第7話 (その2)
「なにか……ありましたでしょうか?」
「あんまり言いたかなかばってん、ちょっと酷か」
「えっ……1025番船の件でしょうか?」
「そうそう、ドイツの船主やけんGLの計算ば頼んだとさ、そしたら――そんなもの関係なかの一点張りやけん」
普段は怒っても救いのある物言いをする人だが、今度の場合は取り付く島がない。吉岡の物言いが窺い知れた。またか、と思いながら弘明は話が終わるのを待った。
吉岡は四十半ばで弘明より5年前に入社。それ以前は造船所の船殻設計にいたという。芙蓉では村上の下で戸塚とタグを組みコンテナ金物のエキスパートだった。弘明が技術的なノウハウを教わったのは、この吉岡だった。
彼はなにしろ難しい人だった。戸塚の退職後、弘明は半年も経たない内に体調を壊した。出勤途中で連日腹痛を起こし途中下車でトイレへ駆け込む始末。医者で診てもらうと自立神経失調症と言われ、薬に頼ったのだった。
だが仕事とは面白いもので、がむしゃらに働くことで吉岡の呪縛から逃れた。売上を伸ばす弘明に周囲の注目が集まり、その結果吉岡からの横槍は減った。ただ数字が全てとなるにつれ、組織は更に息苦しくなっていた。
上にへつらい下にあたる吉岡の性癖は、顧客にも向けられた。なにしろ造船所よりも規則を熟知した吉岡は、上場企業の設計課長など歯牙にも掛けない。自分の言うことを聞けば良いと、何人をも寄せ付けないのだった。
「すみません、GLの方は私がなんとかしますので……」
弘明は平謝りするしかなかった。
荒木課長は2年前、船主の紹介で弘明が初めて五井造船を訪ねた時、商社マンに用はないとけんもほろろ。だが誠実に話をする弘明に態度を変え、結果三千万円超の注文に繋がり、芙蓉貿易は五井に取引口座を獲得したのだった。そんなVIPを失う事は、組織として許される筈がなかった。
事を納めて電話を切ると、さっそく五井から届いたファックスに英文で注釈をつけ、宇佐美に渡したのだった。芙蓉オランダの事務所で、弘明は懐かしい長崎の空を思い浮かべていた。
それは夢破れた船造りの仕事を、五井造船に委ねているのかも知れない。
二度と夢を失いたくないと思う弘明は、村上部長へのファックスを認めた。
] まず予定を変更してドイツへ向かうこと。
そして1025番船の売上は、恐らく五千万円を超えるとした。
(これで文句はないやろ)
と、腹を括る弘明だった。
(つづく)




