顔合わせ
西日がデスクを射している。木で出来た天板はニスかなにか塗られてるのか照らつき、その向こう側で女が慣れた様子でペンを走らせている。迷いなく動き、綺麗な文字が書かれていく。オレンジに染まった手は、存外細く薄く
視界の端に映るのは、剥製。虎っぽい頭が飾られている。黒と茶色の縞模。口から手から肘ぐらいの牙が生えている。
「それ、自分でヤったのか?」
「じゃないと示しがつかない。」
俺がやったら、人間か。お前も蝋人形にしてやろうかってな。
「邪魔だけど、らしいでしょ。」
「社長室っぽくて?」
「私が社長よ。」
「おめでとさん。」
「どうも。」
1回死んだのによくやる。
ジンが渡してきた紙束は、うにょうにょした文章がなんかの書式通りに並べられている。
「読める?」
「ああ。田舎で仕込まれたからな。」
あいつに習ったのと大して変わらん。
「どんな辺鄙ところでも同じ言葉習うのよ。」
「便利なもんだ。」
以下甲として、以下乙としてみたいなのが文にある。懐かしいな。
「正社員なのか?」
「好待遇、でしょ。」
「全くだ。でも出来高とか歩合制ってイメージあるんだが。」
「大物取れたら報奨会出すけど、それくらいね。」
「へえ。」
「需要と動物資源が莫大だから、運用が安定さえすればどうとでもなるわ。」
ダンジョンのモンスターが尽きないのは当たり前だしな。
「需要って?」
「軍よ。ここの皮革は鎧として有用なの。」
「鉄じゃないんだな。」
プレートアーマーとか、定番なのに。
「前線でもほとんど見ない。」
「燃費悪くなりそうだしな。」
「月給が金貨30枚、これってつまり何をいくら買えるんだ?」
「パン9800個分。毎日飲む打つ買うで、やっと使い切れるぐらい。」
「パンってずっと同じ価格なんだよな?」
広場のおばちゃんも言ってたな。昨日も明日も同じ値段だって。
「この街だけじゃなくて国全体でそう決まってる。」
「良い国だ。」
「食料の供給という観点で言えば、そうね。でも」
「でも?」
「就業することで、始めて居住権が認められる。」
「働かないと?」
「徴兵。人食い豚が国中に巣食っているわ。」
それ喩えになってないんだよな。
「諸々了解したぜ。」
「なら、これにサインして。」
「おっと印鑑持ってないや。」
「サインだけで大丈夫って言えばいい?」
「そうさ。朱肉だってないしな。」
「血判でもいいのに。」
「勘弁してくれ。」
余さず吸われてそうな気もするからな。心臓は元気に動いているから大丈夫か? なんにせよケアルでダメージ入りそうだ。
「古い書き方ね。」
「練習したんだぜ。」
「いいわ、ようこそ昇陽商会へ。」
油や煤ですっかり汚れた天井。そこから吊り下げられたランプが煙の中で輝く。薄切りになった肉が、スパイスとタレにたっぷりと和えられて、山と積まれている。隣には同じく山盛りにされたパン。こっちも焼きたてなのか、小麦の香りがふんわりと漂っている。
厳ついおっさんどもが居並んで、隣りの女に視線を向けている。
パチパチと油が弾ける音が響く。
「あんた達、今日も無事に稼いできたようね。」
当然だろっていう空気が漂う。
満足そうに頷き
「さて、拾ってきた新入りを紹介するわ。ムジスよ。」
促されたので
「落としものこと、ムジスだ。拾ってもらった恩は返すぜ、特技はぶっ殺すこと、誰かぶっ殺したくなったら頼んでもらっていいぜ。」
「吠えたな若造! 」
毛むくじゃらのおっさんが怒鳴る。
暴力売り物にしてる奴らにこう言えば、そうなるよな。
「余興だ、表出ろよおっさん。」
「バカ言え、すぐのしてやる。」
どうせ後で角付き合わせるんだ。スキップだ、スキップ。
横を見ると止めない。
「俺も混ぜろよ。」
傷だらけのおっさんが、おまけについてくる。俺というより最初のおっさんに突っかかりたい風だな。周りのおっさんねえちゃんも2つに別れていて、牽制したりからかったり。派閥があるわけね。それで喧嘩売っても今は止めない、と。
いつものように剣を引き抜く。
おっちゃん1号は鉈のような分厚い刀身をした獲物だ。ぶっ叩く用だな。2号は長い柄に斧と穂先がついている。ハルバードってやつか。
「はん、まとめてきな。譲ってやんよ。」
また挑発してやると
「抜かせ。」
ガキ相手なんだからノるしかないよな。
目前に迫るおっさん。剣を下に置いて。振り上げて、胴か? 脚か? どっちでもいいか
剣を被せ、ズラして腹に おっさん2号が合わせるように横から斬り払おうとしてくる。どたまぶっ叩こうって? さっさと決めようというのは嫌いじゃないぜ。
一歩前へ、ついでに剣の持ち手を蹴りつけ、間合いの内側に、柄が振り切られる前に
「そこまで。」
剣が落ちる音と共に声が響く。もう刃先はおっちゃん2号の首。
周りの視線は、驚き、不愉快、慄き。
真夜中でも、晴れたように向こうまで見える。電灯があるわけでもないのに。こんなカラダになって残念なのは、真っ暗闇ってのがなくなっちまったことだな。明るい木の下を抜けると
「おかえりなさい。」
星でも見上げて横になっていたのが、起き上がるなり、慕わしげにそう言う。
森の中で、ポツンと開いた場所に白いテントが張られている。新居っていうと馬鹿馬鹿しいが、まあドキドキはするかもしれない。首が疼くし。
「ご飯にする?」
「さっき少し食って来たんだ。」
「いいわ、散歩しましょう。」
手でも取ってやればそれっぽいか。
「お手をどうぞ、お嬢様。」
「ありがとう、ふふっ紳士なのね。」
これは分かるのか? 知らなくても余裕の反応を返してきそうだな。
すっと立ち上がらせる。
木の根を避けて進む。慣れた硬さ、似たような木、どこかで嗅いだような花の香り。いつか肩で切ったようなひんやり湿った空気。
「前と……似たようなとこだな。」
「ええ、遠くに住むことになっても、故郷は想うものでしょう?」
「そうだな。」
見上げれば、木々の切れ間から大きなお月さまと、瞬く星々が覗く。
「でも、違う空だ。」
いつか見上げた星空とは配置が違う。なんなら月の模様が違う。上の空は海老みたいだが、下の空は誰かの横顔だ。
「月の周りに首飾りがあるのよ。」
「ホントだ。」
一際強く輝く星が2、4、6、8つ。月を丸く飾っている。北斗七星みたいなの、どこでもあるんだな。
「地の下に異なる世界がある。」
「地獄とか浄土とか。」
「かつて、それを語る人々がいたそうよ。」
「今は?」
「地上からいなくなってしまった。」
「みんなそっちに行ったのか?」
「私達の手で、ね。」
こわいこわい。
甘ったるい香りが肺まで満たしてくる。月明かりの下で、青白く花びらが輝く。なだらかなに丘がうねり、白い絨毯が向こうまで続いている。
「花冠作ってあげる。」
「そりゃ嬉しい。」
とてとて駆け
こてんと座りこんで来るように座りこむ。
さくさくと編みこまれて
「はい。」
「ありがとよ。」
授けられる
「じゃあ私の分、作って。」
「ええ」
「見てたでしょう? 教えてあげるから。」
「へいへい。」
子どもっぽく笑って促してくる。
しょうがないから俺も作って
「それをね」




