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俺の脳内、変なスキルに間借りされてます  作者: 内村一樹
第7章 その力の、正体

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第53話 三ついる

 あれから、俺たちは何度も現場へ出た。

 そして、偶然とは思えない動物たちの連携を何度も目撃することになったんだ。


 ある日は、サルたちが大声で叫んで神代先輩の索敵能力を妨害したり。


 またある日は、上空を飛ぶ鳥たちが俺たちの車めがけて糞の雨を落としてきたり。


 また別の日には、イノシシが意図的に倉庫の棚を倒して粉塵を煙幕代わりにしたり。


 そして今日。


 事前に仕掛けていた罠をすべて壊された俺たちは、手も足も出すことができずに撤退している。


 帰りの車内は、重たい沈黙で満たされていた。

 悔しくなかったと言えば嘘になる。


 何度も現場へ出て。

 何度も追って。


 それなのに、日に日に捕まえにくくなっている。


 こっちが動物たちを調べているのと同じように。

 向こうも俺たちを調べている。

 そんな気さえしていた。


 そんな毎日が、一週間近く続いた。



「…………」


 風呂の湯船に肩まで沈みながら、俺は天井を見ていた。


「疲れた……」

『お疲れさまです』

「アナは疲れないのか?」

『疲労という概念が、眠太と同一であるかは不明です』

「便利だな、お前」

『ただし、眠太の身体的疲労は認識しています』

「なら明日、会社休みにしてくれ」

『その権限はありません』

「使えないな」

『理不尽です』


 湯船から上がる。


 髪を乾かして。

 部屋着に着替える。


 夕食はスーパーで買った弁当だった。


 作る気力はない。


 温める。

 食べる。

 洗う。

 歯を磨く。


「眠い……」

『眠太くん、今日は早く寝ましょぉ』

「そうする」


 時計を見る。


 まだ十一時前。

 最近の俺にしては早い。


『明日の予定を確認しますか?』

「しなくていい」

『午前九時から――』

「しなくていいって」

『通常業務です』

「…………」


 俺は止まった。


「通常業務?」

『はい』

「現場じゃない?」

『午前中はありません』

「マジで?」

『十二時時点までは』

「よし」


 小さく拳を握る。


『午後から現場対応の可能性があります』

「聞きたくなかったよ」

『事実です』

「午前中だけ夢を見させてくれ」

『社畜ねぇ』


 チャーマが呆れた声を出す。


「今は普通にメール返したり資料作ったりするだけでも休みに感じるんだよ」

『重症よぉ』

「自覚はある」


 ベッドへ入る。


 柔らかい。

 暖かい。

 それだけで幸せだった。


 この一週間。


 山や畑、倉庫、それから住宅地を駆けずり回っている。


 相手は動物だ。

 カラスやサルやイノシシなんかが、いつもの面子だ。


 俺は何の会社に勤めていたんだっけ。


「……営業だったはずなんだけどな」

『営業二課です』

「知ってる」

『新規事業も営業活動の一環と考えられます』

「そういう話じゃない」


 枕へ顔を埋める。


 明日は午前中だけ普通の仕事。


 パソコンを開いて。

 メールを返して。

 資料を作って。


 鬼頭課長が何か壊して。


「……いや、それは普通じゃないか」

『何か言いました?』

「何でもない」


 目を閉じる。


『では、睡眠を推奨します』

「はいはい」

『おやすみなさい、眠太』

「おやすみ」

『おやすみなさぁい』

「おやすみ」

『ちゃんと寝なさいよぉ。スマホ見ちゃダメよ』

「母親かよ」

『アタシはそんな大きな子供産んだ覚えないわよぉ』

「じゃあ言うな」


 少し笑った。


 それを最後に。

 部屋が静かになる。


 冷蔵庫の低い音。

 外を走る車。

 遠くで何かが閉まる音。


 いつもの夜。

 いつもの部屋。

 いつもの三人。


「…………」


 眠気が落ちてくる。


 意識が沈む。

 もう少しで眠れる。


 そう思った。



『…………』

「…………」


 何か。

 聞こえた気がした。


 俺は目を閉じたまま待つ。


 アナか。

 ヒーラか。

 チャーマか。


 誰かが何か言い忘れたのだろう。


 けれど。

 何も続かない。


「……なんだよ」


 小さく呟く。

 返事はなかった。


 気のせいか。

 疲れている。

 今日はもう寝よう。

 そう思った時。



『……見つけた』

「…………」


 目が開いた。


 知らない。

 声だった。


「……アナ?」

『私ではありません』


 即答。


「ヒーラ?」

『わたしじゃないですよぉ?』

「チャーマ?」

『アタシでもないわ』

「…………」


 眠気が。


 一瞬で消えた。


 俺は暗い天井を見つめる。


 アナでもない。

 ヒーラでもない。

 チャーマでもない。


 なのに。


 今。

 確かに。

 頭の中で聞こえた。


「…………」


 ゆっくり体を起こす。


 そして。

 誰もいない部屋で、俺は訊いた。


「今の、誰だ?」

『オラだ』

「…………」


 間が空いた。


「いや、分からないけど」

『オラだ』

「二回言われても分からないって」


 ベッドの上で周囲を見る。


 当然、誰もいない。


 テレビは消えている。

 スマホから音が出ているわけでもない。

 隣の部屋から聞こえている感じでもなかった。


 何より。

 これは。


「頭の中……だよな?」

『はい』


 答えたのはアナだった。


『外部から発生した音声とは認識できません』

「じゃあ、なんだよ」

『不明です』

「不明って」


 そんなことを話していると。


 カリ。


「…………」


 小さな音。

 窓の方だった。


 カリ。


 もう一度。


 俺はベッドから降りてカーテンへ近づく。


「……泥棒とかじゃないよな」

『この高さのベランダへ外部から侵入することは容易ではありません』

「余計怖いこと言うなよ」


 恐る恐るカーテンを開く。


「…………」


 誰もいない。


 いや。

 違う。

 いた。


 ベランダの手すり。


 そこに。

 小さな動物が座っていた。


「……なんだ、こいつ」


 手のひらに乗りそうなくらいの大きさ。


 丸い耳。

 大きな黒い目。

 ふわふわした毛。

 長い尻尾。


 その小さな動物が、じっと俺を見ていた。


『対象を確認』


 アナが言う。


『ニホンヤマネです』

「ヤマネ?」


 聞いたことないな。

 見た目はネズミっぽい。丸い耳のせいか、妙に可愛らしいけど。


 まさか、声の主じゃないよな。


「なんでこんなところに……」

『オラだ』

「…………」


 固まった。


 目の前の小さな動物。

 頭の中に響く声。


 もう一度、ヤマネを見る。


「……お前?」

『そうだ』

「…………」


 俺はカーテンを閉めようとした。


『待て』

「喋った!」

『さっきから喋ってる』

「そういう問題じゃない!」


 思わず声が大きくなる。


 慌てて口を押さえた。

 こんな時間に叫んだら隣から苦情が来る。


『眠太』


 アナの声。


『落ち着いてください』

「これが落ち着いていられるか?」


 頭の中で喋る動物が、ベランダにいる。


 いや。


 冷静に考えると。

 頭の中に三人いる時点で、今さらなのかもしれない。


「……いや、今さらなのか?」

『何がです?』

「なんでもない」


 窓越しにヤマネを見る。

 逃げる様子はない。


 むしろ。


 向こうも俺を観察しているようだった。


『…………』

「なんだよ」

『やっぱり変だ』

「初対面で失礼だな」

『お前』

「俺?」

『ひとつじゃない』

「…………?」

『中にいる』


 背中に。

 ぞくりとした感覚が走った。


「中?」


 ヤマネが俺を見る。


 じっと。

 まっすぐ。


『ひとつ』


 間。


『ふたつ』

「…………」

『……違う』


 ヤマネが首を傾げる。

 そして。


『三つ』


 俺は何も言えなかった。


 頭の中が。

 一瞬、真っ白になった。


『三ついる』

「…………」


 アナ。

 ヒーラ。

 チャーマ。


 俺以外には聞こえない。

 少なくとも、俺以外に認識されたことはない。


 ずっと。

 そう思っていた存在。


「お前……」


 喉が乾く。


「分かるのか?」

『分かる』

「こいつらが?」

『こいつら?』

「俺の中にいる……三人」

『三人かは知らない』


 ヤマネはそう答えた。


『でも、三ついる』


 頭の中が静かだった。


 アナも。

 ヒーラも。

 チャーマも。


 誰も何も言わない。


 それが余計に怖かった。


「……お前は」


 俺は訊く。


「何なんだ?」


 ヤマネが少し考える。


『オラ?』

「ああ」

『オラはオラだ』

「いや、そうじゃなくて」

『お前も変なことを聞くな』

「お前にだけは言われたくない」


 小さなヤマネが、首を傾げる。


 その姿だけ見れば、ただの小動物で可愛らしい。


 だけど。

 俺は知っている。


 最近。

 動物たちは明らかに変わった。


 連携して。

 俺たちを観察して。

 能力に対策までしている。


「…………」


 嫌な考えが浮かぶ。


「お前」

『なんだ?』

「最近、俺たちが追ってる動物たちと関係あるのか?」


 ヤマネは黙った。


「サルとか、カラスとか、イノシシとか」

『…………』

「お前が何かしてるのか?」


 しばらく、答えはなかった。


 やがて。

 ヤマネが小さく口を開く。


『オラは』


 そして。


『仲間を守ってるだけだ』

「…………」

『人間に、捕まらないように』


 その言葉に。

 俺は返事ができなかった。


 ヤマネは俺を見る。


『でも』


 一瞬。

 その大きな目が細くなった気がした。


『お前の方が気になる』

「俺?」

『三ついる』

「それはもう聞いた」

『普通はひとつだ』

「…………」


 今度こそ。

 俺は息を止めた。


「普通は?」

『そうだ』

「お前にも?」

『いる』


 短い返事。


「他の動物にも?」

『いる』

「人間にも?」

『いる』


 俺の中で。

 何かが大きく音を立てて崩れた気がした。


 アナにヒーラにチャーマ。


 今までずっと。

 考えを放棄していた疑問。


 俺のスキルだけが。

 なぜか喋る。

 なぜか意思を持っている。

 なぜか三つある。


 でも。

 もし。


「……お前」


 声が少し震えた。


「何か知ってるのか?」


 ヤマネは答えなかった。


 ただ、夜のベランダで。

 俺をじっと見つめていた。

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