第52話 動物たちの反撃
最初に気づいたのは、ニュースだった。
『各地で相次ぐスキル害獣被害――捕獲用設備の破損も』
「……また増えてるな」
昼休み。
コンビニで買ったパンを片手に、俺はスマホの記事を眺めていた。
ここ数週間、スキルを持った野生動物による被害は確実に増えている。
ただ増えただけなら、まだ良い。
問題は、増え方だ。
「捕獲器の扉が開けられてた……?」
記事を指で送る。
山間部に設置されていた箱罠。
餌だけがなくなり、扉は作動していなかった。
別の場所では、固定していたワイヤーが外されていた。
さらに別の地域では、監視カメラの向きが変えられていたらしい。
「この頻度で発生するのは、偶然じゃないよなぁ」
そんな俺の呟きに、アナが反応した。
『一件だけなら、その可能性もあります』
「だよな」
『ですが、類似事例が複数発生しています』
「……だよなあ」
嫌な予感しかしない。
『眠太くん、食べないのぉ?』
チャーマの声が割り込んだ。
「あ」
手元を見る。
パンの袋を開けたまま、一口も食べていなかった。
『お昼休み終わっちゃうわよぉ』
「分かってる」
『ちゃんと食べないとダメよぉ。ねえ、ヒーラちゃん』
『……はい』
「なんで一拍空いたんだ?」
『別にぃ?』
『何もありません』
「絶対なんかあるだろ」
最近、ヒーラが食事関係の話になると妙に静かになる。
俺の腹が減る原因のひとつに、治癒能力があるからだろうか。
確かに腹は減るけど、かなり便利なスキルだから重宝してるんだけどな。
だから、気にする必要なんかないのに。
そんなことを伝えようか悩んでいた俺に、声がかけられた。
「灰谷」
「はい?」
顔を上げると鬼頭課長が立っていた。
「食い終わったら会議室に来い」
「……仕事ですか?」
「そうだ」
鬼頭課長は短く答える。
「害獣対策の依頼が入った」
やっぱり。
俺はスマホの記事をもう一度見た。
画面には、壊された捕獲器の写真が表示されている。
「重要案件ですかね」
「自治体からだ」
それだけ言うと、鬼頭課長は自分の席へ戻っていった。
直後、アナの声が頭に響く。
『先ほどの記事と関係している可能性があります』
「……俺もそんな気がする」
俺は残っていたパンを急いで口へ押し込んだ。
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「今回の現場は、都内西部の山沿いです」
会議室のモニターに地図が表示されている。
説明しているのは相沢先輩だった。
俺。
鬼頭課長。
神代先輩。
水瀬さん。
そして相沢先輩の隣には、まめ助がちょこんと座っている。
どうでもいいけど、もう営業二課って部署名を改めたほうが良いんじゃないだろうか。
やってることは完全に、害獣対策課なんだし。
「もともとは農作物への被害が中心だったんだけど、ここ一週間ほどで状況が変わってきたみたい」
画面が切り替わる。
最初に映ったのは、倒れた柵だった。
「イノシシですか?」
水瀬さんが尋ねる。
「その可能性は高いね。ただ――」
次の写真。
映しだされたのは金属製の箱罠。
パッと見は、特に異変は見当たらない。
一つだけ言えることとしては――
扉が開いている。
「作動した形跡はあったそうです。でも、捕獲された動物はいなかった」
「逃げた?」
「それだけなら珍しくないそうなんだけどね」
さらに写真が切り替わり、罠の扉がデカデカと映し出された。
それを見て、撮った人が何を伝えたかったのか、俺はすぐに理解できた。
「やけに綺麗ですね」
「灰谷くん、それって何か問題なの?」
「よく考えろ水瀬。動物が罠から力づくで逃げたとしたら、扉が壊れてもおかしくないか?」
「あ、そっか」
「これを動物が?」
「まだ分からないそうです」
相沢先輩は首を振る。
「管理している人も、最初は人間のいたずらを疑ったみたい。でも、その後も同じことが続いてる」
監視カメラ。
餌場。
簡易フェンス。
いくつもの写真が表示されていく。
「カメラは?」
神代先輩が聞いた。
「それが一番変なんだよね」
相沢先輩が映像を再生する。
夜の山道。
画面の奥を、一頭のサルが横切った。
数秒後。
カメラのすぐ近くまで戻ってくる。
「……?」
サルがこちらを見る。
次の瞬間。
画面が大きく揺れた。
そして、映像が止まる。
「これ、壊されたんですか?」
「ううん」
相沢先輩が別の画像を出す。
「翌朝確認したら、こうなってた」
監視カメラそのものは無事だった。
ただし。
向きが完全に変わっている。
山道ではなく、木の幹だけを映す方向へ。
「……触ったのか」
神代先輩が眉をひそめた。
「偶然じゃないんですか?」
水瀬さんが言う。
「枝に引っかかったとか」
「一回ならな」
鬼頭課長が腕を組む。
「同じ地域で三台だ」
「三台……」
「全部、動物が映った直後に向きを変えられている」
会議室が静かになった。
俺は以前の現場を思い出す。
カラスやサル、そしてイノシシ。
別々の種類なのに、まるで役割を分担しているように動いていた。
あのとき。
アナは言った。
偶発的な連携である可能性は低い、と。
「今回も、複数種類なんですか?」
「確認されているだけで、イノシシ、サル、カラス。それから小型の動物もいるらしいね」
相沢先輩が答えた。
「……前と同じだ」
俺の言葉に、全員がこちらを見る。
「いや、種類が」
神代先輩が小さく頷いた。
「俺も気になっていた」
「やっぱりですか?」
「ああ」
鬼頭課長が机を指で叩いた。
「今回はいきなり捕獲には入らん」
「え?」
「まず現場を確認する。状況が分からんまま突っ込めないからな」
「……了解です」
以前なら。
少なくともスキルが発現した直後の鬼頭課長なら、まず現場へ行って捕まえると言っていたかもしれないな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
現場に到着したのは、その日の午後だった。
「……静かですね」
車を降りた水瀬さんが周囲を見る。
山沿いの農道。
片側には畑。
反対側には木々が広がっている。
人家もあるが、少し離れている。
鳥の声。
風で葉が揺れる音。
それ以外は、特に何も聞こえない。
「神代」
「待ってください」
神代先輩が目を閉じる。
聴覚を強化しているらしい。
「…………」
数秒後。
「います」
目を開く。
「複数の音がしますね」
「距離は?」
「近いのが三。奥にもいる。ただ……」
「ただ?」
「動きが変だ」
神代先輩が森を見る。
「さっきまで近づいてきてたやつが、俺たちが車から降りた途端に止まった」
「警戒された?」
「たぶん」
俺も森を見る。
当然だが、何も見えない。
『右前方』
アナ。
「右?」
言われた方向へ視線を向ける。
木の枝。
黒い影が動いた。
「カラス」
俺が言った直後。
そのカラスが飛んだ。
こちらへではない。
森の奥へ向かって。
「……逃げましたね」
水瀬さんが呟く。
「いや」
神代先輩が言う。
「一羽だけじゃない」
遠くで羽音がする。
一つ。
二つ。
三つ。
森の奥へ広がっていく。
まるで――。
『情報を伝達している可能性があります』
アナが言う。
「情報を伝達してる? カラスが?」
『断定はできません』
分かっている。
でも。
そうとしか思えなかった。
「課長」
「ああ」
鬼頭課長も同じことを考えていたらしい。
「進むぞ。ただし深追いはするな」
俺たちは農道を歩き始めた。
しばらくして、壊された柵が見えてくる。
さらにその先。
「あれですね」
相沢先輩が指差す。
箱罠。
扉は開いていた。
それを見てか、まめ助が駆けだした。
「まめ助!?」
相沢先輩が呼ぶ。
すると、彼は足を止めて振り返る。
「一人で行かないよ」
相沢先輩が微笑む。
まめ助は少し得意そうに胸を張った。
そのときだった。
がさっ。
「!」
左側の畑。
一頭のサルが飛び出した。
「灰谷!」
「はい!」
意識を集中すると、情報が浮かんだ。
「サル! スキル持ちです!」
「内容は!」
「身体能力の――」
最後まで言えなかった。
サルが逃げる。
「待て!」
鬼頭課長が踏み出す。
だが。
「課長!」
神代先輩の声。
反対側。
柵の向こうから、イノシシが飛び出した。
「……っ!」
鬼頭課長が止まり、俺たちを庇うように身構えたが……。
イノシシはこちらへは来ない。
畑を横切るように走っていく。
「二頭!」
水瀬さんが叫び、さらに奥からもう一頭。
「全員下がれ!」
鬼頭課長の声が飛ぶ。
その瞬間。
がしゃん。
背後で音がした。
「え?」
振り返った先に俺たちが見たのは、箱罠だった。
さっきまで開いていた扉が閉じている。
中には――何もいない。
「誰が……」
相沢先輩が呟く。
かさかさ。
罠の裏側から、小さな影が走り去った。
「灰谷!」
「見えません!」
一瞬だった。
鑑定する暇もない。
そして。
森の中から、一斉に音が消えた。
「…………」
神代先輩が目を閉じる。
「離れていく」
「全部か?」
「はい」
鬼頭課長が森を睨む。
「……陽動か」
誰も答えなかった。
けれど。
たぶん全員、同じことを考えていた。
正体を見抜けなかったあの小さな何かが、本命だったんだ。
そして。
目的を果たしたら、全員が逃げた。
「偶然……ですかね」
水瀬さんが言う。
誰も返事をしない。
『偶発的な行動として説明するには、不自然な点が多すぎます』
アナが静かに言った。
俺もそう思う。
だって。
これはもう。
「まるで……」
口に出しかけて、止まる。
「なんだ、灰谷」
鬼頭課長が聞く。
俺は森を見た。
もう動物の姿はない。
でも。
見られている。
そんな感覚だけが残っている。
「……いえ」
さっきの動きを思い返す。
種類も違う。
本来なら、それぞれ別々に生きているはずの動物たち。
なのに。
誰かが合図を出したみたいに動いた。
誰かが。
一つの意思で。
「これ……本当に、ただの野生動物なんですか?」
誰も答えなかった。
森の奥で。
カラスが一度だけ鳴いた。




