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風を測るー梁末紀行ー  作者: サメ


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第七話 落ちた紙

沈遙は足元の紙を拾い上げた。

月明かりの下で見ると、それは帳面から破り取ったような粗末な紙だった。

何かが書かれている。

宿へ戻り、灯火のそばで広げてみた。

そこには地名と数字が並んでいた。

安河、三百二十。

青柳、百九十。

北陵、四百十。

その下にも聞いたことのない村や町の名が続いている。

数字に規則性は見えない。

税額だろうか。

人口だろうか。

沈遙はしばらく考えたが分からなかった。

ただ一つ気になったのは、紙の端に書かれた小さな文字だった。

『実数』

それだけである。

翌朝、沈遙は市場へ出た。

紙の意味を知る者がいるかもしれないと思ったのだ。

しかし誰に見せても首を傾げるばかりだった。

昼近くになり、彼は昨日の官倉へ足を運んだ。

相変わらず列ができている。

その中に見覚えのある顔を見つけた。

一昨日、自分に話しかけてきた老人だった。

「また並んでおられるのですか」

老人は振り返り、沈遙を見る。

「ああ」

「昨日もお見かけしました」

「昨日は米を借りた」

「今日は?」

老人は少し笑った。

「今日は息子の分だ」

沈遙は言葉を失った。

老人の家だけではない。

列に並ぶ人々の顔には疲労が滲んでいる。

だが騒ぎ立てる者はいない。

静かだった。

静かすぎるほどに。

その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえた。

一騎の早馬が町へ駆け込んでくる。

兵だった。

砂埃を上げながら役所へ向かう。

周囲の人々も思わず目を向ける。

「北からだな」

老人が呟いた。

「分かるのですか」

「馬が汚れてる」

確かにそうだった。

馬も兵も泥だらけである。

急ぎの知らせなのは間違いない。

人々は何も言わなかった。

だが不安げな視線だけが早馬を追っていた。

その夜、町の酒場は珍しく賑わっていた。

皆が昼の出来事を話している。

北で戦が始まったらしい。

砦が襲われたらしい。

いや、ただの演習だ。

話はまとまらない。

沈遙は隅の席で耳を傾けていた。

すると聞き覚えのある声がした。

「噂は便利だ」

振り向く。

そこにはあの男がいた。

青柳駅で見かけ、昨夜も路地で見た男である。

男はいつの間にか向かいの席へ座っていた。

沈遙は思わず身構える。

「あなたは」

「旅人だ」

男は短く答えた。

「何度もお会いしますね」

「北へ向かう者は少ないからな」

男は酒を口に運んだ。

沈遙は机の下で紙を握る。

聞きたいことは山ほどあった。

だが先に口を開いたのは男だった。

「都から来たな」

「なぜそう思うのです」

「顔に書いてある」

男は少しだけ笑った。

初めて見る表情だった。

「都の人間は、まだ答えを探している顔をする」

「では地方の人間は」

「答えを諦めている」

沈遙は返す言葉を失った。

男は立ち上がる。

「一つ忠告しておく」

「何でしょう」

男の目が細くなる。

「数字ばかり追うな」

沈遙の胸がわずかに跳ねた。

まるで手元の紙を見透かしたような言葉だった。

「数字は嘘をつかない」

男は言う。

「だが数字を選ぶ人間は嘘をつく」

それだけ残し、男は酒場を出ていった。

沈遙は慌てて追いかけた。

だが外へ出た時には、男の姿はもうなかった。

冷たい夜風だけが通りを吹き抜けている。

沈遙はしばらく立ち尽くした。

そして懐の紙を取り出す。

『実数』

という二文字が、先ほどまでとは違う重みを持って見えた。

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