第2話
アパート『メゾン・ド・ボーダー』は異世界と繋がっている。
元々私のおばあちゃんが管理人だったのだけれど、私が高校生になる直前、形見の箒と一緒に管理人を引き継ぐことになった。
高校生がなぜ? と思うかもしれないが、おばあちゃんの遺言にそう書いてあったのだから仕方がない。
遺言によれば、『高校の3年間だけでいい』とのことなので、「3年間だけなら……」と引き受けてしまったのだ。
元々おばあちゃんが特段好きというわけではなかったけれど、遺言だから仕方がないよね。
生前の頃からおばあちゃんからは頼まれていたし。
『境歌ちゃん。高校卒業まででいいから、このアパートで毎朝掃き掃除してくれない?』——って。
そういうわけで、アパートを引き継いだわけだけど、このアパートは一風変わっていた。
上述の通り、ここの住民は全員、異世界人なのだ。
漫画やアニメでよくあるような異世界転生で現代に来たというわけではなく、異世界そのものが扉を介して繋がっている。
マオさんが住んでる106号室は魔王城に繋がっているし、201号室はユウカちゃんが泊まる宿にいつも繋がっている。
他の部屋も全部そうだ。
ちなみに繋がってるのはひとつの異世界だけじゃない。
ある部屋には悪役令嬢がいるし、ある部屋は未来とも繋がっているし、そのまたある部屋には宇宙人がいる。
部屋はまだまだあるから、お目に掛かれていない住民もいる。
「はぁ! 全く。いったいいつになったら魔王城に行けるのよ!?」
そして彼ら異世界の勇者パーティとはほぼ毎朝異世界からこの世界に来ている。
勇者のユウカちゃん。
戦士のイクサさん。
魔法使いのトウリくん。
僧侶のマイさん。
彼ら4人は魔王のマオさん打倒のため魔王城へ行く旅をしているらしい。
ただ魔王城に行く道は険しく厳しい。
ちょっとやそっとじゃ行けないところにあるみたいだ。
だからこのアパートを通じて、ショートカットを試みているんだけど、一向に上手くいった試しがない。
その理由は大きくふたつあった。
「仕方ないだろ?」
トウリくんが呆れ顔でユウカちゃんを見る。
「106号室の扉はこの部屋に住んでる魔王しか開けられない。他の人が無理やり開けても魔王城には繋がらない。ただの空っぽの部屋に入るだけだ」
それが理由のひとつ目だ。
このアパートでは、どういうわけかその部屋の住人にしかその部屋の扉を使えない。
ユウカちゃん達なら201号室。
マオさんなら106号室。
それぞれ自分の部屋の扉を開けなければ、異世界へは繋がらないのだ。
だったらこの世界でマオさんが出てくるのを待てばいいと思うかもしれないが、そう言うわけにもいかない。
「それに私達がこの世界にいられるのは1日1時間くらいですしねぇ……」
マイさんが困ったように眉を顰め微笑む。
そのマイさんの言葉を受けてイクサさんも苦笑いした。
「そうだな。俺たちの身体はこの世界の空気に合わないようだからな。なんだっけ? 身体の中にあるなんとかっていうやつ——」
「魔素でしょ? イクサさん」
「そう。それだ。トウリ」
トウリくんの言葉にイクサさんは大きく頷く。
「身体の中にある魔素がだんだんと蒸発していくんだ。不思議なことにここの世界には魔素というもの自体が存在しないらしい」
それがふたつ目の理由だ。
どうやら私達の世界とユウカちゃんがいる世界は根本的に何かが違うらしい。
そのせいか、体内で必要とされるものも異なっている。
ユウカちゃん達にとっては、魔素という物質が必要不可欠。
それが枯渇すると、命を保つことができない。
同じ姿形をしていても、世界が違うだけでここまで変わるのか。
と最初知った時は驚いた。
「全く! 不便ね!」
腕組みをしながらご立腹な様子のユウカちゃん。
「せっかく魔王城への近道があったと思ったのに、目の前で足踏みしなきゃだなんて!!」
「こればっかりは仕方ありません。こっちはあくまで行けたら嬉しいくらいです。少しずつですが正規の道でも進んでいるんですから、ヤキモキせずに気長にやりましょう」
「わかってるわよ!!」
諭すように語るマイさんに、ユウカちゃんは拗ねたようにそっぽを向いた。
「それで……今日もユウカちゃん達は1時間ここで待つんですか?」
私は箒にもたれかかりながら、ジト目で彼らを見た。
まぁ待つのは勝手だけどね。
さすがにこの服のまま外で待たれると、ご近所から苦情が入るのだ。
私はこれから学校だし、せめて着替えさせないと。
「あぁー!! そうだった! 今日は化粧水買うんだった!」
そう考えていると、突然、ユウカちゃんが思い出したように悲鳴を上げる。
「そういえばもう無くなってしまっていましたね」
マイさんが頬に手を当て、おっとりとした表情でそう言う。
「マイさん! 早く行こ! すぐ行こ!」
「えぇ。そうですね。
……全くダメですね。一度この世界の美容品を知ると、もうあれがないと生きていけません」
ユウカちゃんに腕を引っ張られながらも、マイさんも乗り気だ。
「おぉん? 今日は解散か?」
すると今度はイクサさんがトウリくんの方へ視線を向けた。
「ならせっかくだし、俺達は飯でも食いにいくか?」
「そうだね。イクサさん。久々に牛丼でも食べに行こうよ」
「お、いいねぇ〜」
トウリくんの提案にイクサさんがニヤリと笑みを浮かべた。
そのまま4人は何の疑いもなく、このアパートから出ようとする。
(これはまずい)
私は慌てたように思いっきり息を吸うと——。
「——あの!!」
思った以上に大きな声が出てしまった。
ユウカちゃん達が真一文字に口を閉じ、驚いたように目を見開き私を見た。
こんなに注目されると緊張する。
けれど、言わずにはいられない。
「せめて着替えてから行ってくださいね!」
彼ら4人が神妙な顔でお互いに顔を見合わせた。
けれど郷に入れば郷に従えだ。
コスプレ会場ならまだしも、彼らのようなファンタジー風の衣装を着ている人はこの現代社会にはいない。
もう少しユウカちゃん達には、異世界の住民だということを自覚してほしいな。
——こればっかりは言わないけれど。




