第3話
「あれ? 珍しいね。ユウカちゃんがいないなんて」
アパートの物置に箒を仕舞っていると、後ろから女の子の声が聞こえてきた。
その声が聞こえた瞬間、私はすぐに振り返り彼女に向かって突撃した。
「あぁ!! 六花!! 私の癒し!! 今日も大変だったよ〜」
「あぁ〜はいはい。わかった。わかった。とりあえず苦しいから離れて」
六花は私を受け止めて、背中をぽんぽんと優しく叩いてくれた。
鼻から思いっきり息を吸って、六花成分を補充する。
「うわっ。気持ち悪! やめてよ」
その瞬間、六花に身体を押し返されてしまった。
残念。まだ補充しきっていないのに。
「今日はユウカちゃん、化粧水買いに行くんだって。おはよ。六花」
「そ、そうなんだね……おはよー」
何事もなかったかのように挨拶する私に六花は引き攣ったような笑みを浮かべた。
私と同じ制服を着ているが、モデルと言われても違和感がないスタイル。青みがかった黒く長い髪の毛。そして愛嬌のある顔立ちに母性をくすぐられる。
私の親友は今日も可愛い。毎日見ていても飽きない。
「それにしてもまた痩せた? ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「ママみたいなこと言わないでよ」
うざったそうな顔をしていても、それがまた愛おしい。
六花なら目の中に入れても痛くないだろう。
「それはヘッドホン? 歩く時は危ないから外しなよ」
「あぁ。はいはい。それもママみたいだよ。っていうかこれは未来で流行ってるデバイスなんだよ」
実のところ、六花もこのアパートの住民で、未来人だ。
30年後の未来からこの時代に来ているらしい。
しかもこの時代をいたく気に入ったらしく、今は私と同じ高校に通っている。
「拡張現実型の情報端末でね。結構便利なんだよね」
「あぁ……かくちょうげんじつ? かくちょうげんじつね。うん。わかるよ。おいしいよね」
「絶対わかってないじゃん。まぁいいけど。
ってかそろそろ時間やばくない?」
「あ……」
時計を見ると、もうそろそろ出ないと遅刻してしまう時間だった。
「走るよ! 六花」
「え!? もういつも勝手なんだから! ちょっと待ってよ!」
文句を言いつつも、なんだかんだちゃんとついてきてくれるのが六花なんだよね。
★★★
「おはよう。管理人」
翌朝。
いつものようにおばあちゃんの箒で掃いて掃除をしていると、マオさんが出てきた。
「ドラゴンは大丈夫だったんですか?」
確かドラゴンの口から火が止まらなくなったんだっけ?
よくわからないけれど、大変そうだ。
「あぁ。滞りなく解決した。これ。お土産だ」
マオさんは持っていた紙袋を私に差し出してくれた。
受け取って中身を見ると、燻された触手が蠢いていた。
「こ、これは——!!」
「ドラゴンが丸呑みしたクラーケンのゲソだ。これが腹に詰まっていて、火が止まらなくなっていたらしい」
「うわぁ!! ありがとうございます!! これ好きなんですよねぇ」
「…………そうか」
「? どうしたんですか?」
「相変わらず好みがわからんと思ってな。
渡した手前言うのはなんだが、こんなゲテモノ、一部の好事家しか食べんぞ」
えぇ。美味しいのに。
特にドラゴンのお腹に入って燻されたのはスパイスの香りが付いてて、格別なんだよね。
このままでもいいけど、串刺ししてバターを塗って軽く焼いたら……ダメだ。想像しただけで涎が出てきた。
マオさんも絶対に気に入るはずだ。
「あ! じゃあせっかくだしうちでお茶してきます?」
この美味しさは布教してあげないと。
そのためにはうちで振る舞って食べさせるのが一番早い。
しかし————。
「あれ? マオさん?」
マオさんは何故かフリーズしてしまった。
「おーい……」
顔の前で手を振ってみるが、マオさんは固まったまま動かない。
どうしちゃったのだろう。私、何か変なこと言ったっけ?
「そ……そういうことはこっちでは普通なのか?」
「え……?」
「誰彼構わず家に上げるのか? と聞いている」
「まさか」
私はカラカラと笑いながら手を振った。
「さすがに誰でもはしないですよ。マオさんだからですよ〜」
「つまり私は特別と言うことか?」
するとマオさんは急にぐいっと私の顔に近づいた。
ていうか近すぎる。
さすがに私も女子なもんで。
日本人離れした端正な顔のマオさんが間近にいたら照れてしまう。
「あ……まぁ……そうです……ね。特別? ま、まぁマオさんは顔馴染みですし」
てかマオさん。遠目だとよくわからなかったけど、金と赤のオッドアイだし、牙も生えてるんだ。
マオさんがこことは違う別の世界の生き物だということを改めて理解した。
「て、ていうか……近い……ですよ」
さすがに限界がきた私はそう抗議すると、
「む。すまぬ」
とマオさんはすぐに離れてくれた。
「そうか……とくべつ。特別……か……」
だが、口元を隠して噛み締めるかのようにそう言う。
どうしてだろう。
そんなに特別がいいのだろうか。
「い、いや。だが管理人も年頃のおなごだ。
思いを寄せる人物がいたりするのではないのか?
それだったら私を家に招待するのはやめた方がいいとは思うが」
急に早口でそう捲し立てるマオさん。
普段は無表情だから、何考えてるのかわからないけれど、今日はなんだか様子がおかしいな。
「思いを寄せる? 好きな人ってことですか?
もちろんいますよ」
——六花とかね。
「何っ!?」
するとマオさんは心底驚いた様子でふらふらと蹌踉めく。
「そ……そうなのか……?」
「はい! なんならもうずっと一緒にいたいくらいです」
「そ、そうか」
そう相槌を打つと、マオさんは頭を下げる。
「どうしました? マオさん。体調悪いです?」
「いや……問題ない。それなら私はもう身を引くと——」
「——ちょ……ちょっと待って待って待って!!!!」
すると、六花が慌てた様子で私とマオさんの間に滑り込んできた。
「マオさん! この人が言ってる好きな人っていうのは私のことです!! そうだよね?」
「え? うん。そうだよ」
「しかも友達としてだよね? ね!?」
「う……うん」
何を当然なことを聞いているのだろう。
しかもこんな顔を近づけて、必死な形相で目を見開いて。
チューしてやりたい。
「なので全然! いませんから! 安心してください!!」
あぁ。残念。
六花はマオさんの方を振り向いてしまった。
あとちょっとだったのに。
「……そ、そうなのか?」
「はい! この人に好きな人なんていません! だから安心してください」
む。それはそれで失礼じゃないか。
本当のことだけど。
「管理人に好きな人はいないか……そうか」
けれど六花の話を聞いたマオさんは心なしか元気になってきたような気がする。
いつものような雰囲気が戻り、微笑を浮かべていた。
「マオさん。元気になりました?」
「おかげさまでな……せいでもあるが」
「? まぁでもよかったです。なんかよくわからないけれど六花、ありがとうね」
「…………はぁ……これだから……」
六花にお礼を言うと、呆れたように大きくため息を吐いた。
「じゃあせっかくだし、六花も食べる?
マオさんからお土産もらったんだ。クラーケンのゲソ」
「うぇぇ……またそんなん貰ったの? 私はいいよ。ふたりで食べな」
六花は本気で気持ち悪そうに顔を歪めて、首を振る。
美味しいのに。
「そっか……じゃあ仕方がない。マオさん、行きましょう?」
「あ、あぁ————」
そうマオさんが頷いた瞬間。
「————境歌!!」
201号室の扉が思いっきり開いた。
もうそんな時間だったか。
あ、しまった。今はマオさんがいる。
ここで鉢合わせてしまったら大変なことになる。
と慌てて、マオさんの方を見るが。
——ってあれ?
マオさんは既にその場からは消え去ってしまっていた。




