第9話「ベルゲンからコペンハーゲンへ」
弘明がフィヨルドの街ノルウェーのベルゲンからデンマークのコペンハーゲンへ入ったのは、10月6日の土曜日のことだった。ベルゲンでの2日間、弘明はコンテナを扱う船会社を訪問してコンテナ金物の営業を行った。
あと残すのはコペンハーゲンの船主の2社だけ。それで弘明の予定は全て終わり、日本へ帰国出来ると思うと、ようやく弘明の心にも余裕が出て来た。
1ヶ月ぶりに帰る我が家、すぐにでも思い出すのは味噌汁と塩鮭の朝食。
(解した鮭をご飯にのせて、熱いお茶を掛ければ……)
と頭に描いただけで旺盛な食欲が湧いてくるのだった。
そのせいか降り立った空港もどこか明るく感じられた。なぜだろうと思うにつけ、あちこちに旗めく赤地に白十字の国旗、鮮やかな色合いがどこか日の丸に似ている。
それに空港の職員や、乗ったタクシーの運転手の応対にも陽気さが感じられた。思えば嵐の中で着陸したロッテルダムや、日の暮れに着いたハンブルクやベルゲンと違って、まだ陽のある内についたせいもあるのだろう。
空港から乗ったタクシーはまたベンツで、宇佐美の紹介で予約したホテルへ向かう。フィヨルドに切り開いたベルゲンの町と違って、窓の外はなだらかな丘ばかり。市内へ入るにつけ、アンデルセンの街は穏やかだった。
ホテルは港近くのアドミラルホテル、かつて倉庫だった上屋を改造した建物で、外装もハンブルクの様な厳つさはない。やはり古風なのだが、三角頭巾を被った様な大きな図体は愛らしくもあった。
狭い車止めでタクシーから荷を受け取り、ロビーへ入ると中は近代的な装い。
ただ剥き出しの太い柱や梁が、いかにも中世の雰囲気を残していた。
小型のエレベーターで5階へ上がると古い構造に囲まれ、部屋の中はログハウスの様でもあった。
ベッドに座ってみればいかにも居心地良く、弘明はすっかり気に入った。
だがロビーに届いていたファックスを読むにつれ苛立ちが募るばかり。
営業は夜討ち朝駆けが常とはいえ、出張中でも容赦しない上司のやり方に憤りを覚えながらも、弘明はひとつひとつ片付けていった。だが一見は放置するとか、五洋の件は所掌外とか、それでなくとも読み辛い次長の手書きは腹立たしかった。
(いったいこの人は何を考えていのか)と、罵りたくなるような思いに弘明は、せっかく居心地の良かった部屋も閉塞感に包まれていった。
(つづく)




