第6話
「ようやく会えたわね。魔王」
後ろにいたユウカちゃんの矛先が魔王に向いたのがわかった。
剣はまだ私の首筋にあるが、怒りや殺意が滲み出たこれまた冷たい声が私の心臓を揺らす。
無意識に箒を持つ手が震えた。
「聞こえなかったか? 何をしていると聞いている」
マオさんは仁王立ちでユウカちゃんをまっすぐ見据えていた。
周りに黒いモヤのようなものが激しく揺らいでいる。
——あれが瘴気というものなのだろうか。
「何って……見てわからない?」
「勇者とあろう者がそんな汚く醜い手を使っているから聞いている」
「だったら何? 卑劣な魔王にそんなこと言われたくないんだけど」
「ちょ……ちょっとユウカちゃん。喧嘩はダメだって」
一触即発の状態のユウカちゃんに私は落ち着かせるように声をかける。
「今日は話し合いだけでしょ?」
——だから私は六花の案に乗ったのだ。
もし戦うのなら約束が違う。
少なくともここを戦場にしないでほしい。
「わかってるわよ。私はね」
ユウカちゃんは冷たくそう呟いた。
「けれどそれはあっちの魔王次第。もし攻撃してくるなら私もそれなりに抵抗するわよ。それも言ったわよね?」
「それは、そうだけど……」
私はキュッと唇を噛み締める。
確かにこの人質作戦をするときにそんな話をしていた。
まさかマオさんがこんなに臨戦状態になるとは思わなかったから、軽い気持ちで承諾してしまった。
つくづく私は異世界の理解が足りなかったようだ。
「管理人を解放しろ」
マオさんが冷たくユウカちゃんにそう言い放つ。
「それはあんたの態度次第ね。その纏ってる瘴気を納めて全ての武装を解除して」
「…………何?」
「勘違いしないで。私はただ聞きたいことがあるだけ。あんたが応じれば、私も攻撃しないと誓うわ」
マオさんがじっとユウカちゃんを見据えた。
だがしばらくすると、
「……わかった」
そう言うと、さっきまでの禍々しいオーラが消え、外套の中からボトボトと武器を落とし始めた。
そして外套すら脱ぎ捨てて、いつものTシャツ短パン姿に戻る。
「これで満足か?」
「…………え、えぇ……」
ユウカちゃんはマオさんがあっさりと武装解除したのが意外そうだった。
「約束通り管理人を解放しろ」
「………………そうね」
ユウカちゃんはしばらく考えた後、私の首筋から剣を離した。
「境歌。ごめんね」
ユウカちゃんはボソッと呟くと、私の拘束をそっと解き剣を鞘に納めた。
私は軽く息を吐いた。
ふりとはいえ人質になっていたのもそうだけど、ここが戦場にならずに済んだことに胸を撫で下ろす。
これでふたりの話し合いがうまくいけばいいのだけれど……————。
「————聖なる矢!!」
そう願った矢先のことだった。
光り輝く金色の矢は真っ直ぐマオさんの頭に直撃した。
「——ッ!! マイ! なんてことを!?」
ユウカちゃんが2階の廊下に向かって叫んだ。
見ると、杖を弓のように構えたマイさんが薄らと笑みを浮かべて立っていた。
「さぁ。ユウカさん! 今のうちに魔王を!
神のご加護があなたを勝利に導いてくれます!」
マイさんが叫んだ瞬間、闇の光線がマイさんにぶつかった。
激しい衝撃音と共にマイさんが宙に舞った。
「マ、マイ!!」と戦士のイクサさんが悲鳴を上げつつも飛び、マイさんを救出する。
「ふん。そういうことか……」
冷たいマオさんの声が響いた。
マオさんはオッドアイの瞳でギロリとユウカちゃんを睨んだ。
マオさんの頭は貫かれることはなく、うまく矢を弾いたようだ。
だが、それでも効いたのかマオさんの頭からは血が出ていた。
「それがお前たちの作戦というわけだな」
ユウカちゃんは戸惑いがちに首を横に振る。
「ちが……ッ! 私は——!」
「言い訳は無用だ。先に攻撃したのは貴様たちだ」
「マ、マオさん! 待って! 誤解してる」
ひどく怒っている様子のマオさんに私は焦りつつもユウカちゃんを庇う。
「ユウカちゃんは本当に話し合いをするつもりだったんだよ!」
「そ、そうだよ。しかもこの作戦考えたの私だから……!」
六花も便乗するようにマオさんに事情を説明してくれた。
「——なるほどな。管理人たちすらも騙していたようだな。おおかた彼女たちの策に便乗して、私を油断させようという魂胆だな」
(ど、どうしてそうなる……?)
マオさんのその曲解に私の頭は疑問符でいっぱいになる。
けれど私が戸惑っている間に、マオさんはマントを羽織り黒いオーラを放ち周囲を威圧した。
「覚悟はできているんだろうな?」
マオさんはもう無防備な姿をしていない。
改めてマオさんが異界の魔王だということを私は認識した。
「チッ……やるしかないようね」
「——ッ!! ユウカちゃん!?」
マオさんの態度に呼応するようにユウカちゃんも剣を構えた。
それに便乗して、イクサさんもトウリくんも戦闘態勢を取った。
「ま、待ってよ! 話し合うだけだって……」
「境歌……ごめんね。やっぱり私達と魔王は相入れない存在みたい」
(まだ話し合ってすらいないのに……?)
私が戸惑う中、ユウカちゃんも光のオーラを放つ。
マオさんとは対極の勇者たらしめんとするオーラだ。
そのユウカちゃんを見て、マオさんも本領を発揮する。
漆黒のオーラを解き放ち、アパートを巻き込んで周囲を暗黒に染める。
アパート全部を囲んだそのオーラの中は空気がすごぶる重かった。
「来い!」
「喰らいなさい!!」
マオさんとユウカちゃんはほぼ同時に動き出した。
マオさんは右手に殺気のこもった魔力を溜めユウカちゃんに突撃する。
ユウカちゃんは闘気のこもった剣を構えて突撃する。
異世界のことを何も知らない私が見てもわかる。
このふたりがぶつかったら、アパートもふたりもただじゃ済まない。
「ふたりとも……待って!!」
だからというわけではないが、私の身体は自然と動き出した。
ふたりのちょうど間に立ち、箒を握りしめて悲鳴を上げるように叫んだ。
「————管理人!! どけ!!」
「——どきなさい! 境歌!」
マオさんもユウカちゃんも突然の私の行動に驚き、急ブレーキをかける。
だが、そんなにすぐには止まらない。
私は動けず、その場で身を強張らせた。
「——チッ!」
「あぁ! もう!!」
私のところで爆発が起こった。
だが、ふたりともうまく避けてくれたようだ。
幸いにも私は無事だし、ふたりにも怪我がなかった。
その代わり。
————パキッ……。
おばあちゃんの箒が乾いた音を立てて——折れてしまった。
「……あ…………」
私たちの周囲の時間が止まった気がした。




