第二十七話 古い見張り台
翌朝、一行は村を発った。
空はよく晴れている。
昨夜の冷え込みが嘘のような陽気だった。
街道を進むうち、周囲の景色は少しずつ変わっていく。
木々は少なくなり、緩やかな丘が続いていた。
昼頃、趙万が前方を指差した。
「あれが見えるか」
丘の上に石造りの建物が見える。
塔のようにも見えた。
「あれは何ですか」
沈遙が尋ねる。
「昔の見張り台だ」
趙万が答えた。
「昔、草原の連中が攻めてきた頃に作られた」
沈遙は目を細めた。
北陵へ来てから草原の話は何度も聞いている。
だが実際にその痕跡を見るのは初めてだった。
「今は使われていないのですか」
「もう何十年もな」
柳月が答える。
「今は鳥の住処だよ」
一行は丘へ登った。
近くで見ると、見張り台はかなり傷んでいた。
石は欠け、木の扉も朽ちている。
それでも建物は立っていた。
風雨に耐えてきた年月が感じられる。
沈遙は壁に手を触れた。
ひんやりと冷たい。
「ここで見張りをしていた人もいたのでしょうね」
「いただろうな」
趙万はうなずいた。
「退屈だったと思うが」
沈遙は苦笑した。
確かに見渡す限り丘ばかりである。
だが、もし本当に敵が来れば最初にそれを見つける場所でもあったのだろう。
塔の上へ登る。
風が強かった。
遠くまで見渡せる。
北には草原が広がっていた。
境目などない。
ただ大地が続いている。
「向こうが草原ですか」
「そうだ」
柳月が隣に立つ。
「先生は草原へ行ったことあるか」
「ありません」
「そのうち行くかもしれないね」
沈遙は少し驚いた。
「行けるものなのですか」
「商売人はどこへでも行く」
柳月は笑った。
「国境なんて都の役人が考えるほど立派なもんじゃない」
その言葉が妙に印象に残った。
沈遙は再び遠くを見る。
都にいた頃、地図の上でしか知らなかった土地。
だが実際に見てみると、線などどこにも引かれていない。
人が勝手に決めただけなのだ。
見張り台を下りた後、一行は木陰で休憩した。
その時、年配の御者がぽつりと言った。
「昔は本当に怖かったらしい」
「何がですか」
沈遙が尋ねる。
「草原の騎馬隊だよ」
御者は水を飲みながら続けた。
「村が焼かれたこともあったそうだ」
趙万がうなずく。
「親父から聞いたことがある」
「今は平和だ」
短い言葉だった。
だがその重みは沈遙にも伝わった。
平和とは、最初からそこにあるものではない。
誰かが守り続けた結果なのだろう。
午後、一行は再び街道を進み始めた。
丘の上の見張り台は次第に遠ざかっていく。
沈遙は何度か振り返った。
あの古い塔は、今も黙って北の空を見続けているように思えた。




