第二十五話 街道にて
翌朝、沈遙は柳月たちの隊商と共に北陵を出た。
荷車は五台。
先頭を趙万が歩き、柳月は後方の荷を確認している。
春の日差しは穏やかだった。
雪もほとんど消えている。
「先生、歩くのも板についてきたな」
趙万が振り返った。
「そうでしょうか」
「最初は半日でへばってた」
「そんなことはありません」
「あった」
趙万は即答した。
後ろで柳月が笑う。
沈遙は反論を諦めた。
確かに旅を始めた頃より体力はついている。
街道の両脇には草が芽吹き始めていた。
遠くでは羊の群れが動いている。
「良い季節ですね」
沈遙が言う。
「今だけだよ」
柳月が答えた。
「夏になれば暑いし、冬になれば地獄だ」
「夢のない話だな」
趙万が笑う。
柳月は肩をすくめた。
「商売人は現実を見るのさ」
昼頃になると、一行は小川のほとりで休憩した。
荷車を止め、干し肉と焼き餅を食べる。
趙万は川の水を飲みながら言った。
「州牧に会ったんだってな」
「ええ」
沈遙はうなずく。
「どんな方だった」
「思った通りの人でした」
「と言うと」
「でかくて声が大きい」
柳月が吹き出した。
「間違っちゃいない」
「皆さん、州牧様をご存じなのですね」
趙万は当然だろうという顔をした。
「北陵で知らねえ奴はいない」
「そんなものですか」
「そんなものだ」
趙万は少しだけ真面目な顔になる。
「昔はもっと荒れてた」
沈遙は顔を上げた。
「そうなのですか」
「盗賊も多かったしな」
「商売も今ほど楽じゃなかった」
それまで黙っていた柳月が続ける。
「州牧が来てから少しずつ変わった」
「全部が良くなったわけじゃない」
「でも前よりはましだ」
沈遙は記録帳を取り出した。
『州牧着任後、北陵安定との声あり。』
短く書き留める。
話はそこで終わった。
二人ともそれ以上は語らなかった。
午後になると再び歩き始める。
風は穏やかだった。
荷車の軋む音だけが続いている。
やがて前方に小さな村が見えてきた。
「今日はあそこまでだ」
柳月が言う。
沈遙は目を細めた。
村の周囲には畑が広がっている。
煙突からは煙が上がっていた。
人が暮らしている匂いがする。
夕暮れが近づく中、一行はゆっくりと村へ向かう。
沈遙は歩きながら思った。
北陵へ来てから、多くの人が州牧の名を口にした。
農民も。
商人も。
村人も。
その評価は驚くほど似ている。
それが何を意味するのかはまだ分からない。
だが少なくとも、この土地の人々が州牧を信頼していることだけは確かなようだった。




