第55話 シンビオン
篠崎さんが黙っている。
「………」
正確には、固まっていた。
研究棟の一室。
以前、俺がアナたちについて調べてもらった部屋と同じ場所で、篠崎さんは椅子に座ったまま、俺の肩のあたりを見つめている。
その視線の先にいるのは、俺ではない。
俺の肩に乗っている、小さな動物だ。
「この子が?」
「はい」
「昨日の電話で言ってた………」
「会わせたい動物です」
「………」
また黙った。
まぁ、無理もないと思う。
昨日の夜。
俺が突然電話をかけて、
『会わせたい人………動物がいるんですが』
なんて言ったのだから。
電話の向こうでしばらく沈黙したあと、篠崎さんは、
『………明日、来られる?』
とだけ答えた。
そして今に至る。
俺の肩の上で、ネムが鼻を動かした。
小さな耳も、ぴくぴく動いている。
『この人間か?』
「ああ」
「今、何か言った?」
篠崎さんがすぐに反応した。
「俺にだけです」
「………そう」
篠崎さんがネムを見る。
ネムも篠崎さんを見る。
「………」
『………』
互いに無言。
いや。
ネムの場合は、俺に伝えていないだけかもしれない。
「ネム」
『なんだ』
「昨日話しただろ。この人が篠崎さん」
『分かってる』
「話してみるか?」
ネムはすぐには答えなかった。
小さな黒い目で篠崎さんを見ている。
昨日の夜から、何度も言った。
無理に何かをされることはない。
触られたくなければ、触らせなくていい。
帰りたければ、途中で帰っていい。
それでもネムは最後まで、
『人間のところに行くのか』
と警戒していた。
当然だ。
ネムは昨日まで、人間から仲間を守ろうとしていた。
その相手の施設へ、自分から入ってきたのだ。
「嫌なら、やめてもいいぞ」
俺が言うと、ネムは少しだけ考えた。
それから。
『話す』
小さな前脚を、俺の肩から浮かせる。
『この人間を、灰谷は信じてる』
「まあ………そうだな」
「何?」
「今から話すそうです」
「………分かりました」
篠崎さんが姿勢を正した。
そして。
『オラはネムだ』
「………!」
篠崎さんの目が見開かれる。
俺にも聞こえた。
頭の中に直接響く、ネムの声。
だが今の反応を見る限り。
「聞こえました?」
「………聞こえた」
篠崎さんがゆっくり頷く。
「もしかして、頭に直接語り掛けてくるんですか?」
「はい」
『これでいいのか?』
「………また聞こえた」
篠崎さんが息を吐いた。
その目は明らかに興奮している。
けれど、手は伸ばさない。
ネムに近づこうともしなかった。
「ネム………でいいんだよね?」
『そうだ』
「私は篠崎理央。灰谷くんから聞いてるかもしれないけど、スキルについて調べてる人間です」
『聞いた』
「少し、質問してもいい?」
『嫌なのは答えない』
「もちろん。それでいいよ」
篠崎さんは即答した。
その返事に、ネムの耳が少しだけ動く。
昨日よりは、警戒が薄い気がする。
「まず、この会話はあなたのスキル?」
『たぶん』
「たぶん?」
『灰谷がそう言ってた』
「ああ」
俺は説明する。
「昨日、鑑定しました。精神・感情系のテレパシーです」
「人間相手にも?」
「使えるみたいです」
『動物にも使える』
「………それで、あの動物たちが」
篠崎さんの表情が変わる。
最近続いていたスキル動物の連携。
罠の回避や俺たちへの対策。
その中心にネムがいたことは、来る前に簡単に伝えてある。
「命令してたわけじゃないんだよね?」
『命令してない』
ネムが少し強く返す。
『危ないところを教えた。人間が来たら教えた。捕まった仲間がいたら助ける方法を考えた。それだけだ』
「うん」
篠崎さんは否定しなかった。
「そこは分けて考えよう」
『………』
「それから、灰谷くんの話だと、能力がもう成長してる?」
「はい」
俺は頷いた。
「ネム自身を中継して、複数の相手を繋げられるみたいです」
「中継………」
「例えば俺と篠崎さんとネムの三人で、同時に話すとか」
「それだけ?」
篠崎さんの問いに、俺は少しだけ間を置いた。
「………それを確かめたくて、今日来ました」
「何を?」
俺は頭の中へ意識を向ける。
『アナ』
『はい』
『ヒーラ』
『はぁい』
『チャーマ』
『聞いてるわよぉ』
三人ともいる。
いつも通り。
俺にしか聞こえない声。
昨日までは。
「ネム」
『なんだ』
「頼めるか?」
『昨日言ってたやつか』
「ああ」
ネムが俺の肩の上で座り直した。
そして、篠崎さんを見る。
『どうすればいい?』
「俺の中にいる三人の声を、篠崎さんに繋げられるか試してくれ」
「………え?」
篠崎さんが俺を見る。
「三人って」
「アナたちです」
「ちょっと待って」
篠崎さんの声が低くなった。
さっきまでの興奮とは違う。
「それができるの?」
「分かりません」
『やってみる』
ネムが言った。
次の瞬間。
妙な感覚がした。
頭の中で、何かが広がっていく。
耳ではない。
脳でもない。
もっと曖昧なところに、一本の細い道ができたような。
『………繋がった』
ネムの声。
「篠崎さん?」
「聞こえてる」
篠崎さんが小さく答える。
「ネムの声は」
「じゃあ………」
俺は頭の中で呼びかけた。
「アナ」
『はい』
その瞬間。
篠崎さんの肩が跳ねた。
「………」
目を見開いたまま、動かない。
『初めまして』
アナの声。
『私は、鑑定スキルを担当しているアナです』
「………」
「篠崎さん?」
「待って」
片手を上げられた。
「今………」
篠崎さんが俺を見る。
「知らない声がした」
「アナです」
『はい』
「………!」
また篠崎さんの目が大きくなる。
『初めましてぇ』
今度はヒーラ。
『ヒーラですぅ。眠太くんの治癒スキルを担当してます』
「二人目………」
『あらぁ。二人目だけじゃないわよぉ』
チャーマ。
『初めまして。チャーマよ。やっと外の人とお話できたわねぇ』
「………」
篠崎さんが口元を押さえた。
数秒。
誰も話さない。
いや。
ネムだけが小さく首を傾げている。
『なんで黙ってるんだ?』
「驚いてるんだよ」
『なんで?』
「そりゃ驚くだろ」
今まで俺にしか聞こえなかった三人の声が。
今。
初めて。
俺以外の人間に届いた。
「………本当にいた」
篠崎さんが呟く。
「いや、灰谷くんを疑ってたわけじゃないんだけど」
「ちょっと疑ってましたよね」
「研究者だから可能性を切れなかっただけ」
『眠太くんの妄想説ねぇ』
「そこまで言ってないよ」
『幻聴説でしょうか』
「それも完全には否定できなかったけど………」
『失礼しちゃうわねぇ』
「ごめん」
篠崎さんが本気で謝った。
誰に向かって頭を下げればいいのか分からないのか、最終的に俺へ向けて頭を下げる。
「俺に謝られても」
「そうなんだけど」
篠崎さんは顔を上げる。
そして今度は、真剣な表情になった。
「………質問してもいい?」
『どうぞ』
答えたのはアナだった。
「あなたは、灰谷くんとは別の意思を持ってる?」
『はい』
「灰谷くんが考えていることを、そのまま話してるだけじゃない?」
『違います』
「例えば今、灰谷くんが答えてほしくないと思っても?」
『質問内容によります』
「俺の意思を尊重してくれよ」
『善処します』
「善処なんだ」
篠崎さんの口元が少し緩む。
だが質問は続いた。
「灰谷くんの記憶は見える?」
『参照可能です』
「全部?」
『一定の範囲では』
「灰谷くんの意思に反して、能力を使うことは?」
『可能です』
篠崎さんの表情が止まる。
「………可能なんだ」
『ただし、基本的には意思を尊重するつもりです』
『あたしたち、そんな勝手じゃないわよぉ』
『眠太くんが危ないときは別ですけどねぇ』
「例えば?」
『治療が必要なのに眠太くんが意識を失っている場合などです』
「なるほど………」
篠崎さんが机の上のタブレットへ視線を落とす。
指が動く。
ものすごい速度で何かを書いている。
「チャーマさん」
『さん付けじゃなくていいわよぉ』
「じゃあ、チャーマ。あなたも灰谷くんとは別の意思がある?」
『もちろんよ』
「ヒーラも?」
『ありますよぉ』
「三人の間でも意見が違うことはある?」
『あります』
『あるわねぇ』
『ありますねぇ』
三人同時。
篠崎さんの手が止まった。
「………そこまで独立してるんだ」
「俺の頭の中、結構うるさいですよね」
『何よぉ』
『心外です』
『楽しいじゃないですかぁ』
「ほら」
初めて。
篠崎さんが笑った。
けれど、その笑顔はすぐに消える。
視線が俺から、肩のネムへ。
そしてまた、タブレットへ落ちた。
「………」
「篠崎さん?」
「少し待って」
指で画面を操作する。
「今、整理してるから、少し時間をください」
しばらくして。
篠崎さんが立ち上がった。
部屋の端にあるホワイトボードへ向かう。
ペンを取り、最初に書いたのは、
――灰谷眠太。
その下に。
アナ。
ヒーラ。
チャーマ。
三つの名前。
「灰谷くんの中には、三つの意思がある」
「はい」
「それぞれ別の能力を持ってる」
「そうですね」
「灰谷くんの記憶を参照できる」
「はい」
「状況によっては、灰谷くん自身が指示しなくても能力を使える」
『可能です』
アナが答える。
篠崎さんが頷く。
次に。
――相沢真帆。
その下に、
まめ助。
と書いた。
「相沢さんのスキルは、物理的な存在として外に出た」
「はい」
「まめ助には意思がある」
「あります」
「相沢さんの命令通りに動くだけじゃない。自分で考えて、自分で動く」
俺は頷く。
まめ助が相沢先輩を心配したこと。
鬼頭課長に抱きついたこと。
登山へ行ったこと。
どう考えても、ただの道具ではない。
「しかも、一度………」
篠崎さんのペンが止まる。
「相沢さんとまめ助の意識が、入れ替わった」
「………はい」
あの事件。
相沢先輩の体にまめ助。
まめ助の体に相沢先輩。
あれも。
未だに完全には説明できていない。
「そしてネム」
ホワイトボードに書かれる。
――ネム。
「あなたの中にも何かいるんだよね?」
『いる』
「見える?」
『見えない』
「声は?」
『聞こえない』
「でも分かる?」
『分かる』
「他の動物にも?」
『いる』
「人間にも?」
『いる』
篠崎さんが振り返る。
「基本、一つ?」
『一つだ』
「灰谷くんは?」
『三つ』
迷いのない答え。
篠崎さんはホワイトボードに並ぶ名前を見ながら、しばらくの間黙ってしまった。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「灰谷くん」
「はい」
「たぶん」
一度、言葉を切る。
「私たちは最初から、一つ勘違いしてた」
「勘違い?」
「うん」
篠崎さんがペンを置いた。
「スキルは、能力そのものじゃない」
「………」
意味が分からなかった。
「どういうことですか?」
「私たちは今まで、身体能力が上がることをスキルだと思ってた。火を出すことをスキル。傷を治すことをスキル。鑑定することをスキル」
「はい」
「でも、どうやら違うようですね」
篠崎さんの視線が俺を見る。
「能力を使ってる存在が、別にいる」
「………」
俺は何も言えなかった。
「人間や動物の中に、宿主とは別の何かが存在してる。その何かが、宿主に能力を与えている」
「別の………何か」
「生命体、かもしれません」
短い言葉だった。
なのに。
妙に重かった。
「生命体………」
自分で繰り返す。
『生命体』
アナの声。
いつもより少しだけ、静かだった。
「研究チームでは、前から一部で仮説として出てました」
「前から?」
「相沢さんとまめ助の件があって、可能性が高まっていたんです」
篠崎さんがホワイトボードを見る。
「ただ、証拠が足りなかった。まめ助が特殊なスキルだっただけかもしれない。灰谷くんの三人も、人格を模倣している能力かもしれない」
「………でも」
「今日、それだけじゃ説明できなくなった」
ネム。
動物にも。
人間にも。
一つずつ存在する何かを感じ取れる。
そして。
そのネムを介して。
俺以外の人間が、アナたちの声を聞いた。
「少なくとも」
篠崎さんが言う。
「宿主の能力とは別に、独立した情報処理をしている存在がいる。その可能性は、かなり高い」
「………それが」
「私たちが今までスキルって呼んでたものを生み出してる、本体」
「………」
俺は頭の中へ意識を向ける。
アナ。
ヒーラ。
チャーマ。
いつもいる。
当たり前みたいにいる。
「名前は………あるんですか?」
「正式名称じゃないけどね」
篠崎さんがタブレットを操作し、画面をこちらへ向けた。
そこには、一つの単語が表示されていた。
――Symbion。
「シンビオン?」
「仮称」
「どういう意味です?」
「共生者。共に生きるもの、みたいな意味で付けられてる」
共に生きる。
その言葉を聞いて。
なぜか妙にしっくりきた。
「ただし」
篠崎さんが続ける。
「本当に共生なのかは、まだ分からない」
「………というと?」
「寄生かもしれない」
「………」
俺は黙った。
「じゃあ俺」
自分の腹………ではなく。
頭を触る。
「寄生されてるんですか?」
『異議があります』
即答だった。
「アナ?」
『寄生という表現には異議があります』
『失礼しちゃうわねぇ』
チャーマも続く。
『わたしたち、そんなに悪いことしてませんよぉ?』
「いや、別にお前らを悪く言ったわけじゃ」
『寄生虫みたいに言ったじゃない』
「可能性の話だろ」
「本当に会話してる………」
篠崎さんが呟いた。
「さっきからしてるじゃないですか」
「いや、分かってるんだけど」
篠崎さんが額を押さえる。
「研究対象がその場で研究用語に文句言ってくる経験、初めてだから」
『研究対象って言い方もどうなのぉ?』
「ごめんなさい」
「律儀に謝るんですね」
「聞こえる以上、無視できないでしょ」
確かに。
今までは。
俺がアナたちの言葉を伝えなければ、誰にも届かなかった。
でも今は違う。
篠崎さんにも直接届く。
「寄生か共生かは、本当にまだ分からない」
篠崎さんが言った。
「宿主に能力を与える。これは明確な利益に見える。でも、自律的に動く例もある」
「まめ助ですね」
「うん。アナたちも」
『眠太の危険を回避するためです』
「それが宿主のためなのか、自分たちのためなのかも、まだ判別できない」
『両方ではないでしょうか』
アナが答えた。
篠崎さんの目が少しだけ見開く。
「………どういう意味?」
『私は眠太が死亡した場合、自分がどうなるか知りません』
「なるほど」
『ですが、それとは別に』
少し間がある。
『眠太には死んでほしくないと考えています』
「………」
今度は。
俺が黙る番だった。
『あたしもよぉ』
『もちろんですぅ』
「………そうか」
何を照れてるんだ俺。
今さらだ。
三人が俺を助けてくれたことなんて、何度もあった。
心配もされた。
からかわれもした。
うるさいと思ったこともある。
でも。
突然。
別の生命体だと言われても。
「………」
俺の中では、何も変わらない気がした。
アナはアナだ。
ヒーラはヒーラ。
チャーマはチャーマ。
名前が、スキルからシンビオンに変わったところで。
それだけだった。
「灰谷くん」
「はい?」
「大丈夫?」
「何がです?」
「いや………結構、大きい話だから」
「まあ」
俺は少し考える。
「驚いてはいますけど」
頭の中へ意識を向ける。
「今さらですよね」
『何がですか?』
「別の生き物だって言われても」
『そうねぇ』
「ずっと別人格だったし」
『人格ではなく生命体の可能性が高まりました』
「細かいな」
『重要です』
「ほら、こういうところも変わらないし」
篠崎さんが少し笑った。
「………そっか」
それから。
俺はふと気づいた。
「でも」
「うん?」
「だったら、一つおかしくないですか?」
「灰谷くんの三つ?」
「はい」
篠崎さんの笑顔が消える。
俺は自分を指さす。
「なんで俺だけ三つなんです?」
「分からない」
即答だった。
「そこは本当に分からない」
「何か仮説は?」
「いくつか考えられるけど、現時点では全部推測」
「じゃあ」
「断定はしない」
篠崎さんらしい。
分からないことを分かったふりはしない。
「少なくとも、今確認できている限りでは、一人に一体が基本」
「俺だけ三体」
「そう」
「………嫌な特別扱いだな」
『光栄に思ってください』
「なんでだよ」
『お得じゃない』
チャーマが言う。
「福袋じゃないんだぞ」
『失礼ねぇ』
『眠太くん、わたしたち三人で嫌ですかぁ?』
「そういう聞き方はずるいだろ」
『では回答を』
「嫌じゃないよ」
『ふふぅ』
「なんで嬉しそうなんだ」
『別にぃ』
「絶対嬉しいだろ」
「………灰谷くん」
篠崎さんが口を挟む。
「何です?」
「私にも全部聞こえてるからね」
「………」
忘れていた。
『よかったわねぇ、眠太くん』
「うるさい」
篠崎さんが笑っている。
ネムは。
よく分からないという顔で俺たちを見ていた。
『三ついると、楽しそうだな』
「お前まで言うな」
少しだけ部屋の空気が軽くなる。
「じゃあ」
俺は机の上のタブレットを見る。
画面には、シンビオンという文字。
「これで、スキルの正体が分かったってことですか?」
篠崎さんは答えなかった。
「篠崎さん?」
「………まだ半分」
「半分?」
「むしろ」
篠崎さんが椅子へ座り直す。
「ここからのほうが問題」
「何がです?」
「考えてみてください」
画面を指す。
「シンビオンが生き物なら」
「はい」
「どこから来たの?」
「………」
答えられなかった。
「去年までは、こんなものは確認されてない」
「………そうですね」
「十二月三十一日」
篠崎さんが言う。
「世界中で、ほぼ同時にスキルが発現した」
あの日。
俺は会社にいた。
年末だというのに仕事をしていた。
そのあと。
世界が変わった。
「人間だけじゃない」
篠崎さんはネムを見る。
「動物にまで………」
「………」
「そんな生命体が突然、現れた」
篠崎さんがタブレットを操作する。
別の資料が表示された。
「実はね」
「はい」
「スキル発現とほぼ同じ時刻に、世界中の観測機器で異常が記録されていたんです」
「異常?」
「通信障害。電波の乱れ。観測ノイズ。機器ごとに出方は違う。でも、発生時刻が妙に一致してる」
「それって」
「原因は不明」
篠崎さんが画面をスクロールする。
「研究者の一部が、まとめて仮称を付けてる」
そこに表示された文字。
俺は読み上げる。
「………ノイズ領域」
「うん」
「領域?」
「名前に深い意味はないよ。正体不明のノイズが、地球全域で観測されたから」
「それがシンビオンと関係してる?」
「分からない」
また。
同じ答え。
「シンビオンは、そのとき地球に来たのか」
篠崎さんが一本、指を立てる。
「それ以前から存在していて、あの日に活動を始めただけなのか」
二本目。
「地球由来なのか」
三本目。
「地球外から来たのか」
四本目。
「どうして人間や動物に入ったのか」
五本目。
「そもそも、意思や目的があるのか」
「………」
「何も分かってない」
篠崎さんが手を下ろす。
「分かったのは、一つだけ」
篠崎さんが言った。
「私たちがスキルって呼んでたものは――」
一拍。
「最初から、私たちだけの力じゃなかった」
「………」
画面に映る文字を見つめながら。
俺は呟いた。
「………あの日、いったい何が起きたんだ」
誰も。
答えなかった。




