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風を測るー梁末紀行ー  作者: サメ


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第三十一話 何が為

沈遙は集落の中央に座らされていた。

周囲を取り囲む人々の視線は厳しい。

若者たちは今にも飛び出してきそうな勢いだった。

その中には先ほど神馬を押さえていた男もいる。

彼らにとって沈遙は禁忌を犯した者なのだろう。

夕日は既に沈みかけていた。

草原を吹く風だけが静かに音を立てている。

長老たちは低い声で話し合っていた。

時折、沈遙へ視線が向く。

そのたびに空気が重くなる。

「先生」

後ろから趙万の声がした。

振り返ると、趙万と柳月がいた。

だが近くまでは来られないらしい。

見張りの男たちが立っている。

「大丈夫か」

「今のところは」

沈遙は答えた。

趙万は眉間に皺を寄せる。

「冗談じゃねえ」

「子ども助けて腕を切るだと」

「落ち着きな」

柳月が小声で制した。

「今は怒鳴ったところで逆効果だ」

趙万は舌打ちした。

だが反論はしなかった。

その時、人々がざわめいた。

バルグが誰かを連れてきたのである。

馬に乗った老人だった。

年齢はかなり高い。

しかし背筋は伸びている。

老人が降り立つと、集落の者たちは一斉に頭を下げた。

長老たちですら立ち上がる。

沈遙はその様子に驚いた。

ただ者ではないらしい。

老人はゆっくりと歩き、白馬の前で立ち止まった。

そして静かにその額へ触れる。

誰も声を出さない。

やがて老人は沈遙の前まで来た。

じっと顔を見る。

不思議な目だった。

怒りも憎しみもない。

沈遙は頭を下げた。

老人は何かを尋ねた。

言葉は分からない。

バルグが通訳する。

「なぜ神馬に触れた」

沈遙は答えた。

「子どもを助けるためです」

老人は黙って聞いている。

「掟は知りませんでした」

「ですが、目の前で子どもが危険だったので」

沈遙は正直に話した。

言い訳をする気はなかった。

老人は再び何かを尋ねる。

「もし掟を知っていたら」

バルグが訳した。

沈遙は少し考えた。

難しい問いだった。

だが答えは一つしかない。

「それでも助けたと思います」

周囲がどよめいた。

若者たちが声を荒げる。

趙万が頭を抱えた。

「先生、お前なあ……」

柳月まで苦笑している。

だが老人は笑った。

本当に小さくだったが、確かに笑った。

再び長老たちの話し合いが始まる。

今度は先ほどより長かった。

若者たちは何度も反論している。

老人も静かに言葉を返していた。

やがて話し合いが終わる。

老人が立ち上がった。

集落中が静まり返る。

老人は高らかに告げた。

人々が息を呑む。

若者たちの顔色が変わった。

「何と言ったのですか」

沈遙が尋ねる。

バルグは安堵したように息を吐く。

「裁きは取り消しだ」

沈遙は目を見開いた。

「本来なら禁忌だ」

バルグは続ける。

「だが、お前は掟を知らなかった」

「それに神馬へ触れた理由も、自分のためではなかった」

沈遙は胸の力が抜けるのを感じた。

若者たちは納得していない様子だった。

それでも誰も逆らわない。

先ほどの老人の言葉は、それほど重いらしい。

老人は沈遙の前まで来た。

そしてゆっくりと右手を取る。

沈遙は一瞬身を固くした。

だが老人はその手を見つめただけだった。

何かを告げる。

「何と?」

バルグは少し笑った。

「その手は神馬を傷つけるためではなく、人を救うために使われた」

沈遙は黙った。

老人はうなずき、静かに去っていく。

人々も少しずつ散り始めた。

祭りは中断されたままだったが、先ほどまでの殺気は消えていた。

夜風が吹く。

趙万が近寄ってきて沈遙の肩を叩いた。

「寿命が縮んだぞ」

「申し訳ありません」

「本当にな」

柳月も呆れた顔をしていた。

だがその表情には安堵も混じっている。

沈遙は空を見上げた。

草原の夜空には無数の星が輝いている。

知らなかったこと。

分からなかったこと。

この旅に出てから、そればかりだ。

だが今日ほど、その重さを思い知らされた日はなかった。

そして同時に、人は話をしなければ分かり合えないのだということも。

草原の風は静かに吹いていた。

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