第二十四話 隊商の準備
翌朝、沈遙は市場を歩いていた。
春の市は終わったが、町の賑わいはまだ続いている。冬の間に滞っていた荷が動き始める季節なのだと宿の主人が教えてくれた。
市場の一角では、荷車が何台も並べられていた。
袋詰めされた穀物。
革製品。
干した肉。
さまざまな荷が積み込まれている。
その中に見覚えのある姿があった。
「柳月さん」
声を掛けると、柳月が振り返った。
「ああ、役人さんか」
「お忙しそうですね」
「忙しいよ」
柳月は荷車を指差した。
「明日には出るからね」
「どちらへ」
「北の村を回る」
そう言って部下へ指示を飛ばす。
沈遙は荷車を眺めた。
思ったより大掛かりだった。
「そんなに運ぶのですか」
「春は一番動く季節だからね」
柳月は答える。
「雪が消えたら皆まとめて買うんだよ」
なるほど、と沈遙はうなずいた。
都では店へ行けば品がある。
だが北陵では違うらしい。
荷が来ること自体が暮らしの一部なのだ。
その時、荷車の陰から趙万が現れた。
「おう、沈先生」
相変わらず大きな声だった。
「お久しぶりです」
「北陵には慣れたか」
「少しずつ」
趙万は笑う。
「顔色は良くなったな」
「そうでしょうか」
「最初は風に飛ばされそうだった」
柳月が吹き出した。
沈遙も苦笑する。
確かに都を出てから随分歩いた。
旅の生活にも慣れてきている。
「先生も来るか」
趙万が言った。
「どちらへでしょう」
「北の村だよ」
沈遙は少し考えた。
ちょうど別の村も見てみたいと思っていたところだった。
「ご迷惑でなければ」
「迷惑なもんか」
趙万は豪快に笑った。
「荷車は一台増えねえしな」
柳月が呆れたように首を振る。
「そういう計算じゃないだろ」
市場には荷を積む音が響いていた。
冬を越えた町が再び動き始めている。
人も物も流れ出す季節なのだ。
沈遙はその様子を記録帳へ書き留める。
『春。隊商動く。人と物の流れ活発。』
書き終えた時だった。
市場の反対側で小さな騒ぎが起きた。
誰かが言い争っているらしい。
人だかりができている。
だがすぐに役人が駆けつけ、人々を解散させた。
騒ぎはそれだけで終わった。
「珍しいことではないのですか」
沈遙が尋ねる。
柳月は肩をすくめた。
「人が集まれば揉め事も起きる」
趙万も笑う。
「殴り合いじゃなきゃ平和なもんだ」
沈遙は思わず笑った。
昼を過ぎる頃には荷積みも終わりに近づいていた。
柳月は最後の確認を始める。
趙万は荷車の車輪を見て回る。
皆、それぞれの仕事をしていた。
沈遙は市場を見渡した。
北陵に来てから多くの人と出会った。
農民。
羊飼い。
商人。
役人。
それぞれ違う暮らしをしている。
だが皆、この土地で生きている。
明日は隊商と共に町を出ることになる。
沈遙は春風の吹く市場を眺めながら、静かに記録帳を閉じた。




