第7話
前も話したかもしれないが、私は特別おばあちゃんが好きだったというわけではない。
もちろん嫌いというわけでもないし、会えばそれなりに楽しく会話していた気もする。
おばあちゃんはそれなりに私のことを気に入っていた気がする。
会うと楽しそうにいろんな話をしてくれたから。
『おばあちゃんは実は人生二回目なんだよ』とか。
『二回目はこっちの世界でいうファンタジーの世界で生きていたんだ』とか。
『自分で言うのもなんだけど、天才魔術師とか言われててねぇ。だけどこっちの世界がやっぱり恋しくてねぇ』とか
『でもちょっと失敗しちゃってね。だからアパートを作ったんだよ』とか。
どう考えても嘘みたいな話を嬉々として話してくれた。
まぁ実際、おばあちゃんの話は本当だったみたいだけど——とこのアパートを見ながら思う。
もしかしたら自分が死んだ時にこのアパートを私に託そうと既に考えていて、そういう話をしてきたのかもしれない。
それを差し引いたとしても、おばあちゃんに愛されていたという自覚が私にはある。
そうじゃなければ、このアパートの管理人を引き受けるなんて面倒臭いことをしていない。
恩返しというわけじゃないけれど、さすがに長年私を好いてくれていた人の願いを反故にするなんて、私には到底できなかった。
——おばあちゃんの形見の箒も同じような気持ちだ。
高校卒業までの間毎朝アパートの掃き掃除をするというのが、おばあちゃんの頼みだ。
「————……結局出来なくなっちゃったな」
「なにが?」
——あ。ユウカちゃん。
「おはよう。境歌。どうしたの? アパートの階段でずっと座って」
ユウカちゃんは首を傾げて不思議そうに私を見ていた。
そんなユウカちゃんに私は優しく微笑む。
「まぁ。やることもないしね……箒も壊れちゃったし」
「……でもあれからも毎朝、外には出てるのね」
あの日から——箒が壊れた日から一週間が経過していた。
箒が壊れてからも私は毎朝アパートの外に出ては、少しずつ溜まっていく木の葉を見守っていた。
別の箒で掃除をすることもできたけど、なんとなくしたくなかった。
「ユウカちゃんはどうしたの? しかもひとりで。珍しいね」
「あぁ……まぁ。なんとなく? たまにはこっちでゆっくり過ごしてもいいかなって思っただけよ……」
わざとらしく濁してはいるが、おおかた私を心配してくれて来てくれたのだろう。
全く素直じゃないんだから。
——けど。
「私は大丈夫だよ。ユウカちゃんにも謝ってもらったし、たかが箒なんだから」
「たかがじゃなさそうだから様子を見に来たんだけど……」
「ん? なに?」
小声で何かボソッと言った気がしたけど、風が騒がしくて聞き取れなかった。
けどユウカちゃんは固く笑みを浮かべて首を振った。
「ううん。なんでもないわ。それで魔王は?」
「あぁ……そういえば最近見かけてないな」
あの日以来、マオさんを見かけることはなくなった。
箒が折れた瞬間、ユウカちゃんや六花は心配して私に声をかけてくれたし、謝罪もあった。
けれど、マオさんはその場で立ち尽くし、しばらくすると私に話しかけることなく帰ってしまった。
——箒を折ったことが余程ショックだったのだろうか?
マオさんはその日以来、顔を合わせようともしなくなった。
「あ、でも私の部屋の扉に毎日、袋がかけられてるんだよね」
「袋……?」
ユウカちゃんが不審そうに首を傾げる。
「うん。なんかクラーケンのゲソとかスライムの塩辛とか」
「え……嫌がらせ……?」
「ううん。私の好物」
「え……?」
ユウカちゃんが真っ青な顔をしてドン引きしたのがわかった。
——美味しいのに。
「で、でも境歌? そんな私達の世界しか無さそうなゲテモノ……もとい珍味を持ってこれるのって」
「うん。マオさんしかいないかな……たぶんお詫び?」
「……なら直接会いに来なさいよ」
ユウカちゃんは憤りを感じているように顔を顰めて、ボソッと呟く。
「はは……いや、でもたかが箒だし……」
「……本当にそう思ってる?」
「え……?」
胸の辺りがチクっと痛んだ気がした。
「う、うん。そうだよ。たかが箒。だから折れちゃっても問題ないよ。また新しいのを買えばいいだけだし」
「そう言う割には、新しいのを買っている様子はなさそうだけど?」
「それは……面倒くさいからだよ」
うん。そう。面倒くさいから。
箒だって安くはない。わざわざホームセンターまで行って買うのも億劫だし。
「……じゃあ折れた箒を捨ててないのも面倒くさいから?」
そう言って見せてきた物を見て、私は目を丸くする。
「ユウカちゃん……いつの間に?」
「境歌が小一時間ぼーってしてる時に、物置で見つけたわ。もう日も経ってるしとっくに処分してあると思ったのに」
「それは……」
「なんなら私があっちの世界で処分してきましょうか?」
「やめて!!」
私の声とは思えないほどの大きな悲鳴が響き、箒を奪い返していた。
「ほら。やっぱり大事なんじゃない」
箒を抱きかかえる私を見下ろしてユウカちゃんはそう言った。
いつも通りの肌触りなのに、折れた先端だけがチクチクと刺さり痛い。
「口では言ってるけど、境歌はおばあちゃんのことが好きだったんだよ」
ユウカちゃんは私の背中を優しく撫でた。
「箒を大事にしてたのだって、捨てられなかったのだって、おばあちゃんとの思い出が消えそうで嫌だったんでしょ?」
このアパートで毎朝箒を掃いていたおばあちゃんの姿を思い出す。
私が顔を見せると、いつも優しい笑顔を浮かべてくれた。
「そうじゃなきゃ毎朝掃き掃除なんてしないよ。それが遺言だったとしても、ね」
「う、うぅ……」
おばあちゃんとの記憶を思い出すごとに、私の目からは涙がこぼれ落ちていく。
おばあちゃんが亡くなってから初めての涙だった。
「境歌はおばあちゃんっこだったんだね」
「うぅ……おばあ……ちゃん…………おばあちゃん……あぁぁぁ!」
おばあちゃんが亡くなったのを、本当の意味で理解した気がした。




