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俺の脳内、変なスキルに間借りされてます  作者: 内村一樹
第6章 誰かと、過ごす時間

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第45話 恋人みたいな二人

 クラゲの展示を抜けると、館内の通路は少しだけ明るくなった。


「…………」


 俺は前を歩く二人を見る。


 神代先輩と森崎さん。


 待ち合わせた直後は、人が二人くらい入りそうな距離を空けて歩いていた二人だが、今は普通に隣を歩いている。


 もちろん、肩が触れるほど近いわけじゃない。


 会話だって、まだ少しぎこちない。


 それでも――。


「いい感じだね」


 隣から、小さな声が聞こえた。


 見ると、水瀬さんが同じように二人の背中を見ていた。


「そうだな」

「最初、どうなるかと思ったけど」

「俺も」

「神代先輩、柱に隠れてたもんね」

「あれはひどかった」


 待ち合わせ場所に着いた瞬間、柱の陰に潜んでいる神代先輩を見つけたときは、さすがに呆れたよ。


 でも、今のところ心配していたほどの惨事にはなっていない。


「あ」


 前を歩いていた森崎さんが足を止めた。

 壁の案内板をジーッと見つめてる。


 矢印の先には、屋外展示エリア。

 どうやら、ヒトデやナマコなんかと触れ合えるコーナーがあるらしい。


「行きますか?」


 神代先輩が聞く。


「えっ」


 森崎さんが少し驚いたように振り返った。

 両手を胸元で合わせながら、もじもじしている。


「……少しだけ、いいですか?」

「じゃあ、行きましょう」

「はい」


 二人が歩き出す。


 俺と水瀬さんは、その場に残った。


「…………」

「…………」


 数秒。


 水瀬さんが俺を見る。


「行ったね」

「行ったな」

「追いかける?」

「……必要あるか?」

「ない気がする」


 俺もそう思う。


 むしろ、ここで後ろからついていったら邪魔なんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、水瀬さんが通路の反対側を見た。


「あ、ショップがあるよ」


 小さなミュージアムショップだった。


 水族館の出口にある大きな土産物売り場とは別に、クラゲや深海魚をテーマにした商品が並んでいるらしい。


「ちょっと見てもいい?」

「いいよ」


 俺たちは神代先輩たちとは反対方向へ歩き出した。


 そのときになって、ふと思う。


 あれ。


 これ、完全に二組に分かれたな。


 神代先輩と森崎さん。


 俺と水瀬さん。


「…………」


 まあ。

 ダブルデートなんだから、そういうこともあるか。

 そう納得して、ショップに入る。


「かわいい」


 水瀬さんが真っ先に足を止めたのは、クラゲをモチーフにした雑貨が並ぶ棚だった。


 ハンカチ。

 キーホルダー。

 小さなポーチ。

 ガラスでできた置物。


「水瀬さん、クラゲ好きなの?」

「んー、クラゲ自体が特別好きってわけじゃないけど、こういうデザインは好きかも」


 水瀬さんが手に取ったのは、小さなガラスのクラゲだった。


 透明な身体の中に薄い青色が混じっている。


「部屋に置いたら綺麗そう」

「へえ」

「何、その反応」

「いや」


 こういうのが好きなのか。

 覚えておこう。


 そう思ってから、少しだけ自分の思考に引っかかった。


 なぜ覚えておこうと思ったのか。


 答えは、わりとすぐに出た。


 ホワイトデー。


 今年のバレンタインは、普通のバレンタインではなかった。


 チョコを渡すとか、もらうとか。

 そんな話をしている場合ではなかった。


 だから何か返すなら、こういう物もありなのかもしれない。


「灰谷くん?」

「ん?」

「さっきから、それ見てない?」


 水瀬さんが指さす。


 俺の視線の先には、クラゲ柄のハンカチがあった。


「いや、水瀬さんこういうの好きなのかなと思って」

「私?」

「うん」

「…………」


 水瀬さんが黙った。


「どうした?」

「別に」

「そう?」

「うん。別に」


 そう言いながら、なぜか顔をそらす。


 耳が少し赤い。

 暑いんだろうか。

 館内はむしろ涼しいけど。


「灰谷くんは?」

「何が?」

「何か欲しいものないの?」

「俺?」


 改めて店内を見る。


 水族館の土産物に、俺が欲しい物。


「……魚の干物とか?」

「ここで探す物じゃないと思う」

「じゃあ、海苔」

「スーパー行こうか」


 水瀬さんが笑った。


「灰谷くんって、ほんと食べ物ばっかりだね」

「食べられる物は無駄にならないからな」

「かわいくない」

「実用性は高いでしょ」

「デートで言う台詞じゃないよ」

「…………」


 俺は水瀬さんを見る。


 水瀬さんも俺を見る。


「今、なんて?」

「え」


 水瀬さんの目が泳いだ。


「いや、その……」

「デートって言った?」

「言ってない」

「言っただろ」

「言ってないよ」

「いや、聞こえたけど」

「聞き間違いじゃない?」

「そんな都合よく?」


 水瀬さんがガラスのクラゲを棚へ戻す。


 動きが妙に慎重だ。


「……だって」

「うん?」

「今、二人で水族館歩いてるんだし」


 小さな声。


「客観的には、そう見えるかなって」


 言われて、周囲を見る。


 若い男女。

 家族連れ。

 友人同士。


 その中を、俺と水瀬さんが二人で歩いている。


 確かに。


「普通にデートみたいだな」

「……っ」


 水瀬さんが固まった。


「どうした?」

「灰谷くんが普通に認めると思わなかった」

「なんでだよ」

「なんとなく」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「そういうの全然気づかない人」

「そこまで鈍くないだろ」

「…………」

「なんで黙るんだよ」


 水瀬さんは答えない。

 ただ、少しだけ楽しそうに笑っていた。


 店を出て、俺たちは館内を歩く。

 さっきまで四人でいたからだろうか。

 二人になると、妙に静かに感じる。


 別に会話がないわけじゃない。


「あの魚すごい顔」

「失礼だろ」

「灰谷くんに言われたくないと思う」

「俺、魚にそんなこと言ったことないぞ」

「眠そうな顔仲間」

「誰が仲間だ」


 いつも通りだ。


 会社で昼休みに話しているときと、大して変わらない。


 なのに。


 さっき水瀬さんに言われたせいか、少しだけ意識してしまう。


 二人で水族館を歩いている。

 隣には私服の水瀬さん。

 仕事の話はしていない。

 スキルの話もしていない。


 ただ、魚を見て、くだらない話をしている。


「…………」


 これをデートと言わずして、何と呼ぶんだろう。


「灰谷くん?」

「いや」

「また考え事?」

「ちょっと」

「仕事?」

「まさか」

「スキル?」

「それも違う」

「じゃあ何?」

「……なんでもない」


 言えるわけがない。

 今さらデートっぽいなと思っていた、なんて。


「怪しい」

「怪しくない」

「じゃあ言って」

「嫌だ」

「怪しい」


 水瀬さんが少しだけ頬を膨らませる。

 その横顔を見ながら、俺は思う。


 まあ。

 嫌ではない。


 むしろ――。


「楽しいな」

「え?」


 水瀬さんが振り向いた。


「いや、今日」

「…………」

「水族館。思ってたより楽しいなって、思って」

「水族館が?」

「それもあるけど」


 口にしてから、少し考える。


「こうやって水瀬さんと出かけるのも」

「…………」


 また止まった。


「水瀬さん?」

「灰谷くん」

「何?」

「そういうこと、さらっと言うのやめた方がいいよ」

「なんで?」

「……知らない」


 先に歩いていってしまう。


「なんなんだよ」


 追いかける。


 よく分からない。

 だが、水瀬さんの機嫌は悪くなさそうだった。


 むしろ、耳まで赤くなっている。

 やっぱり暑いんだろうか。


 それから三十分ほどして、館内のカフェ前で神代先輩たちと合流した。


「お疲れさまです」


 森崎さんが笑顔で手を振る。


 待ち合わせのときとは、かなり表情が違う。


「ヒトデどうでした?」

 

 水瀬さんが聞く。


「かわいかったです。それに神代さん、すごいんですよ」

「何が?」

「ヒトデさんたちの声を聞いて、良い撫で方を見つけたんです」

「えぇ……そんなことできるんですか?」


 俺は神代先輩を見る。


「声を聞いたわけじゃないが、まぁ、そうだな。嬉しそうにしてるのが伝わって来たというか」

「先輩、かなり人間離れしてますね」

「今更だろう」


 神代先輩が少し気まずそうに答える。


「おかげで、ヒトデさんたちと仲良くなれた気がします」


 そういう森崎さんは、とても楽しそうだ。


 感覚強化。

 一時期はコピー機の音だけでも体調を崩すほど神代先輩を苦しめていた能力。


 今も完全に問題がなくなったわけじゃない。

 それでも、こういう使われ方もするらしい。


「役に立ったなら、まあ……よかったです」


 神代先輩が照れくさそうに言う。


「はい」


 森崎さんが笑う。


「…………」


 水瀬さんが俺の袖を軽く引いた。


「いい感じじゃない?」

「いい感じだな」


 本日二度目だった。


 四人でカフェに入り、飲み物を注文する。

 俺はホットコーヒー。

 水瀬さんは紅茶。

 森崎さんはカフェラテ。

 神代先輩は――。


「水で」

「水?」


 思わず問いかけた俺に、肩をすくめて見せた先輩は続ける。


「最近、水の旨さに気づいたんだよ」

「なるほど」


 これも感覚強化の影響なのかな。


「で」


 神代先輩が水を一口飲み、俺を見る。


「お前らは何してたんだ?」

「ショップ見て、その辺回ってました」

「二人で?」

「そうですけど」

「……普通にデートしてるじゃないか」

「ぶっ」


 向かいで水瀬さんが紅茶を吹きそうになった。


「ちょっと、神代先輩!」

「事実だろ」

「言い方!」

「いや」


 俺は神代先輩を見る。


「先輩たちも二人でヒトデと触れ合ってたんですよね?」

「…………」

「それもデートじゃないですか?」

「…………」

「どうなんです?」

「うるさい」


 神代先輩が水を飲む。


 森崎さんが隣で笑っている。


「でも」


 森崎さんが言った。


「今日は四人でよかったです」

「そうですか?」

「はい。最初は緊張しちゃって」


 神代先輩の肩がわずかに沈む。


「すみません」

「神代さんが謝ることじゃないですよ。私も緊張してましたから」

「…………」


 二人の間に少しだけ沈黙ができる。


 だが、朝とは違う。


 気まずい沈黙ではない。


 森崎さんがカフェラテのカップを両手で持ちながら、小さく笑った。


「でも、次は……」


 一度、言葉を止める。


「もう少し少ない人数でも、大丈夫かもしれませんね」

「…………」


 神代先輩が固まる。

 俺と水瀬さんも黙る。


 森崎さんの頬が少し赤い。


 こうして見てると、森崎さんって案外、攻めていくタイプなのかも?


「それって」


 神代先輩が口を開く。


「二人でも、という意味ですか?」

「……はい」

「…………」


 長い沈黙。

 返事が遅い。


 神代先輩。

 ここだぞ。

 頑張れ。


 俺が心の中で念を送っていると、水瀬さんも同じことを考えているらしい。

 机の下で握った拳が見えた。


「じゃあ」


 ようやく神代先輩が言う。


「今度は、二人でどこか行きませんか」

「はい」


 森崎さんが頷いた。


 それだけだった。

 それだけなのに。


 隣で水瀬さんが小さく拳を握る。


「よし」

「聞こえてるぞ、水瀬」

「あ」


 神代先輩に睨まれ、水瀬さんが目をそらした。


「なんのことでしょう」

「白々しい」

「よかったですね、先輩」

「灰谷、お前も黙れ」


 森崎さんが笑う。

 つられて水瀬さんも笑う。

 俺も笑った。


 神代先輩だけが、不服そうな顔で水を飲んでいた。


 水族館を出た頃には、外は少し夕方に近づいていた。


 四人で駅へ向かう。


 来たときとは違う。

 神代先輩と森崎さんは、自然に隣を歩いている。

 俺の隣には水瀬さん。


「楽しかったね」

「そうだな」

「また四人で来てもいいかも」

「先輩たちは次、二人じゃない?」

「あ、そっか」


 水瀬さんが前の二人を見る。


「じゃあ、私たちは邪魔かな」

「どうだろうな」


 答えながら、俺も二人の背中を見る。


 たぶん。

 次は、俺たちがいなくても大丈夫だろう。

 むしろ、その方がいい気がする。


「…………」


 となると。

 俺と水瀬さんは?


 そんな考えが浮かんだ。


 今日みたいに、誰かに誘われたからじゃなく。

 二人だけでどこかへ行く。


「…………」


 別に。

 それも悪くない気がした。


「灰谷くん?」

「ん?」

「また考え事してる」

「まあ、ちょっと」

「今度は教えてくれる?」

「そのうちな」

「何それ」


 水瀬さんが笑う。


 駅が見えてくる。

 もうすぐ、今日の四人の時間も終わる。


 それが少しだけ惜しいと思った。


 朝の俺なら、たぶん考えもしなかったことだ。


 どうやら俺も。

 少しずつではあるけれど――。


 今日が「ダブルデート」だったことを、意識し始めているらしい。

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