職場の風景 (3)
震えそうな手を抑えて、ゆっくりと糸を針の穴に通す。無駄に意識して、余計に力が入っちまう。なにせ針折れたら怒られるから。力が扱えてないってな。やれって言われたとき、この次は牛乳配達かと思ったもんだ。
でも他の修行は普通に虎の穴だったな。失敗する度、生首抱えられながら、奴が逐一解説してきやがるんだ。それの言葉にし難さよ、誰かに教えてやりたい。なにが酷いかって、首がくっつけばそれでおしまいのところ。普通怖いとか痛いとか残るもんだろうに、無いんだぜ。昔自転車で派手に1回転した時だってしばらくブレーキ握る度にビビったけれど、今や死ぬほどの怪我なんて、膝擦りむくくらいなのさ。
白い布地に、針を通して、表から裏に。裏から表に。水色の糸を刺繍していく。
こいつの角って、よく泡立った生クリームの角と同じくらい丸かったよな。横目に見た、緑色のボウルに入った幸せの塊。今でも作っているのかな。スポンジは正直パサパサだったが、クリームは気がきいていたな。ほどよくもったりしていて、クドい一歩手前の甘さ。家中漂うバターのこってりした香りなんて、今でも鼻の中に残ってるようだ。前の身体なんて、骨の一欠片だって残ってないけど。
「ね、なにしてんの?」
給仕のねえちゃんが、不思議そうに話しかけてくる。赤いブラウスに、ロングスカート。コスプレしてるみたいだ。そういうカフェっぽいが社食だ。昼下がりの、まばらに席が埋まっている。居るのは、野良仕事が一段落ついたご近所さんが主。他の連中は大概仕事。もちろん休みの奴だっている。その内の1人な俺はここでぬいぬいやっている。
「修行だよ。」
「修行? いいところのお嬢さんみたいなことして強くなるの?」
「こうやって、布地と向き合って集中力養うのさ。細かい力加減に慣れるのってのもある。」
「へえ。」
「それに装備の繕いは、戦士の務めなんだよ。」
これは奴に言われた。
「それ、剣だのコートだのっていうのかい?」
「これを濡らして、寝てる相手の口元に置くんだ。そうすると息ができなくなって、死んじまう。」
「怖いこと言わないでちょうだい。」
「悪かった、冗談さ。」
「というかにいさん、強いだから、そんなことやる必要ないじゃないかい?」
「まあね。」
正面からヤッた方が速いのは確かだ。したところで楽しくはないが。それにしょぼい経験値なんてちまちま稼ぐもんではない。やるなら塵が山になるまで集めさせないとな。
万一殺したところでお咎め、与えられる奴がいるのか?
「時間いいか?」
「ああ、何の用だ?」
いつか見た女だ。向こう傷のねえちゃんだな。
「訓練の相手をしてほしい。」
俺を上手いこと使おうって? 嫌いじゃないね。そりゃ中ボスの取り巻きと安全に戦えるんだから、これをしないってのはないよな。
「おりゃ良いがお伺いは立てた方がいいじゃねーの?」
「もうやった。」
「いいぜ、行こうや。」
「助かる。ところで」
「あん」
「それは」
ほぼ出来上がったハンカチが広げられている。青いあいつだ。地が緑ならもっとよかったな。
「マスコットさ。かわいいだろ。」
「そうだな。」
ガスマスクは今でもドラクエの絵、書いてんのか?
向こうは真剣によく手入れされた革鎧と、ガチンコ装備ってところ。とはいえ向かい傷、髭もじゃ、のっぽ、ハゲとあんまり強そうな面子には見えない。こっちの手元には木刀。真面目にやってても、砕かない程度の力で握り続けないよう意識し続けるのがハンデってところ。
連中の方が背高いから、上目遣いになっちまう。それを誤魔化すように
「来なよ。」
精々偉そうにゆったりと、声も気持ち低めに。声変わり前だから、カッコつかないけど。どうせ倒されるなら偉そう奴強そうな奴の方がカッコがつくよな。
相手に先手を打たせた方が楽だと、指導されている。攻めることで頭がいっぱいのやつに1手先を取って崩すっていう理屈だ。確実に先手を取れるからな。スペック的に。
のっぽがいの一番に突撃、そのまま振り下ろし
踏み込んで
ガラ空きの腹に一発入れて
このまま首に、髭もじゃが時間差をつけて突っ込んでくる。無理してとどめを刺してもいいが、ノーダメを目指そう。
避ける。
さらに追撃は、後ろから影が伸びる。でかいハンマーだ。重さでMPの消費を速めようってことか。ガキ相手なんだからもう少し躊躇してもいいだろうに。腰を据えて、思いっきり振り下ろしてくる。
半歩ずれる。
纏わりつき、損害を避けつつ、ちまちま攻撃してMPを減らそうってわけね。何回か見たようなやり方だ。定石なのか。
矢が飛んでくる。所詮カスダメだろう。うっとうしい。
横合いから剣が。痛そうな剣だ。無駄にギザギザトゲトゲがついてやがる。普通の剣で斬られるよりはダメージが大きそうだな。複雑な傷は治すのに余計MPかかる。
内側に入って、刃に添えて落とす。
カバーに走る奴ら。
最初の配置に戻る。
今度は俺から。ゆっくり歩く。
気合い入ってる目が8対向けられる。
ひたひたと、草を優しく踏みしめる。どれにしようかな。気持ちの良い青空に、爽やかな風が吹きすさぶ。のっぽは今度は腹に喰らわないよう低めに構えて、向こう傷は自然に
焦れたのか、髭もじゃが向かってくる。後に続いて、のっぽが走る。
自分でミスを他人がひっ被るなんて嫌だよな。
さっきと同じように、目の前走って来る奴を見ながら
横へ、肋に突き入れる。のっぽがびっくりした顔を見せる。こっち来るとは思わなかったか? 目ん玉に矢が、遅いな。
残った髭もじゃと向こう傷が纏めて、来る。
一歩前に。真ん中で、2人がお見合い状態に。バレーかよ。
向こう傷の方へ。辛うじて剣をこっちに構えるがそれだけ。ひっついて無理やりハゲの方へぶん投げ
最後に残った髭もじゃを
さっと近づいて
木刀でぶん殴る。
辺りは死屍累々。真ん中でガキがふんぞり返っている。所定の性能を発揮したって感じだ。そのモビルスーツの性能のおかげだということを忘れるなってところ。




