第9話
「無事か? 管理人?」
「あ、はい……六花も怪我はないようです」
「……そうか」
そう答えると、マオさんは何かを思い出したのか気まずそうに顔を逸らした。
魔物を倒したその直後は、いつも通りの瞳をしていたと思ったけれど。
私は眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「——ギィア! ギィア!」
だが、マオさんの態度に疑問に思っている暇は今はない。
「ま、マオさん! 前! 前!」
黒い靄から次々に魔物が生まれてくると、私たちの方へゆっくりと歩いてくる。
「——まずはここの掃除だな」
マオさんが手のひらを上に向けた。
すると漆黒の炎が灯った。
その炎は闇そのものを切り取ったようで、内部では紫の稲妻がバチバチと弾けていた。
周囲の景色は陽炎のように揺らぎ、見ているだけで肌が粟立つほどの圧力だった。
次の瞬間——。
マオさんは身を沈めると、漆黒の炎を地面に叩きつけた。
炎はマオさんを中心として、ぐるぐると渦を巻くと一気に火焔の竜巻を形成する。
紫電を纏った業火がうねりを上げながら、魔物達を次々に飲み込んでいった。
「ギィァァァァァア!!」
魔物達の断末魔が響き渡る。
肉は焼ける間もなく崩れ、骨も残らず灰となり、次の瞬間には塵となって消えていった。
黒いモヤモヤも吹き飛んでいた。
「……すごい」
唖然とした口調で隣にいた六花がそう呟く。
私も同感だ。
まさかマオさんがこんなにも強いとは。
いや、魔王だとは知っていたけど、ここまでとは想像もしていなかった。
「助かりました。マオさん」
「……あぁ……まだ安心はできないがな」
私はお礼を言うと、マオさんはこっちを見ずに何かを警戒するかのように周囲を見渡していた。
「あの……マオさん。さっきのモヤって?」
「瘴気だ。あのモヤが発生するとそこから邪悪な魔物が産まれてくる」
そう言うとマオさんは何かを見つけたかのようにアパートの床下にある通気口を覗く。
「ここか」
なんとなく私と六花も覗いてみると、床下にはさっきと似たような瘴気が薄く漂っていた。
「ヒィ!」
「落ち着け。漂ってはいるが薄い。害はない」
「で、でもまた濃くなるんじゃないんですか?」
「その通りだ。管理人。だがここからでは完全に消すのは難しそうだ。一旦散らすしかあるまい」
そういうとマオさんは手のひらを通気口に向けると、魔力を放出する。
一瞬にして床下に漂う瘴気は霧散し、中が
はっきりと見えるようになった。
「これでひとまず安心だ。しばらくは魔物も生まれてこないだろう」
マオさんは立ち上がると、服についた埃を払った。
「……ありがとうございます。マオさん。でも……」
考えてみると、おかしい。
だってユウカちゃん達の話では、瘴気は魔王がいることが原因なのだから。
「管理人の考えていることはわかるぞ。私が原因だと思っているのだろ? マッチポンプだとな」
「そんなことは……」
そう否定しかけて、私ははっきりとマオさんの顔を見た。
「はい。その通りです」
「ちょ……ちょっと……ま」
六花が私の肩に触れて止めようとするが、私は無視して続ける。
「マオさんは瘴気を出せるんですよね? それでユウカちゃんの故郷を滅ぼした」
マオさんは黙って私を見つめる。
その目は冷たく、どこか乾いているようにも見えた。
「この瘴気もマオさんが原因なんじゃないんですか?」
「仮にそうだとしたら?」
「…………もうここに来ないでください」
「え……? ち、ちょっと……!」
肩を掴む六花の手に力がこもる。
それでも私は視線を逸らさなかった。
私はこのアパートの管理人。
アパートを危険から守るのは、当たり前のことだ。
「……そうか」
マオさんはしばらく私を見つめた後に、やがて小さく頷くと背を向け自分の部屋へ歩き出した。
「え……ちょっとパ……待ってよ!!」
六花が慌てた様子でマオさんを追いかける。
「ねぇ。本当にいいの?」
マオさんは無視して歩く。
「本当にマオさんが原因なの?」
マオさんは何も言わない。
「ねぇ。もっと話したいことがあったんじゃないの?」
「————そうよ。魔王。境歌に話すことがあるんじゃないの?」
マオさんの動きが止まった。
「……ユウカちゃん……」
マオさんの目の前にはユウカちゃんが行く手を阻むように立っていた。




