第二十八話 草原の客
見張り台を後にした一行は、その日の夕方、街道沿いの宿場へ辿り着いた。
北陵の町ほど大きくはない。
だが隊商や旅人が立ち寄る場所らしく、思ったより賑わっていた。
宿の前には馬が何頭も繋がれている。
荷車を止めた趙万が眉を上げた。
「珍しいな」
「何がですか」
沈遙が尋ねる。
「草原の連中がいる」
見ると、宿の軒先に数人の男たちが座っていた。
髪は短く、日に焼けた顔をしている。
着ている服も梁の人々とは少し違った。
腰には短い刀を下げている。
男たちもこちらに気付いたらしい。
一瞬だけ視線が交わった。
だが敵意は感じられない。
「商人ですか」
「たぶんな」
趙万はうなずいた。
「この時期はよく来る」
宿へ入ると、中はほぼ満席だった。
梁の商人。
旅人。
村人。
そして草原の男たち。
様々な人間が同じ空間にいる。
沈遙は少し不思議な気持ちになった。
都ではあまり見ない光景だった。
夕食の席で、その草原の男たちが近くに座った。
一人が梁の言葉で店主へ注文する。
少したどたどしいが十分通じていた。
沈遙は思わず見入ってしまう。
「珍しいか」
柳月が笑った。
「少し」
「先生は都の人だからな」
柳月は杯を口に運ぶ。
「でも、こっちじゃ珍しくない」
「そうなのですか」
「商売する相手だからね」
その時だった。
近くにいた草原の男がこちらを見て笑った。
どうやら話が聞こえていたらしい。
「初めて見るのか」
梁の言葉だった。
少し訛りがある。
「はい」
沈遙は答えた。
男はうなずく。
「俺も都の人間を見るのは初めてだ」
周囲が笑った。
沈遙も笑う。
「お互い様ですね」
男は満足そうにうなずいた。
名前はバルグというらしい。
草原で羊と馬を育てているという。
「商売で来たのですか」
「そうだ」
バルグは答えた。
「革と馬を持ってきた」
「遠いのでしょうね」
「遠い」
男は笑う。
「だが慣れてる」
その笑顔は、先日会った羊飼いの少年とどこか似ていた。
土地は違う。
暮らしも違う。
それでも同じ空の下で生きている。
そんな当たり前のことを沈遙は改めて感じた。
夜が更ける頃、人々はそれぞれの部屋へ戻っていく。
沈遙も自室へ向かった。
窓の外では風が鳴っていた。
遠くから馬のいななきが聞こえる。
記録帳を開く。
『草原の商人と会う。互いを異国と思いながら、同じ宿で酒を飲む。』
書き終えると、沈遙はしばらく考え込んだ。
都では北方をひとまとめに語る者が多い。
だが実際に会ってみれば、一人ひとり違う人間だった。
旅を続けるほど、自分の知らないことが増えていく。
それが不思議と嫌ではなかった。
やがて灯を消す。
明日はさらに北へ向かう予定だった。
宿の外では、春の風が静かに吹いていた。




