祝祭/シト新生
「これ、渡してきておくれ。」
草臥れて継ぎ接ぎだらけのボロい服に、柄の編まれた布を羽織ったお袋が、籠を手渡してくる。
「お隣さんへの支払いだから。」
中は卵と、漬物だろう。旨いんだよな。ハーブが良い塩梅ですうっと鼻を突き抜けてさ、蕪とか瓜とか色んな野菜が入っててシャキシャキ噛んでて楽しいんだよ。
「了解。」
これがホントのお遣いクエストだ。報酬は特にないが。
ガキどもがこっちにガン飛ばしてきやがる。村のおっさんおばさん連中からも、俺は微妙な扱いされてるからな。なにが悪いというかというとあの女。奴に目をつけられているものだから、腫れ物同然。てなわけでこいつらがそうしてもいいと思うのは理解できるがね。
「おい坊主」
「俺か?」
「へへ、またお伺いか、腰巾着は忙しないな。」
「ちげえな。おっさんのところだ。」
「ちっ、そうかよ。」
「分かったらそこどけ。」
そいつが脚引っ掛けようとしてくるから
踏みつける。
「げっ」
「じゃあな。」
「ちわーす三河屋でーす。」
「なんだそれ、嬢ちゃんのところで習うのか?」
ガタイの良いおっちゃんが奥から出てくる。燻した香りと一瞬にここまでくる。
「ははまさか。ともかくこれを。」
「受け取ったぜ、ああ」
「なにか?」
「少し待ってろ。」
ふうん、珍しいな。
「これ持ってけ。」
受け取ると、柔い。葉で包まれた中には肉の塊がある。ほんのりと香りが残っていて、塩焼きにしただけでも臭みあんまり感じずに食える。
「どうもありがたく。」
「これで貸し借り無しだな。」
今度返せって言うもんじゃないのか
「祭りだから、きっちり始末つけねえとな」
「そんなんあるんすか?」
「お前はそりゃあ、知らされないか。」
「ええ」
「いや悪いことじゃない。そうだな、驚くだろうが楽しみにしとけ。」
「はあ。」
ベッドの縁からなんとなく奴を眺める。ちびっちゃい体を伸ばして、棚からものを取ってる。背中には真っすぐな金髪が流れている。
振り向いて、とことこ歩き出す。
「今日はこれ。」
古びた、でも折れとか皺とかなくちゃんと扱われた本をよこしてくる。開けばむっと甘いような、昔の紙の香りが立ち昇る。
「好きだな。」
「ええ。」
当然のように隣に座って、肩に体を預けてくる。
「じゃあ、読むぞ。」
「うん。」
それは光を遮る屋根もなく、風を防ぐ壁も持たず、獣が蔓延る大地を人々がただあてどなくさまよっていた頃のことです。
深い森の中、2人の兄弟がそれでも身を寄せ合って、1日1日を懸命に生きていました。
それでも、とうとう蓄えが尽きてしまいました。寒さの中抱き合い、次第に熱が過ぎ去るのを感じるまま、ただ無残に時が流れます。
哀れに思った神様は一つのおまじないを兄に授けました。
立ち所に兄は、鳥よりも速く走り、熊よりも力持ちになりました。
その力を振るい、すぐさま弟に肉を分け与え、己は血を啜りました
それからというもの、兄は弟を守り続け、その子も孫も末長く見守り続けましたとさ。
これ、読んでなにが楽しいのか。それっぽい昔話って感じだ。
「どこが気に入って」
「素敵、でしょう?」
「分からねえな。」
「分かるようになるわ。」
煮炊きの音、水が流れる音が聞こえてくる。
森の中にポツンとあるド田舎なのに水道がある。この水がどこからくるのか。向こうということしか分からない。というか予算はどこから?
「ここって税金取られんの?」
「それも前世で?」
「ああ、普通あるだろう。」
「家も土地も、あなた達に贈るの。その代わりに、私達は麦を受け取るの。」
「へえ」
「その繰り返し。ずっと、ずっとね。」
「はい。」
目の前に碗がそっと置かれる。入ってるのは野菜汁だな。ハーブがここまで香ってくる。いつもなら肉とか浮かんでいるが今日はない。いつもゆっくり食うときは1品ずつ出てきて
「今日のメインは?」
「それは」
瞼が落ちて、急に
「お前。」
「な」
知ってる天井だ。さっきまで見てたからな。窓の外は既に夜。ご丁寧に毛布までかけてやがる。おまけになんかいい匂いする。あの女のだ。とすると態々ベッドに寝かせたのか。
物音どころか虫の鳴き声もしない。そこらの家には防音とかいう気の利くものなんてないだから誰かが動いていたらすぐに聞えてくる。ましてや酒盛りしてるおっさんどもだっているのに。飯炊きの匂いもせず、ただただ静かだ。
家に帰っても
「おい、誰か」
いつも面合わせれば突っかかるクソ兄貴も、親父もお袋もいやしねえ。誰もいない食卓を青白い光が照らしている。
だとしたら
強く握り締めれば、柄がいつもと同じ硬い感触を返してくれる。
剣みたいに尖った葉が光漏らさぬ程茂っている。その木々の下、村の外れを行く道を歩く。湿った道には足跡が残っている。大きな足に小さい足に、兎に角たくさん。だから俺も同じように歩く。一歩一歩向こうへ。暗い影の内へ。
森を抜けた先は丘になっている。なにかがあるわけではないが、ここだけ小高くなっていて、木が一歩も生えてない。ただそれだけで、こっちの方にはあまり行かないようには爺さん婆さんどころか、酔っ払いのおやじまで言ってきやがった。
「いらっしゃい。」
醒めた青い夜空に、ちりばめられた星がそれぞれ輝いて綺麗。でもそれすら飾りにもならない。なにせまんまるくて大きなお月さまが、悠々と浮かんでいるから。
「待たせたな、起こしてくれたらよかったんだが」
「終わったら、そうしてもよかったわ。」
目線を下げると
「」「」「」「」「」「」「」
そこには白く縮こまった近所のおっさんおばさんが転がっている。死んだように白い肌をした連中がずらずらと。この調子だと丘の向こうまでありそうだな。さっきからずっとあったけれども。
「どうしてこんなこと」
「知りたい?」
「ああ。」
「来なさい。それから、ね。」
いつものように言ってくる。まるでなにも変わったことなどないように。ひんやりと輝く透明な剣先を向けてくる。
鉈を構える。別に良い奴らではなかったが、死んでしまうほど悪くは、なかったはずだ。
「うおー」
「そうよ。」
他人事みたいに叫んでいるのが聞こえる。馬鹿みたいで声が虚しく空気に溶ける。
八重歯を出して笑い
腕を振るって
クソ、月が綺麗だ。




