第4話
「境歌! 魔王は!?」
「あれ〜? おっかしいな。さっきまでいたんだけど」
音もなくいつの間にか消えたマオさんに私は首を傾げる。
「はぁ。ユウカちゃんが来た瞬間、106号室に入っていったよ」
ため息交じりに六花が教えてくれた。
「全く。タイミングが悪いというかなんというか……あとちょっとだったのに……」
ん? 何の話だ?
「キィー!! 魔王め!」
ユウカちゃんは悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「いっつも逃げてばかり!! いい加減、勝負しなさいよ!!」
「——そういえば、ユウカちゃん。前から聞きたかったんだけど、どうしてマオさんを目の敵にしてるの?」
そんなユウカちゃんを見て、私はひとつの疑問を口にする。
ユウカちゃんが勇者で、マオさんが魔王だということはわかっている。
けど、マオさんの人となりを見ていると、想像している魔王ほど悪い印象はない。
ユウカちゃんが目の敵にしている理由が私には思い当たらなかった。
「…………あいつが魔王だからよ」
「いや。それはそうなんだけど」
素っ気なく言うユウカちゃんに私は苦笑いを返す。
極論国同士の争いだ。
だからそう言われてしまったら「そう」としか返せない。
でもユウカちゃんにはそれ以外の思いがあるような気がしてならない。
「……………………あいつが……私の村を……家族を殺したからよ」
しばらくの沈黙の後、ユウカちゃんの口から出た言葉はとても信じられないものだった。
「あいつが、ってマオさんが?」
私は目を丸くして驚きのまま聞き返す。
「そうだって言ってるでしょ」
「ユウカちゃん。それだと境歌さんはわかりませんよ」
苛立ちを隠さないユウカちゃんの肩にマイさんは優しく手を置いた。
それからマイさんは私に向かって優しく切なげな笑みを浮かべると、
「境歌さん。瘴気ってわかりますか?」
私と六花に向かってユウカちゃんのいる世界について教えてくれた。
★★★
ユウカちゃんがいる異世界。
そこは元々、人間が住んでいる国と魔王率いる魔族が支配している領地に分かれていた。
だが、ある時を境に魔族は人間の住む村や街を次々に襲うようになった。
その最たる原因が瘴気だ。
瘴気は無から魔物や魔族を生み出す。
そして魔王が現れると、必ず大地には瘴気が満ちる。
瘴気から生まれた魔物や魔族は凶暴で、人を襲い喰らう。
そのせいで滅亡した村や町は数知れない。
ユウカちゃんの村も例外ではなかった。
ユウカちゃんが隣町に買い物をしている間に瘴気が発生した。
引き止める声を振り切って、ユウカちゃんは村に走った。
村に着くと、瘴気はもう消えていた。
だが、村で生きている人は誰もいなかった。
——村の中央に立っていた魔王を除いては。
★★★
「だからあいつは私の仇なの」
ユウカちゃんは低く沈んだ声でそう言った。
「仇でなくても、あいつは平和のためにも消さなければいけない存在なのよ」
ユウカちゃんの事情は思ったよりも重かった。
まさかユウカちゃんの故郷や家族が殺されていたなんて思いもしなかった。
(でも……本当にマオさんが……?)
私の会っているマオさんとユウカちゃんが話す魔王がどうしても私の中で一致しない。
「んー……でも想像できないなぁ」
同じことを六花も思っていたらしい。
腕組みをして首を傾げていた。
「何よ、六花? 私の言うことが信じられない?」
「いやいや。ごめん。そう言うわけじゃなくて」
目くじらを立てて睨みつけるユウカちゃんに六花は慌てて首を横に振った。
「だってユウカちゃんの故郷って魔王城から一番遠いわけでしょ?」
「だから何よ……?」
「うん。だからそんな遠いところに行ってわざわざ瘴気を放つなんてどうしてだろって——?」
「はぁ? 相手は魔王よ!? そんなの気まぐれに決まってるでしょ」
「んーどうだろ……?」
六花は納得いっていない様子で首を傾げている。
「あ、もしかしてユウカちゃんが勇者だから?」
勇者を狩るためにわざわざユウカちゃんの村に来たってことか。
確かに一理ある——けど。
「じゃあどうしてユウカちゃんは生きてるの?
ユウカちゃんはマオさん……魔王と会ったんでしょ?」
「それもそっか……」
六花はまた考えるように目を瞑って眉間に皺を寄せた。
「——そんなこと……どうでもいいでしょ!?」
けれど私達の疑問を一蹴するようにユウカちゃんは叫んだ。
「私が勇者で、あいつが魔王! そしてあいつは私の村を滅ぼした!
どんな言い訳があるにせよ、それが事実よ」
ユウカちゃんの言い分は一理ある。
マオさんがこの世界では普通だったとしても、ユウカちゃんの世界では違うのかもしれない。
平和ボケした私や六花では、ユウカちゃんの世界を想像することもできない。
けれど。だからこそ——。
「ん~。でもなぁ。やっぱりマオさんと一度話してみない?」
六花がユウカちゃんにそう提案する。
——私もそう思う。
なんとなくだけど。ユウカちゃんの認識に食い違いがあるような気がするのだ。
「はぁ!?」
ユウカちゃんが怒りを隠さずに首を傾げて六花を睨む。
「話す!? 冗談じゃない。話したところで事実は変わらない。何になるっていうのよ」
「落ち着いてよ。ユウカちゃん。
話して納得できないならそれでいいよ。
けれどやっぱり一度話してほしいんだよね。もちろん剣はなしで」
「私もそう思う」
六花の言うことに私も頷いた。
「なんとなくだけど、ユウカちゃん。
何か食い違いがあると思う」
「ふざけないで!! 話し合いじゃ何も解決しないわよ!!」
「いや。でも確かに彼女たちの言うことも一理あるかもな……」
「トウリまで!?」
魔法使いのトウリくんが何かを考えるかのように顎に手を乗っけた。
「言われてみれば確かにおかしい。魔王がなんでわざわざ遠いユウカの村を滅ぼしたのか。
途中に王都だってあるだろ?
その意図を聞いてからだって遅くはないはずだ」
「でも……百歩譲ってそうだとして……じゃあいったいどうやって魔王に会えばいいのよ!」
ユウカちゃんが悲鳴にも近い叫びを上げる。
確かにその通りだ。
現状、会うことを避けているのはマオさんだ。
ユウカちゃん達が積極的にマオさんと戦おうとしているから仕方ないけれど。
その状況で話し合いたいから、と言っても絶対罠だと思う。
いったいどうやってマオさんと話し合いの場を作れるのだろうか。
「ふふふ……そこは安心して」
そう考えていると、六花が不敵な笑みを見せて胸を張った。
「私に考えがあるんだ——」




