第8話 (その3)
立ち寄ったバー、中にいた男と女、さてどうなる!
「Could you call a taxi?」
こんな所に長いは無用と弘明は女性に車を頼んだ。
女は歳の頃なら三十五六、七三に分けたブロンズヘアー、幸薄そうなのだが広い額に聡明さを感じさせた。癖なのか、耳を介してカールする髪に手をやる仕草が色っぽい。
「Why not. Its takes 30-40 minutes」
三四十分、と言いたくなるのを弘明は我慢した。
だが彼女の即物的な反応に弘明は鼻白む思いがした。
「あっそう」と素っ気なく言うと、すかさず彼女が突っ込む。
「Sprichst Deutsch?」
と、英吾ではないが意味を悟った弘明はノーと慌てた。
すると彼女は、
「ああそうって言ったじゃん」
と伝法な物言い。
とにかくビールを頼むと、ついでに、
「ドイツ語も、あっそう?」
と聞き返すと弘明に、
「Yes. Did you say "yes"?」
と、彼女は笑顔で言う。
彼女の表情に絆された弘明に、「Ah so!」と脇から声が掛かった。
男は最初から弘明に興味があったのだろう。だがその一声に他の男が呼応して、皆次々に「Ah so!」と叫び始めた。
ただドイツ人の「Ah so」はどこか違う。よく聞けば、彼らは息を吸いながら「Ah」と叫んでいるようで、どうも弘明のそれとは違っていた。
それはともかく、あっという間にカウンターの男らは打ち解けて、あれこれと弘明に聞いて来るのだった。
「お前は日本人だろう、どこから来たのだ?」
「どこのホテルに泊まっているのだ」と、話は尽きない。
カウンターの女は、弘明の出現で客のお代わりが増えたこともあり、満足気に動きまわっていた。弘明も男達との話で暇を持て余すことはなかった。
やがてタクシーが店の前へ来て、弘明は勘定をドルで済ませると、かなり酒の回った男らに別れを告げた。
良く見るとカウンターで酒を飲む男らは皆年輩だった。
恐らく弘明の親よりも、老けているように感じられた。
最後に脇の男が座ったまま弘明の握手を求めて言った。
「今度はイタリア抜きで戦おうぜ!」
それを聞いた弘明は意味が分からず、返事に戸惑った。
店の前からタクシ―に乗って、弘明は男の言葉を反芻した。思えばさっきまで男と戦艦ビスマルクのことを話していた。
――あの戦艦は川向うの造船所で建造された。俺はそこへ勤めていた――
と、確か男は言った。
弘明の脳裏に、レストランから川向うに見えた造船所のシルエットが、改めて浮かんでくるのだった。
ハンブルクの街もそろそろ、次はノルウエーへ!




