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俺の脳内、変なスキルに間借りされてます  作者: 内村一樹
第7章 その力の、正体

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第54話 ネム

「何か知ってるのか?」


 俺がそう聞くと、小さな動物は首を傾げた。


『何を?』

「俺の中にいる三つだよ」

『………』


 黒い瞳が、じっと俺を見る。


 アナ。

 ヒーラ。

 チャーマ。


 俺以外には聞こえないはずの三人を、こいつは確かに認識している。


 それどころか。


 俺の中には三ついる。

 普通は一つ。


 そう言った。


「こいつらが何なのか、知ってるんじゃないのか?」

『知らない』

「………」


 あっさり返ってきた。


「知らないのかよ」

『知らない』

「さっき、あんな意味ありげに言ってたのに?」

『いるのは分かる』

「何なのかは?」

『分からない』

「………」


 思わず肩の力が抜けた。


 あと少しで。

 ずっと引っかかっていたものの答えが出るかもしれない。

 そんな期待をした俺が馬鹿だった。


『おい』

「なんだよ」

『がっかりしたのか?』

「ちょっとな」

『オラは嘘つかない』

「分かってるよ」


 小さな前脚が、ベランダの床を少し動く。


『でも、いる』

「それは分かるんだな?」

『分かる』

「どうやって?」

『どうやって………』


 しばらく黙る。

 どう説明すればいいのか分からないらしい。


『匂いが分かるみたいに分かる』

「匂い?」

『でも、匂いじゃない』

「じゃあ何だよ」

『だから、分からない』

「………」


 難しいな。


『見えない。でも、いる』


 小さな動物は自分の胸元へ前脚を当てた。


『オラにも一ついる』

「お前の中にも?」

『いる』

「そいつと話せるのか?」

『話せない』

「じゃあ、どうしているって分かる?」

『いるから』

「………」


 それ以上は説明できないらしい。


『他のみんなにもいる』

「みんな?」

『イノシシにも。サルにも。カラスにも』

「スキルを持ってる動物ってことか?」

『スキル?』

「ああ………力だよ。お前が今使ってるみたいな」

『いるやつは、できることが増える』

「じゃあ、そういうやつだ」

『なら、そうだ』


 つまり。

 スキルを持つ動物には、何かが一ついる。


「人間は?」

『いる』

「やっぱりか」

『近くにいる人間は、だいたい一つ』

「だいたい?」

『遠いと分からない』

「ああ、そういう意味ね」


 俺だけ三つ。

 人間も動物も基本は一つ。


 その中にいる何かが、スキルと関係している。


「アナ」

『はい』

「お前は、何か分かるのか?」

『いいえ』


 いつも通り、冷静な声が返ってくる。


『私自身にも説明できません』

「自分のことなのに?」

『私はこれまで、自分を眠太のスキルであると認識していました』

「今も?」


 少し間があった。


『現時点では、その認識を修正するだけの情報がありません』

『難しい言い方ねぇ』


 チャーマが割り込んでくる。


『要するに、アタシたちだって知らないってことよぉ』

『わたしたちは、眠太くんの中にいるだけですからねぇ』


 ヒーラが続く。


「だけって言われてもな」

『急に正体不明の何か扱いされても困るわぁ』

「俺が一番困ってるよ」

『失礼ねぇ』

「なんでだよ」


 頭の中でいつものやり取りをしていると。


『今、三つと話してるのか?』

「ああ」


 目の前の小さな動物が、興味深そうに俺を見る。


『やっぱり三つだ』

「確認するなよ。ちょっと怖くなってきただろ」

『怖いのか?』

「自分の中に正体不明の何かが三ついるって改めて言われたらな」

『でも、仲間なんだろ?』

「………」


 一瞬、言葉に詰まった。


「まあ………そうだな」

『なら、いい』

「お前は気楽だな」

『悪いやつなのか?』

「いや」

『なら、いい』

「判断基準が単純すぎるだろ」


 ただ。


 俺も完全には否定できなかった。


 アナには何度も助けられた。

 ヒーラにも。

 チャーマにも。


 正体が何であろうと、今さら急に敵だと思えるわけでもない。


 俺は一度息を吐いた。


「………それで」

『うん』

「最近の動物たちを動かしてたのは、お前なんだな?」

『動かしてない』


 即答だった。


「でも、お前が教えてたんだろ?」

『教えた』

「人間が来ることも?」

『教えた』

「罠の場所も?」

『教えた』

「鬼頭課長に近づくなってことも?」

『あの大きい人間か?』

「多分それ」

『教えた』

「神代先輩の近くでは音を出せってことも?」

『教えた』

「俺には見つかるなってことも?」

『教えた』

「めちゃくちゃ動かしてるじゃないか」

『動かしてない』

「どこがだよ」

『オラは、こうしろって言ってない』


 小さな頭が左右に振られる。


『危ないって教えただけだ』

「………危ない?」

『人間が来る』

『罠がある』

『あの大きい人間は強い』

『耳のいい人間がいる』

『眠そうな人間は、見ると分かる』

「眠そうな人間って俺か?」

『そうだ』


 どおりで、捕獲がやりにくくなったわけだ。


 それはともかく。

 こいつの言っている意味が分かってきた。


 命令したわけじゃない。

 情報を共有した。

 その情報を使ってどう行動するかは、他の動物たちが決めていた。


「捕獲器を壊したのは?」

『捕まるから』

「妨害してきたのは?」

『仲間が捕まるから』

「俺たちを囲んだのは?」

『近づいてほしくなかった』

「十分、攻撃してると思うけどな」

『殺してない』

「そういう問題でもない」

『人間も、オラたちを殺す』

「………」


 空気が止まった。


 さっきまでより少しだけ。

 声の雰囲気が変わった気がした。


 怒っているわけじゃない。


 でも。

 軽い話でもない。


『聞いた』

「何を?」

『捕まったやつから』


 小さな体が、わずかに縮こまる。


『狭い箱』

『出られない』

『人間の匂い』

『怖い』

『ずっと怖い』


 俺は黙る。


『追いかけられたやつもいた』

『仲間がいなくなったやつもいた』

『戻ってこなかった』

「………」

『人間は捕まえる』

『危ないと殺す』

「………全部が全部、そうじゃない」

『分かってる』


 その返事は意外だ。


「分かってるのか?」

『灰谷たちは、すぐ殺さない』

「ああ」

『捕まえる』

「そうだ」

『だから、同じだ』

「………」


 言い返しかけて。

 やめた。


 こいつらからすれば、捕まること自体が恐怖なのだ。


 殺さないからいい。

 そういう話でもない。


『最初は逃げろって言った』


 小さな声が続く。


『人間に近づくな』

『罠に近づくな』

『家の近くに行くな』

「………」

『でも、捕まった』


 ベランダの向こう。

 夜の街を見ながら、そいつは言った。


『逃げてるだけじゃ、守れないと思った』

「だから罠を壊した?」

『うん』

「俺たちの邪魔も?」

『うん』

「畑を荒らしたのは?」

『オラじゃない』

「それはそうか」

『腹が減る』

「………人間も困るんだよ」

『うん』

「畑を荒らされたら、育てた物がなくなる。仕事にしてる人なら生活できなくなるかもしれない」

『うん』

「住宅地にイノシシや熊が出たら、人が怪我する」

『うん』

「人を襲う動物を、そのまま放っておくこともできない」

『………』

「俺たちも、なるべく殺さないようにしてる。捕まえて、危なくないところへ移せるならそうする」

『うん』

「だから――」

『だったら』


 言葉を遮られた。


『なんで人間は、オラたちを捕まえていいんだ?』

「………」


 答えようとした。


 人間には人間の生活がある。

 法律がある。

 安全を守る必要がある。

 農作物を守る必要もある。


 理由ならいくらでも説明できる。


 でも。


 目の前にいる小さな動物は。


 俺の言葉を理解して。

 自分で考えて。

 仲間を助けようとしている。


 そんな相手を。

 今までと同じように。

 ただの害獣として。

 捕まえていいのか。


「………」


 結局。


 すぐには何も言えなかった。


『分からないのか?』

「分からない」

『人間なのに?』

「人間だからって全部分かるわけじゃないぞ」

『そうなのか』

「そうだよ」

『人間は、なんでも分かってると思ってた』

「そんなわけあるか」

『大きいから』

「体の大きさ関係ないだろ」

『そうなのか』

「そのはずだ」


 しばらく沈黙した。

 遠くを走る車の音が聞こえる。

 夜風が少し冷たい。


「でも」

『うん』

「人を襲うなら、俺たちは止める」

『………』

「そこは譲れない」

『仲間を捕まえるなら、オラも止める』

「そこも譲らない?」

『譲らない』

「そっか」

『うん』

「じゃあ、困ったな」

『困った』


 お互い黙る。


 こんな会話をヤマネとしている時点で、十分どうかしている気もする。


「だったらさ」

『なんだ?』

「次から、いきなり罠壊す前に話せないか?」

『人間が先に捕まえに来る』

「………そこから相談しよう」

『相談?』

「何を捕まえようとしてるのか。なんで捕まえようとしてるのか。それを話す」

『話したら、捕まえないのか?』

「それは約束できない」

『………』

「俺に決める権限ないから」

『灰谷は弱いのか?』

「立場がな」

『あの大きい人間の方が偉い?』

「会社ではそう」

『あいつに言えばいい』

「課長だけで決められる話でもないんだよ」

『人間は面倒だ』

「それは否定しない」


 俺は頭を掻いた。


「俺から相談する」

『誰に?』

「課長と。仕事を頼んできてる人たちと」

『オラたちを捕まえる人間?』

「そう」

『………』

「その代わり」

『なんだ?』

「しばらく罠を壊すの止めてくれないか」

『………』

「俺たちへの妨害も」

『………』

「できれば、他の動物にも伝えてくれ」

『捕まえない?』

「少なくとも、俺が話を持っていくまでは、いきなり再開しないよう頼む」

『頼むだけ?』

「だから俺に決定権ないんだって」

『弱いな』

「うるさい」


 しばらく考えるように、小さな顔が下を向く。

 やがて。


『分かった』

「いいのか?」

『灰谷は話した』

「まあな」

『嘘も言わなかった』

「多分な」

『だから、オラも話す』

「みんなに?」

『うん』

「助かる」

『でも、人間が先に捕まえたら止める』

「………分かった」


 完全な解決じゃない。

 こいつだって人間を信用したわけじゃない。

 俺だって、動物たちを全部放置していいとは思っていない。


 それでも。


 昨日までよりは少しだけ前に進んだ。


 少なくとも。

 話せる相手だということは分かった。


「そういえば」

『なんだ?』

「お前、名前は?」

『名前?』

「呼び方」

『オラはオラだ』

「それ、呼びにくいんだよ」

『灰谷は灰谷だ』

「俺には名前があるからな」

『眠太』

「それも名前だけど」

『どっちなんだ?』

「灰谷が名字。眠太が名前」

『二つあるのか?』

「人間はだいたいそうだ」

『面倒だ』

「またそれか」


 俺はベランダの小さな動物を見る。


「アナにも名前がある」

『アナ』

「ヒーラも」

『ヒーラ』

「チャーマも」

『チャーマ』

『ちょっとぉ、アタシたちの名前、この子に伝わってるの?』

「俺が今言ってるだけだよ」

『残念だわぁ』

『いつかお話ししてみたいですねぇ』

「ヤマネにも名前があった方がいいだろ」

『ヤマネ?』

「お前の種類」

『オラ、ヤマネっていうのか?』

「多分な」

『そうなのか』

「自分で知らなかったのかよ」

『知らなくても困らない』

「まあ………そうだろうけど」


 よく眠る。

 ヤマネ。


 それから。

 俺の名前。


「………ネム」

『ネム?』

「ネムでいいか?」

『なんで?』

「お前、よく寝るだろ」

『寝る』

「ヤマネだし」

『うん』

「俺の名前も眠太だし」

『それは関係あるのか?』

「ちょっとだけ」


 小さな頭が傾く。


『ネム』

「ああ」

『………』


 しばらく。

 何度か自分の中で確かめるように。


『ネム』


 もう一度。

 そして。


『オラは、ネムだ』

「決まりだな」

『オラはネム』

「気に入った?」

『分からない』

「分からないのかよ」

『でも、ネムだ』

「ならいいか」

『眠太』

「俺は灰谷でいいよ」

『分かった』


 一拍。


『三つを宿す灰谷』

「なんだよそれ」

『違うのか?』

「間違ってはいないけど、長いんだよ」

『特別だから』

「何が?」

『三ついる』

「特別扱いしなくていい」

『三つを宿す灰谷』

「聞いてる?」

『聞いてる』

「じゃあ直せ」

『分かった』

「本当か?」

『三つを宿す灰谷』

「絶対分かってないだろ」

『眠太よりいい』

「比較対象がおかしいんだよ」


 俺はため息をついた。


 だが。

 さっきまでより、少し空気が軽くなっている。

 そこで、ふと思った。


「そうだ」

『なんだ?』

「お前のスキルって、結局なんなんだ?」

『スキル?』

「その、頭の中で話すやつ」

『これ』

「それ」

『話せる』

「それは分かってる」


 俺はネムを見る。


「ちょっと調べてもいいか?」

『何をする?』

「見るだけ」

『見る?』

「大丈夫、痛くないから」

『ホントか?』

「今まで痛かったやつはいない」

『怪しい』

「信用ないな、俺」


 少し迷ったあと。


『いい』

「じゃあ」


 意識を集中する。


「アナ」

『鑑定を実行します』


 視界の端に、情報が浮かんだ。


 対象。

 ニホンヤマネ。


 そして。

 保持スキル。


 精神・感情系。

 思考および感情の送受信。

 対象種による制限なし。

 複数対象への同時接続――。


「………」


 俺は目を細めた。


「ん?」

『どうしました?』

「これ」


 表示された情報を追う。


「………レベル、上がってるのか?」

『そのようです』

『レベル?』


 ネムが聞く。


「力が前より強くなってるってこと」

『前?』

「最初から今の状態だったわけじゃないみたいだ」

『そうなのか?』

『使用頻度による能力成長と推測します』


 アナが説明する。


「お前、この力どれくらい使ってた?」

『ずっと』

「ずっと?」

『仲間と話してた』

「一日に何回くらい?」

『分からない』

「まあ、数えないよな」

『起きてるときは話す』

「ほぼずっとじゃないか」

『危ない場所を教える』

『怖いって言ってるやつと話す』

『遠くにいるやつにも聞く』

「そりゃレベルも上がるか」


 さらに情報を見る。


「………ん?」

『どうしました?』

「いや」


 複数対象への同時接続。


 そこまでは分かる。

 問題は、その下だ。


「中継?」

『はい』

「どういうこと?」

『ネム自身を接続点として、複数対象間の思考情報を相互伝達できるようです』

「………」


 俺は少し考える。


「つまり」


 ネムを見る。


「俺と誰かを、お前経由で話させられる?」

『できる』

「できるの?」

『やったことある』

「誰と?」

『イノシシとカラス』

「種族の壁すごいな」

『話は同じだ』

「いや、人間的にはかなりすごいんだけど」


 俺はもう一度表示された内容を見る。


 複数人。

 いや。

 複数存在。


 その思考をネムが中継する。


「アナ」

『はい』

「これってさ」


 一つの可能性が頭に浮かんだ。


「俺の中にいるお前たちも、対象になる?」

『現時点では不明です』

「でも、ネムには存在が分かってる」

『はい』

「声も?」

『それを確認する必要があります』


 心臓が少し速くなる。


 もし。

 もし本当に。

 ネムが中継できるなら。


 俺にしか聞こえなかった声を。

 別の誰かに、直接届けられるかもしれない。


『眠太くん?』


 ヒーラの声。


『何か思いついたのぉ?』


 チャーマも気づいたらしい。


「………篠崎さん」

『ああ』


 アナの声が少しだけ変わった。


『研究者の篠崎理央ですね』

「篠崎さんなら」


 確認できる。

 俺だけが三人いると言っている状態から。

 抜け出せるかもしれない。


『三つを宿す灰谷』

「その呼び方やめろって」

『どうした?』

「ネム」

『うん』

「お前、人間とも話せるんだよな?」

『灰谷と話してる』

「俺以外にも」

『できる』

「他のやつ同士を繋ぐのも?」

『できる』

「俺の中にいる三人も?」

『………』


 ネムが俺を見る。

 少しだけ首を傾げた。


『やったことない』

「だよな」

『でも、三つはいる』

「なら」


 試す価値はある。

 時計を見る。


「………うわ」


 かなり遅い。

 さすがに明日にするか。


 そう思った。

 思ったのだが。


「………」


 スマホを手に取る。


『今から連絡するんですか?』

「ちょっとだけ」

『非常識じゃない?』


 チャーマの声。


「自覚はある」

『なら明日にした方が』

「いや」


 画面に表示された名前を見る。


 ここまで来たら、多分俺は眠れない。

 だったら、篠崎さんを道連れにしてしまおう。


 通話ボタンを押す。

 数回の呼び出し音。


『………もしもし?』


 少し眠そうな声が返ってきた。


「あ、篠崎さん」

『灰谷さん?』

「すみません、こんな時間に」

『それはいいですけど………どうかしました?』

「その」


 一度。

 ネムを見る。

 小さな体で、俺を見上げている。


「篠崎さん」

『うん』

「会わせたい人………」


 そこで止まる。


 いや。

 人じゃない。


「………動物がいるんですが」

『………』


 数秒。


『………は?』

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