第8話 (その4)
第二次世界大戦後ドイツは東西に分断され、昭和59年(1984)当時ハンブルクはまだ西ドイツだった。東西ドイツが統合されるのは5年後のことである。
戦後生まれの弘明に取って男の言ったことは想定外であり、過去の歴史でしかなかった。元来歴史が好きで本を読んできた弘明でさえ、その程度である。
小学校から歴史を教えている日本だが、教科書は必ず古代から始まり近代から現代は三学期で尻すぼみとなる。戦後が遠くなるにつれ、日本がアメリカと戦争したことや、そのアメリカが原爆を落とした事も忘れ去られる。
戦争を経験した世代を親とする弘明だが、日本の高度成長と共に歩んできた中で戦争を意識したのは広島長崎の原爆と終戦記念日位のもの。悲惨なベトナム戦争があったが、どこか他人の不幸としか見ていなかった。
だがバーの男達は、「今度はイタリア抜きで戦おう」と言った。歳恰好からして戦争経験者に違いないが、酔った上での冗談としても強烈だった。
(日本より先にギブアップしたのはドイツだろ)
と、思ってもみない感情を覚えた弘明は、戦争を知らない自分でさえ何か怨念の様なものが心の中に淀んでいることにぞっとした。
人の怨念というものは、どこか土臭いDNAとして伝わるものなのか。
何かの本の影響か、誰かに聞いた知識なのか……と、弘明は混乱した。
(かつてこの街も、連合国の空爆で地獄と化したのか)
ベンツのタクシーの中から窓の外を見やる弘明は、身を預けた革張りシートの冷たさに自分の体温が奪われていくのを感じていた。アルコール度の高いドイツビールを飲んだ筈だが、もっときつい物を飲みたい思いだった。
(あと1週間、とにかくホテルでファックスして……)
混沌とする頭の中で予定を考えて、なんとかモヤモヤを消そうとした。
あと1週間経てば日本へ帰れると、なんとか自分に言い聞かせてみた。
だがどこか疲れているのだろう、モヤモヤは晴れるどころか、返って日本のことを考えると部長や次長の顔が浮かんでくるのだった。
アメリカで時差ぼけの調整に失敗し、そのまま欧州へ飛び込んでしまった。
頭の中の時計を調整しようとすればするほど、身に備わった時計が抗った。
現実を受け入れようとする自分が、それでも抗おうとする自分を見ている、そんな気がする弘明だった。
(第8話おわり)




