスキル?」

『たぶん』

「たぶん?」

『灰谷がそう言ってた』

「ああ」


 俺は説明する。


「昨日、鑑定しました。精神・感情系のテレパシーです」

「人間相手にも?」

「使えるみたいです」

『動物にも使える』

「………それで、あの動物たちが」


 篠崎さんの表情が変わる。


 最近続いていたスキル動物の連携。


 罠の回避や俺たちへの対策。

 その中心にネムがいたことは、来る前に簡単に伝えてある。


「命令してたわけじゃないんだよね?」

『命令してない』


 ネムが少し強く返す。


『危ないところを教えた。人間が来たら教えた。捕まった仲間がいたら助ける方法を考えた。それだけだ』

「うん」


 篠崎さんは否定しなかった。


「そこは分けて考えよう」

『………』

「それから、灰谷くんの話だと、能力がもう成長してる?」

「はい」


 俺は頷いた。


「ネム自身を中継して、複数の相手を繋げられるみたいです」

「中継………」

「例えば俺と篠崎さんとネムの三人で、同時に話すとか」

「それだけ?」


 篠崎さんの問いに、俺は少しだけ間を置いた。


「………それを確かめたくて、今日来ました」

「何を?」


 俺は頭の中へ意識を向ける。


『アナ』

『はい』

『ヒーラ』

『はぁい』

『チャーマ』

『聞いてるわよぉ』


 三人ともいる。


 いつも通り。

 俺にしか聞こえない声。


 昨日までは。


「ネム」

『なんだ』

「頼めるか?」

『昨日言ってたやつか』

「ああ」


 ネムが俺の肩の上で座り直した。

 そして、篠崎さんを見る。


『どうすればいい?』

「俺の中にいる三人の声を、篠崎さんに繋げられるか試してくれ」

「………え?」


 篠崎さんが俺を見る。


「三人って」

「アナたちです」

「ちょっと待って」


 篠崎さんの声が低くなった。

 さっきまでの興奮とは違う。


「それができるの?」

「分かりません」

『やってみる』


 ネムが言った。

 次の瞬間。


 妙な感覚がした。


 頭の中で、何かが広がっていく。

 耳ではない。

 脳でもない。


 もっと曖昧なところに、一本の細い道ができたような。


『………繋がった』


 ネムの声。


「篠崎さん?」

「聞こえてる」


 篠崎さんが小さく答える。


「ネムの声は」

「じゃあ………」


 俺は頭の中で呼びかけた。


「アナ」

『はい』


 その瞬間。


 篠崎さんの肩が跳ねた。


「………」


 目を見開いたまま、動かない。


『初めまして』


 アナの声。


『私は、鑑定スキルを担当しているアナです』

「………」

「篠崎さん?」

「待って」


 片手を上げられた。


「今………」


 篠崎さんが俺を見る。


「知らない声がした」

「アナです」

『はい』

「………!」


 また篠崎さんの目が大きくなる。


『初めましてぇ』


 今度はヒーラ。


『ヒーラですぅ。眠太くんの治癒スキルを担当してます』

「二人目………」

『あらぁ。二人目だけじゃないわよぉ』


 チャーマ。


『初めまして。チャーマよ。やっと外の人とお話できたわねぇ』

「………」


 篠崎さんが口元を押さえた。


 数秒。

 誰も話さない。


 いや。

 ネムだけが小さく首を傾げている。


『なんで黙ってるんだ?』

「驚いてるんだよ」

『なんで?』

「そりゃ驚くだろ」


 今まで俺にしか聞こえなかった三人の声が。


 今。

 初めて。

 俺以外の人間に届いた。


「………本当にいた」


 篠崎さんが呟く。


「いや、灰谷くんを疑ってたわけじゃないんだけど」

「ちょっと疑ってましたよね」

「研究者だから可能性を切れなかっただけ」

『眠太くんの妄想説ねぇ』

「そこまで言ってないよ」

『幻聴説でしょうか』

「それも完全には否定できなかったけど………」

『失礼しちゃうわねぇ』

「ごめん」


 篠崎さんが本気で謝った。


 誰に向かって頭を下げればいいのか分からないのか、最終的に俺へ向けて頭を下げる。


「俺に謝られても」

「そうなんだけど」


 篠崎さんは顔を上げる。


 そして今度は、真剣な表情になった。


「………質問してもいい?」

『どうぞ』


 答えたのはアナだった。


「あなたは、灰谷くんとは別の意思を持ってる?」

『はい』

「灰谷くんが考えていることを、そのまま話してるだけじゃない?」

『違います』

「例えば今、灰谷くんが答えてほしくないと思っても?」

『質問内容によります』

「俺の意思を尊重してくれよ」

『善処します』

「善処なんだ」


 篠崎さんの口元が少し緩む。

 だが質問は続いた。


「灰谷くんの記憶は見える?」

『参照可能です』

「全部?」

『一定の範囲では』

「灰谷くんの意思に反して、能力を使うことは?」

『可能です』


 篠崎さんの表情が止まる。


「………可能なんだ」

『ただし、基本的には意思を尊重するつもりです』

『あたしたち、そんな勝手じゃないわよぉ』

『眠太くんが危ないときは別ですけどねぇ』

「例えば?」

『治療が必要なのに眠太くんが意識を失っている場合などです』

「なるほど………」


 篠崎さんが机の上のタブレットへ視線を落とす。


 指が動く。

 ものすごい速度で何かを書いている。


「チャーマさん」

『さん付けじゃなくていいわよぉ』

「じゃあ、チャーマ。あなたも灰谷くんとは別の意思がある?」

『もちろんよ』

「ヒーラも?」

『ありますよぉ』

「三人の間でも意見が違うことはある?」

『あります』

『あるわねぇ』

『ありますねぇ』


 三人同時。

 篠崎さんの手が止まった。


「………そこまで独立してるんだ」

「俺の頭の中、結構うるさいですよね」

『何よぉ』

『心外です』

『楽しいじゃないですかぁ』

「ほら」


 初めて。

 篠崎さんが笑った。


 けれど、その笑顔はすぐに消える。


 視線が俺から、肩のネムへ。

 そしてまた、タブレットへ落ちた。


「………」

「篠崎さん?」

「少し待って」


 指で画面を操作する。


「今、整理してるから、少し時間をください」


 しばらくして。

 篠崎さんが立ち上がった。


 部屋の端にあるホワイトボードへ向かう。


 ペンを取り、最初に書いたのは、


 ――灰谷眠太。


 その下に。


 アナ。

 ヒーラ。

 チャーマ。


 三つの名前。


「灰谷くんの中には、三つの意思がある」

「はい」

「それぞれ別の能力を持ってる」

「そうですね」

「灰谷くんの記憶を参照できる」

「はい」

「状況によっては、灰谷くん自身が指示しなくても能力を使える」

『可能です』


 アナが答える。


 篠崎さんが頷く。

 次に。


 ――相沢真帆。


 その下に、

 まめ助。

 と書いた。


「相沢さんのスキルは、物理的な存在として外に出た」

「はい」

「まめ助には意思がある」

「あります」

「相沢さんの命令通りに動くだけじゃない。自分で考えて、自分で動く」


 俺は頷く。


 まめ助が相沢先輩を心配したこと。

 鬼頭課長に抱きついたこと。

 登山へ行ったこと。


 どう考えても、ただの道具ではない。


「しかも、一度………」


 篠崎さんのペンが止まる。


「相沢さんとまめ助の意識が、入れ替わった」

「………はい」


 あの事件。


 相沢先輩の体にまめ助。

 まめ助の体に相沢先輩。


 あれも。

 未だに完全には説明できていない。


「そしてネム」


 ホワイトボードに書かれる。


 ――ネム。


「あなたの中にも何かいるんだよね?」

『いる』

「見える?」

『見えない』

「声は?」

『聞こえない』

「でも分かる?」

『分かる』

「他の動物にも?」

『いる』

「人間にも?」

『いる』


 篠崎さんが振り返る。


「基本、一つ?」

『一つだ』

「灰谷くんは?」

『三つ』


 迷いのない答え。

 篠崎さんはホワイトボードに並ぶ名前を見ながら、しばらくの間黙ってしまった。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「灰谷くん」

「はい」

「たぶん」


 一度、言葉を切る。


「私たちは最初から、一つ勘違いしてた」

「勘違い?」

「うん」


 篠崎さんがペンを置いた。


「スキルは、能力そのものじゃない」

「………」


 意味が分からなかった。


「どういうことですか?」

「私たちは今まで、身体能力が上がることをスキルだと思ってた。火を出すことをスキル。傷を治すことをスキル。鑑定することをスキル」

「はい」

「でも、どうやら違うようですね」


 篠崎さんの視線が俺を見る。


「能力を使ってる存在が、別にいる」

「………」


 俺は何も言えなかった。


「人間や動物の中に、宿主とは別の何かが存在してる。その何かが、宿主に能力を与えている」

「別の………何か」

「生命体、かもしれません」


 短い言葉だった。

 なのに。

 妙に重かった。


「生命体………」


 自分で繰り返す。


『生命体』


 アナの声。

 いつもより少しだけ、静かだった。


「研究チームでは、前から一部で仮説として出てました」

「前から?」

「相沢さんとまめ助の件があって、可能性が高まっていたんです」


 篠崎さんがホワイトボードを見る。


「ただ、証拠が足りなかった。まめ助が特殊なスキルだっただけかもしれない。灰谷くんの三人も、人格を模倣している能力かもしれない」

「………でも」

「今日、それだけじゃ説明できなくなった」


 ネム。

 動物にも。

 人間にも。


 一つずつ存在する何かを感じ取れる。


 そして。

 そのネムを介して。

 俺以外の人間が、アナたちの声を聞いた。


「少なくとも」


 篠崎さんが言う。


「宿主の能力とは別に、独立した情報処理をしている存在がいる。その可能性は、かなり高い」

「………それが」

「私たちが今までスキルって呼んでたものを生み出してる、本体」

「………」


 俺は頭の中へ意識を向ける。


 アナ。

 ヒーラ。

 チャーマ。


 いつもいる。

 当たり前みたいにいる。


「名前は………あるんですか?」

「正式名称じゃないけどね」


 篠崎さんがタブレットを操作し、画面をこちらへ向けた。

 そこには、一つの単語が表示されていた。


 ――Symbion。


「シンビオン?」

「仮称」

「どういう意味です?」

「共生者。共に生きるもの、みたいな意味で付けられてる」


 共に生きる。

 その言葉を聞いて。

 なぜか妙にしっくりきた。


「ただし」


 篠崎さんが続ける。


「本当に共生なのかは、まだ分からない」

「………というと?」

「寄生かもしれない」

「………」


 俺は黙った。


「じゃあ俺」


 自分の腹………ではなく。

 頭を触る。


「寄生されてるんですか?」

『異議があります』


 即答だった。


「アナ?」

『寄生という表現には異議があります』

『失礼しちゃうわねぇ』


 チャーマも続く。


『わたしたち、そんなに悪いことしてませんよぉ?』

「いや、別にお前らを悪く言ったわけじゃ」

『寄生虫みたいに言ったじゃない』

「可能性の話だろ」

「本当に会話してる………」


 篠崎さんが呟いた。


「さっきからしてるじゃないですか」

「いや、分かってるんだけど」


 篠崎さんが額を押さえる。


「研究対象がその場で研究用語に文句言ってくる経験、初めてだから」

『研究対象って言い方もどうなのぉ?』

「ごめんなさい」

「律儀に謝るんですね」

「聞こえる以上、無視できないでしょ」


 確かに。


 今までは。

 俺がアナたちの言葉を伝えなければ、誰にも届かなかった。


 でも今は違う。

 篠崎さんにも直接届く。


「寄生か共生かは、本当にまだ分からない」


 篠崎さんが言った。


「宿主に能力を与える。これは明確な利益に見える。でも、自律的に動く例もある」

「まめ助ですね」

「うん。アナたちも」

『眠太の危険を回避するためです』

「それが宿主のためなのか、自分たちのためなのかも、まだ判別できない」

『両方ではないでしょうか』


 アナが答えた。

 篠崎さんの目が少しだけ見開く。


「………どういう意味?」

『私は眠太が死亡した場合、自分がどうなるか知りません』

「なるほど」


『ですが、それとは別に』


 少し間がある。


『眠太には死んでほしくないと考えています』

「………」


 今度は。

 俺が黙る番だった。


『あたしもよぉ』

『もちろんですぅ』

「………そうか」


 何を照れてるんだ俺。


 今さらだ。

 三人が俺を助けてくれたことなんて、何度もあった。


 心配もされた。

 からかわれもした。

 うるさいと思ったこともある。


 でも。

 突然。

 別の生命体だと言われても。


「………」


 俺の中では、何も変わらない気がした。


 アナはアナだ。

 ヒーラはヒーラ。

 チャーマはチャーマ。


 名前が、スキルからシンビオンに変わったところで。

 それだけだった。


「灰谷くん」

「はい?」

「大丈夫?」

「何がです?」

「いや………結構、大きい話だから」

「まあ」


 俺は少し考える。


「驚いてはいますけど」


 頭の中へ意識を向ける。


「今さらですよね」

『何がですか?』

「別の生き物だって言われても」

『そうねぇ』

「ずっと別人格だったし」

『人格ではなく生命体の可能性が高まりました』

「細かいな」

『重要です』

「ほら、こういうところも変わらないし」


 篠崎さんが少し笑った。


「………そっか」


 それから。

 俺はふと気づいた。


「でも」

「うん?」

「だったら、一つおかしくないですか?」

「灰谷くんの三つ?」

「はい」


 篠崎さんの笑顔が消える。

 俺は自分を指さす。


「なんで俺だけ三つなんです?」

「分からない」


 即答だった。


「そこは本当に分からない」

「何か仮説は?」

「いくつか考えられるけど、現時点では全部推測」

「じゃあ」

「断定はしない」


 篠崎さんらしい。

 分からないことを分かったふりはしない。


「少なくとも、今確認できている限りでは、一人に一体が基本」

「俺だけ三体」

「そう」

「………嫌な特別扱いだな」

『光栄に思ってください』

「なんでだよ」

『お得じゃない』


 チャーマが言う。


「福袋じゃないんだぞ」

『失礼ねぇ』

『眠太くん、わたしたち三人で嫌ですかぁ?』

「そういう聞き方はずるいだろ」

『では回答を』

「嫌じゃないよ」

『ふふぅ』

「なんで嬉しそうなんだ」

『別にぃ』

「絶対嬉しいだろ」

「………灰谷くん」


 篠崎さんが口を挟む。


「何です?」

「私にも全部聞こえてるからね」

「………」


 忘れていた。


『よかったわねぇ、眠太くん』

「うるさい」


 篠崎さんが笑っている。


 ネムは。

 よく分からないという顔で俺たちを見ていた。


『三ついると、楽しそうだな』

「お前まで言うな」


 少しだけ部屋の空気が軽くなる。


「じゃあ」


 俺は机の上のタブレットを見る。

 画面には、シンビオンという文字。


「これで、スキルの正体が分かったってことですか?」


 篠崎さんは答えなかった。


「篠崎さん?」

「………まだ半分」

「半分?」

「むしろ」


 篠崎さんが椅子へ座り直す。


「ここからのほうが問題」

「何がです?」

「考えてみてください」


 画面を指す。


「シンビオンが生き物なら」

「はい」

「どこから来たの?」

「………」


 答えられなかった。


「去年までは、こんなものは確認されてない」

「………そうですね」

「十二月三十一日」


 篠崎さんが言う。


「世界中で、ほぼ同時にスキルが発現した」


 あの日。

 俺は会社にいた。

 年末だというのに仕事をしていた。


 そのあと。

 世界が変わった。


「人間だけじゃない」


 篠崎さんはネムを見る。


「動物にまで………」

「………」

「そんな生命体が突然、現れた」


 篠崎さんがタブレットを操作する。

 別の資料が表示された。


「実はね」

「はい」

「スキル発現とほぼ同じ時刻に、世界中の観測機器で異常が記録されていたんです」

「異常?」

「通信障害。電波の乱れ。観測ノイズ。機器ごとに出方は違う。でも、発生時刻が妙に一致してる」

「それって」

「原因は不明」


 篠崎さんが画面をスクロールする。


「研究者の一部が、まとめて仮称を付けてる」


 そこに表示された文字。

 俺は読み上げる。


「………ノイズ領域」

「うん」

「領域?」

「名前に深い意味はないよ。正体不明のノイズが、地球全域で観測されたから」

「それがシンビオンと関係してる?」

「分からない」


 また。

 同じ答え。


「シンビオンは、そのとき地球に来たのか」


 篠崎さんが一本、指を立てる。


「それ以前から存在していて、あの日に活動を始めただけなのか」


 二本目。


「地球由来なのか」


 三本目。


「地球外から来たのか」


 四本目。


「どうして人間や動物に入ったのか」


 五本目。


「そもそも、意思や目的があるのか」

「………」

「何も分かってない」


 篠崎さんが手を下ろす。


「分かったのは、一つだけ」


 篠崎さんが言った。


「私たちがスキルって呼んでたものは――」


 一拍。


「最初から、私たちだけの力じゃなかった」

「………」


 画面に映る文字を見つめながら。

 俺は呟いた。


「………あの日、いったい何が起きたんだ」


 誰も。

 答えなかった。

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