第10話
「……ゆ、勇者か」
バツが悪そうにマオさんは前方のユウカちゃんに向かってそう言った。
「ごきげんよう。魔王。魔王城ぶりね」
「え……!?」
ユウカちゃんの発言に私は思わず驚きの声を発した。
そうか。ユウカちゃん。とうとう魔王城に辿り着けたのか。
でもなんでだろう。
なんとなくだけどユウカちゃんはひどく疲れている様子だ。
「それで? あの件はどうなった? しっかり話した?」
「い、いや……」
「何? まだ話してないの? はぁ。これだから魔王は」
「それはだな……その前にしなければならないことが——」
「は? あのことよりも重要なことなんてあるわけないでしょ」
何故かユウカちゃんがマオさんに食ってかかり、当のマオさんは返す言葉もなく押されていた。
こんなにタジタジして慌てふためいているマオさんは初めて見た。
「ほら。魔王。ターンライト」
ユウカちゃんが指をクルクルと回す。
「ググ……」
マオさんはその仕草に言葉を詰まらせ、身体が震えていたが、やがて大きくため息を吐いた。
諦めたように肩を落とし、マオさんはゆっくりと振り返った。
「管理人……」
「あ、はい?」
「その……なんだ……」
顔を顰めて、とにかく言いづらそうだ。
「す、すま……」
「すま? スマホがほしいんですか?」
「ち、ちが……あぁ。ええい! つまりこれだ」
マオさんはヤケクソ気味に頭を掻きむしると、バッと頭を下げた。
「すまなかった」
「…………え?」
私は目をぱちくりとさせ、マオさんを見つめる。
——なんの話?
「あ、あぁ。そういうこと……」
後ろで納得したように六花は小声で囁く。
——え? 何? どういうこと?
「え? え? な、何? なんですか? 急に……やめてください。マオさん」
私は突然のマオさんの謝罪にプチパニックを起こす。
「勇者から聞いた」
「え?」
「管理人が使っていた箒。あれはキキョウのものだったのだな」
「キキョウ? ……っておばあちゃんですか?」
狭間葵境。
私のおばあちゃんの名前だ。
「おばあちゃんを知っているんですか?」
「我々の世界では知らぬ者はいない。数々の伝説を残した天才魔術師だ。彼女の名がなければ歴史を語れぬほどの存在だ。——そして私の友人でもある」
——マジか……。
いや、おばあちゃんも生前、自分のことを天才魔術師って言ってたし、なんとなく異世界の住人だったことは本当なんだろうな、と察していたけど。
まさかマオさんと友人だったとは。
え。ということはマオさんはかなりのご年齢?
「失礼ですが、マオさんっておいくつなんですか?」
「……百を超えてからは数えてはいない」
だいぶご高齢だった。
「それで……どうだ?」
「え? 何がですか?」
マオさんとおばあちゃんの関係が衝撃的すぎて、すっかり話が抜けてしまった。
だが、マオさんはそんな私を見ると、肩を落とし頭を下げた。
「そうか……そう簡単に赦されるものではないと思ってはいたが……そうだよな」
ひとりで納得したようにボソボソと呟くマオさん。
マオさんが何を言いたいのか、全くわからない。
口下手なのは知っているけど、いつも以上に要領を得ない口ぶりだ。
それなのにマオさんの中で勝手に話が進んでいく。
んー。なんだかイライラしてきたぞ。
「管理人の言う通り、もうここには来な——」
「マオさん!!」
思ったよりも強い口調で叫んでしまった。
「さっきからなんなんですか?
ボソボソボソボソ自己完結したりして、一体なにが言いたいんですか?」
私は一歩前に出る。
「い、いや。だから謝罪を……」
マオさんは一歩後ろに下がった。
「何に対してですか?」
「それは、だから、その……とにかく落ち着いてくれ」
「至極落ち着いてますよ。私は。
マオさんこそはっきりしてください。魔王なんでしょ!?」
「魔王かどうかは関係ないだろう」
「じゃあなんなんですか!?」
「なにって……それはさっき伝えなかったか……?」
「あぁー!! もう!! だから!! それを!! はっきりと!! ————」
「ス、ストップ! ストーップ!!」
あまりにも話が通じないマオさんに、とうとう拳が出そうになる寸前、六花が突然、間に入ってきた。
「何? 六花。今、忙しいんだけど」
「いや、ごめんね。そうだよね。でもこれじゃあ話がもつれるだけだと思ったからさ」
そう言うと六花はマオさんの方を向いた。
「マオさん。マオさんは箒を壊しちゃったことを謝りたかったんだよね?」
「…………あぁ。そうだ……」
マオさんはバツが悪そうな表情で頷いた。
(え? 箒?)
あ。だからおばあちゃんのことを言ってたの?
というか箒のことって。
「そんな今更……?」
「……ッ! あぁ! 違うんです。マオさん!
境歌が言ったのは今更とかじゃなくて、そ、そう! 今腹です。お腹空いちゃったのかなぁ……! あはは」
私がボソっと呟いた言葉を聞いて、六花は慌てて変なフォローをし出す。
だが、マオさんにはあまり響いていない様子だ。
さっきよりも一段と項垂れている気がする。
「確かに事実だな。今更、謝って済むものではない。私は遅すぎた」
「だ、だから謝罪が遅いとかそういうわけじゃ——」
——んんん?
私は首を傾げる。
なんかまだ噛み合っていない。
マオさんが謝罪したとかしていないとか。
いつそんな話になったのだ。
「そもそも謝ってもらったじゃないですか」
私の声が響き、静寂が包まれた。
(なんか知らないけれど、みんな驚いてる? え、なんで?)
「私の部屋の扉にかけてあった袋。あれ、マオさんですよね?」
箒が壊れてから、毎日のようにかけられた袋。
クラーケンのゲソとかスライムの塩辛とか。
私の好きそうなものが欠かさず入っていた。
あっちの世界ではゲテモノらしいし、準備するのは大変だろう。
それを毎日やっていたのだ。
謝罪じゃないとしてしまうのは、逆に失礼だ。
(おかげでちょっと太ったけど……)
「だからあれで終わりです。済みです。
今更謝罪されてももうとっくに許してますから」
「そうなのか……?」
「もちろん」
無表情ながらも心配そうな顔をするマオさんに、私は大きく頷いた。
「そうか……そうだったのか……」
マオさんから緊張感が抜け、噛み締めるように何度も頷いた。
ユウカちゃんや六花も、私の言葉に安堵している。
漸くいつもの空気が流れたような気がした。
でも。
「——とはいえ瘴気に関しては別です」
「……!」
私がきっぱりそう言うと、マオさんはまた顔を強張らせた。
「ちょっ……ちょっと境歌?」
ユウカちゃんが戸惑うように私の名前を呼んだ。
でも当然だ。
マオさんの謝罪は受け入れる。
けれどマオさんがこのアパートに危害を加えるかもしれない危険な人物であることには変わりない。
今回だって瘴気が急に出て、危うく私も……六花も死ぬところだったんだから。
「……それについてひとつ訂正したいことがあるが、いいか?」
そこで、いつもの冷静で朗々とした態度に戻ったマオさんが口を開いた。
「なんでしょうか?」
「瘴気は私ではない」
「…………はい?」




