第三十四話 川辺の町
翌朝、一行は町を出発した。
春の陽気は続いている。
空は高く、風も穏やかだった。
街道は川に沿って伸びている。
北陵周辺ではあまり見なかった大きな川だった。
水量も多い。
「立派な川ですね」
沈遙が言う。
「この辺りの人間はみんな世話になってる」
柳月が答えた。
「農地もそうだし、荷も運ぶ」
趙万も頷いた。
「昔は船も多かったらしい」
「今は減ったがな」
沈遙は川面を見つめた。
陽の光を受けてきらきらと輝いている。
都にも川はあった。
だがこうして旅の途中で眺めると、また違って見えた。
昼頃、一行は川辺の町へ到着した。
城壁こそないが、人の数は多い。
河岸には船が並んでいる。
荷を積む者。
荷を下ろす者。
商人。
漁師。
様々な人間が行き交っていた。
「今日はここで商売だ」
柳月が言った。
「先生は好きに見て回っていいよ」
「ありがとうございます」
沈遙は頭を下げた。
こういう時のために旅をしているのだ。
まず河岸へ向かう。
漁師たちが網を修理していた。
少し離れた場所では魚を干している。
独特の匂いが漂っていた。
「役人さんかい」
不意に声を掛けられる。
見ると老人だった。
川魚を売っているらしい。
「はい」
「税の取り立てじゃないだろうな」
老人は笑った。
沈遙も笑う。
「違います」
「なら歓迎だ」
どうやらこのやり取りは各地で共通らしい。
老人は魚を一匹見せた。
この川で獲れる魚だという。
沈遙は名前を聞き、記録帳へ書き留める。
「先生」
背後から声がした。
振り向くと柳月だった。
思ったより早い。
「どうしたんですか」
「ちょっと面白い話を聞いた」
柳月はそう言って歩き出した。
沈遙も後を追う。
向かった先は船着き場だった。
そこには何人かの船頭が集まっている。
「この人だ」
柳月が一人の男を指した。
日に焼けた中年の船頭だった。
「何かあったのですか」
沈遙が尋ねる。
船頭は困ったように頭を掻いた。
「大した話じゃねえ」
「だが妙なんだ」
「妙?」
船頭は川の上流を指差した。
「あっちに古い渡し場がある」
「使われていない場所だ」
沈遙は頷く。
「そこがどうしたんですか」
「夜になると灯が見える」
沈遙は少し首を傾げた。
「誰かいるのでは」
「それが誰もいない」
船頭は真面目な顔だった。
「見に行った奴もいる」
「だが何もなかった」
周囲の船頭たちも同意するように頷いている。
どうやら町では少し話題になっているらしい。
「幽霊だって言う奴もいる」
一人が笑う。
「馬鹿言え」
別の男が返す。
どうやら本気で信じている者はいないようだ。
それでも気になっているらしい。
沈遙は記録帳を閉じた。
「面白そうですね」
その一言に柳月が笑った。
「先生らしいな」
「普通は怖がるところだ」
「正体があるなら知りたいですから」
沈遙は答えた。
すると船頭たちは顔を見合わせた。
そして一人が言う。
「じゃあ見に行くか」
沈遙は少し驚いた。
「今夜ですか」
「夜じゃなきゃ灯は見えねえ」
確かにその通りだった。
柳月は面白そうに笑っている。
趙万も後から話を聞きつけて加わった。
「幽霊なら俺が追い払ってやる」
「お前が一番信用できねえ」
船頭たちが笑う。
沈遙も思わず笑った。
春の午後の河岸は賑やかだった。
だがその賑わいの向こうで、使われなくなった渡し場の話だけが少し不思議な影を落としていた。




