第二十三話 州牧の宴
数日後の夕刻、沈遙のもとへ州府から使いが来た。州牧が食事に招いているという。断る理由もなく、沈遙は指定された時刻に州府を訪れた。
案内された部屋は思ったより質素だった。豪奢な調度品もなければ、珍しい美術品もない。大きな机の上に料理が並んでいるだけである。
「来たか」
州牧が豪快に笑った。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいい」
州牧は手を振った。
「座れ」
沈遙が席につくと、酒が注がれる。
「飲めるか」
「少しなら」
「それで十分だ」
州牧は自分の杯を先に空けた。
沈遙は苦笑する。
町で聞いた評判通りの人物だった。
しばらくは他愛のない話が続いた。都のこと。旅のこと。北陵の春のこと。州牧は意外なほど話好きだった。
「町はどうだ」
ふと州牧が尋ねた。
「活気があります」
沈遙は答えた。
「皆さんよく働いています」
「そうか」
州牧は少しだけ目を細めた。
「それなら良かった」
その言葉には飾りがなかった。
沈遙は少し意外に思う。
州牧という立場なら、自分の功績を語ってもおかしくない。だが目の前の男はそうしなかった。
「失礼ですが」
沈遙は杯を置いた。
「まだお名前を伺っておりませんでした」
州牧は一瞬ぽかんとした顔をした。
そして大きな声で笑う。
「今さらか」
「申し訳ありません」
「いや、面白い」
州牧は笑いながら酒を注ぎ足した。
「韓粛だ」
沈遙は軽く頭を下げる。
「改めまして、沈遙と申します」
「知ってる」
韓粛は即座に答えた。
「都から来た変わった役人だろう」
沈遙は苦笑した。
どこでそんな評判になっているのか分からない。
韓粛は窓の外へ目を向ける。
「北陵は厳しい土地だ」
「冬になれば死人も出る」
「それほどですか」
「都の連中は雪を見て風流だと言う」
韓粛は鼻で笑った。
「こっちは飯がなくなる」
沈遙は返す言葉がなかった。
村で会った老人や羊飼いの少年の顔が浮かぶ。
確かにこの土地の冬は都の人間が考えるより重いのだろう。
「だから春が来ると皆ほっとする」
韓粛は静かに言った。
「だが安心してる暇もない」
「次の冬に備えなければなりませんから」
沈遙が答える。
韓粛は満足そうにうなずいた。
「少し分かってきたじゃないか」
食事が進むにつれ、部屋の空気も和らいでいった。
その時だった。
廊下の向こうから足音が聞こえた。
部屋の前で止まり、扉が開く。
現れたのは陸景だった。
一瞬だけ空気が変わる。
「失礼します」
陸景は静かに言った。
「州牧様、お話があります」
韓粛は顔をしかめた。
「今か」
「今です」
短い言葉だった。
だが譲る気はないらしい。
沈遙は二人を見比べた。
陸景の表情はいつも通り冷静だった。韓粛も怒っているようには見えない。ただ空気だけが少し張り詰めている。
韓粛はため息をついた。
「分かった」
そして沈遙へ向き直る。
「すまんな」
「いえ」
「仕事だ」
韓粛は立ち上がった。
陸景も一礼する。
二人はそのまま部屋を出ていった。
沈遙は一人残される。
しばらくすると使用人が気まずそうに入ってきた。
「申し訳ございません」
「お気になさらず」
沈遙は笑った。
役所で働いていれば、こういうことは珍しくない。
食事を終えた頃には外は暗くなっていた。
州府を出ると夜風が吹く。
沈遙は歩きながら考えた。
陸景は何を話しに来たのだろう。
気にはなった。
だが聞くつもりはない。
それは自分の役目ではないからだ。
そう思いながら、沈遙は灯のともる町へ戻っていった。




