↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の脳内、変なスキルに間借りされてます  作者: 内村一樹
第6章 誰かと、過ごす時間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/58

第44話 四人で、水族館へ

 待ち合わせ場所に着いて、最初に思ったことがある。


 帰りたい。


「…………」


 いや。


 別に出かけるのが嫌になったわけじゃない。


 むしろ今日は、いつもの休日より少しだけ楽しみにしていた。


 問題なのは――。


「灰谷。お前、なんでそんなところに立ってるんだ」

「神代先輩こそ、なんで柱の陰にいるんですか」

「別に隠れてるわけじゃない」

「半分くらい隠れてますけど」

「日差しを避けてるだけだ」

「地下ですよ、ここ」


 駅構内の大きな柱。


 その陰から顔だけ出している神代先輩を見て、俺はため息をついた。


 集合時間の十五分前。


 俺が待ち合わせ場所に到着したときには、すでに神代先輩がいた。


 いつものスーツ姿ではない。


 黒っぽいジャケットに、白いシャツ。

 細身のパンツ。


 会社で見るよりずいぶん若く見える。


 というか。


「先輩、ちゃんとした格好してますね」

「どういう意味だ」

「いや、もっと適当な感じで来るかと思ってました」

「お前にだけは言われたくない」


 神代先輩の視線が、俺の全身を上下する。


 今日はグレーのニットに黒いパンツ、それから普段より少しまともなコートを着てきた。


 昨日の夜。


 クローゼットの前で十分くらい悩んだ末に選んだ服だ。


「俺もちゃんとしてるでしょう」

「だから言ってるんだよ」


 神代先輩が眉を寄せた。


「お前がちゃんとしてるのが気持ち悪い」

「失礼ですね」


 せっかく考えて選んできたのに。


「……まあ、いい」


 神代先輩がスマホを見る。


 集合時間まで、あと十分。


「森崎さん、もう来るかな」

「来るんじゃないですか」

「そうだよな」

「…………」

「…………」


 神代先輩がスマホを見る。


 三秒後。


 もう一度見る。


「先輩」

「なんだ」

「時間、そんなに早く進まないですよ」

「分かってる」


 分かっていない顔だった。


「緊張してるんですか?」

「してない」

「柱の陰で?」

「だから、これは日差しを――」

「地下ですって」


 今日の目的は、神代先輩と森崎さんの外出に同行すること。


 つまり。


 神代先輩の言葉を借りれば――ダブルデート。


 もっとも、俺としては四人で出かけるくらいの感覚しかない。


 神代先輩と森崎さんが二人きりだと緊張するらしいので、俺と水瀬さんが付き添う。


 それだけだ。


 それだけ、なのだが。


「灰谷くん」


 聞き慣れた声がした。


 振り返る。


「あ」


 思わず、それだけ声が出た。


 水瀬さんが立っていた。


「お待たせ」


 いつもの会社とは違う。


 当然だけど、スーツじゃない。


 淡い色のニットの上に、薄手のコート。

 膝より少し下まであるスカート。


 整ったミドルボブの髪も、普段より少しだけ柔らかく見える。


「…………」

「灰谷くん?」


 水瀬さんが首を傾げた。


「あ、いや」

「何?」

「その……」


 なんと言えばいいんだろう。


 似合ってる、とか。


 かわいい、とか。


 そういう言葉が一瞬浮かんだものの、口に出すとなると妙に難しい。


「普段と違うなって」

「……それだけ?」


「え?」


「ううん。なんでもない」


 水瀬さんが少しだけ頬を膨らませる。


 何か間違えたらしい。


『眠太くん、零点よぉ』


 チャーマの声が頭の中に響いた。

 なんの採点だ。


『今のは褒めるところでしょうがぁ!』


 そういうものなのか。


「でも、似合ってると思う」


 慌てて付け足す。


 水瀬さんが目を丸くした。


「……ほんと?」

「うん」

「そっか」


 水瀬さんが笑った。


「ありがとう」


 今度は正解だったらしい。


 よく分からない。


「水瀬」


 神代先輩が柱の陰から出てくる。


「あ、神代先輩。おはようございます」

「おう」

「……先輩、今日なんか格好いいですね」

「そうか?」

「はい。いつもより」

「…………」


 神代先輩が俺を見る。


「なんですか」

「こういうことだぞ」

「何がですか」

「もういい」


 本当によく分からない。

 そのとき。


「あの、お待たせしました」


 俺たち三人が同時に振り返った。


 森崎さんだった。


 喫茶店で見るときとは違い、今日は私服姿だ。


 落ち着いた色のワンピースにカーディガン。

 肩には小さなバッグ。


 いつも店で会うときとは雰囲気が違う。


「おはようございます」


 森崎さんが少し緊張したように笑った。


「お、おはようございます」


 神代先輩が答えた。


「…………」

「…………」


 沈黙。


 早い。


 まだ挨拶しかしてない。


「今日は、あの……」

「はい」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「…………」

「…………」


 また沈黙。


 神代先輩。


 昨日まであんなに相談してきたのに。


 何もできてないじゃないですか。


 隣を見ると、水瀬さんも同じことを思ったらしい。


 俺たちは一瞬だけ目を合わせた。


「じゃあ、行こっか」


 水瀬さんが明るい声を出す。


「せっかくだし、混む前に入っちゃおうよ」

「そうだな」


 俺も続ける。


「森崎さん、水族館でよかったですか?」

「はい。私、久しぶりなので楽しみにしてました」

「神代先輩も水族館好きなんですよね」

「え?」


 森崎さんが神代先輩を見る。


「そうなんですか?」

「あ、まあ……嫌いじゃないです」


 神代先輩。


 昨日、「静かだし、話題に困ったら魚見ればいいから水族館が一番安全だ」と言っていたじゃないですか。


 好きとは一言も言ってなかった。


「私も好きです」


 森崎さんが笑う。


「クラゲとか、ずっと見ていられます」

「俺も……クラゲは好きです」

「本当ですか?」

「はい」


 お。


 会話が続いた。


 俺と水瀬さんは、もう一度顔を見合わせる。


 なんとなく、二人とも小さく頷いた。


 今日はこういう役目らしい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 休日の水族館は、それなりに混んでいた。


 家族連れ。

 学生らしい集団。

 俺たちと同じくらいの年齢の男女も多い。


 入場券を買って中へ入る。


 薄暗い通路。


 青い光に照らされた水槽の中を、色とりどりの魚が泳いでいる。


「おお」


 思わず声が出た。


「灰谷くん、水族館久しぶり?」

「たぶん十年ぶりくらい」

「そんなに?」

「最後に来たの、高校生のときだったかな」

「私も結構久しぶりかも」


 水瀬さんが水槽へ近づく。


「あ、見て。あれかわいい」

「どれ?」

「黄色いやつ」

「いっぱいいるけど」

「あの小さいの」

「小さいのもいっぱいいる」

「ほら、あそこ!」


 水瀬さんが俺の袖を掴んだ。


 引かれるまま、水槽の前へ移動する。


「あれ」

「ああ」


 岩陰から、小さな黄色い魚が顔を出した。


「確かにかわいいな」

「でしょ?」


 水瀬さんが嬉しそうに笑う。


 そのまま隣の水槽へ向かう。


 俺もついていく。


「…………」


 数歩進んでから、後ろを振り返った。


 神代先輩と森崎さんが、少し離れた場所に立っている。


 二人で同じ水槽を見ている。


 ただし。


 距離が妙に遠い。


 人一人どころか、二人くらい入れそうだ。


「先輩」


 呼ぶ。


「なんだ」

「置いていきますよ」

「分かってる」


 神代先輩と森崎さんが歩いてくる。


 また四人になる。


 しばらく進むと、大きな水槽のある広場へ出た。


「すごい……」


 森崎さんが声を漏らす。


 天井近くまである巨大な水槽。


 大きなエイがゆっくりと頭上を通り過ぎていく。


「神代さん、見てください」


 森崎さんが指をさした。


「あれ、すごいですね」

「本当だ」


 神代先輩が隣へ立つ。


 さっきより距離が近い。


 よし。


 俺が満足していると、水瀬さんが小声で話しかけてきた。


「なんか私たち、保護者みたいだね」

「思った」

「神代先輩、会社だと普通なのに」

「森崎さん相手だと急に駄目になるんだよな」

「灰谷くん、本人に言わない方がいいよ」

「もう何回も言ってる」

「言ってるんだ……」


 水瀬さんが苦笑する。


 そのとき、大きな魚が目の前を横切った。


「うわ」


 俺が一歩下がる。


 同時に水瀬さんも動いた。


 肩がぶつかった。


「あ、ごめん」

「ううん」


 離れる。


「…………」

「…………」


 妙な間が空いた。


 なんだろう。


 会社なら、この程度で気にすることなんてない。


 研究棟では手だって握られた。


 なのに、今日はなぜか少しだけ気になる。


 水瀬さんも同じなのか、視線を水槽へ戻した。


「あのエイ、大きいね」

「だな」

「…………」

「…………」


 会話が下手なのは神代先輩だけじゃない気がしてきた。


『ようやく意識し始めたのぉ?』


 チャーマが楽しそうに言う。


 何をだ。


『別にぃ』


 絶対何か言いたそうだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「次、ペンギンだって」


 館内マップを見ながら、水瀬さんが言った。


「行こう」


 俺たちは展示室を抜け、屋外エリアへ向かった。


 ペンギンの水槽には、すでに人だかりができていた。


「あ、泳いでる」


 森崎さんが楽しそうに覗き込む。


「速いですね」

「水の中だと全然違いますね」


 神代先輩もだいぶ普通に話せるようになってきた。


 さっきまでとは大違いだ。


「よかったな」

「何が?」


 隣の水瀬さんが聞く。


「神代先輩。普通に喋れてる」

「あ、本当だ」


 二人を見る。


 森崎さんが何か話している。

 神代先輩が頷く。


 たまに笑っている。


「私たち、もういなくても大丈夫だったりして」

「それはそれで、今日来た意味なくない?」

「いいんじゃない? 二人がうまくいくなら」

「まあ、そうだけど」


 そう答えたとき。


 水瀬さんが、こちらを見て笑った。


「私は楽しいよ」

「え?」

「今日」


 一瞬だけ反応が遅れた。


「ああ」


 俺も答える。


「俺も楽しい」

「そっか」


 水瀬さんがまた笑う。


 それだけの会話だった。


 なのに妙に耳に残った。


「灰谷くん、見て」


 水瀬さんが水槽を指さす。


「ペンギン、一匹だけこっち見てる」

「ほんとだ」

「なんか灰谷くんみたい」

「どこが?」

「ぼーっとしてるところ」

「失礼だな」


 水瀬さんが笑う。

 俺も笑った。


「おい」


 後ろから神代先輩の声がした。


「何してるんだ、お前ら」

「ペンギン見てます」

「それは見れば分かる」


 神代先輩が、俺と水瀬さんを交互に見る。


 なぜか少し呆れた顔をしている。


「なんですか」

「いや……」


 神代先輩が何か言いかけて、やめた。


「なんでもない」

「気になるじゃないですか」

「そのうち分かる」


 意味が分からない。


 森崎さんを見ると、彼女まで少し笑っていた。


「森崎さん?」

「いえ。なんでもないです」


 なんなんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 昼を過ぎる頃には、最初のぎこちなさはずいぶん薄れていた。


 神代先輩と森崎さんも普通に話している。


 森崎さんが気になる展示を見つければ、神代先輩が一緒に立ち止まる。


 神代先輩が魚の説明を読んでいれば、森崎さんが隣から覗き込む。


 朝の、人が二人は入れそうだった距離はもうない。


「いい感じじゃない?」


 水瀬さんが小声で言う。


「だな」

「これなら次は二人でも大丈夫そう」

「先輩が嫌がりそうだけど」

「そこは頑張ってもらわないと」


 二人で笑う。


 水族館の奥へ進む。


 次はクラゲの展示らしい。


「森崎さん、クラゲ好きなんだよな」

「最初に言ってたね」

「じゃあ、先輩に任せるか」

「うん」


 俺たちは少しだけ歩く速度を落とした。


 神代先輩と森崎さんが前を歩いていく。


 自然と距離が空く。


「…………」


 気づけば、水瀬さんと二人で並んでいた。


「行こっか」

「うん」


 青い照明の向こうで、クラゲがゆっくりと漂っている。


 前には神代先輩と森崎さん。


 隣には水瀬さん。


 朝はどうなることかと思ったけれど。


 少なくとも今のところ――。


 ダブルデートというものは、思っていたより悪くないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。