第二十二話 川沿いの村
春の市が終わった翌日、沈遙は南へ向かった。宿の主人から、川沿いに小さな村があると聞いたからだった。
北陵の町から半日ほど歩くと、大きな川が見えてきた。雪解け水を集めた流れは思った以上に勢いがある。岸辺では何人かの男たちが網の手入れをしていた。
「こんにちは」
沈遙が声を掛ける。
男の一人が顔を上げた。
「旅人か」
「都から来ました」
「役人さんか」
「ええ」
男は少し驚いた顔をした。
「珍しいな」
それは北陵へ来てから何度も聞いた言葉だった。
沈遙は岸辺に腰を下ろした。
「魚を獲っているのですか」
「春はな」
男はうなずく。
「冬の間は難しい」
そう言って網を持ち上げた。
何か所か補修した跡がある。
「毎年直すのですか」
「使えば傷む」
男は笑った。
「人間と同じだ」
沈遙もつられて笑う。
しばらく話を聞いていると、川は村の暮らしに欠かせない存在らしかった。魚を獲るだけではない。水を引き、家畜に飲ませ、人々の生活を支えている。
村へ入ると、子どもたちが川辺で遊んでいた。
その中の一人が沈遙を見て駆け寄ってくる。
「都の人か」
「そうです」
「都には川があるのか」
「ありますよ」
「この川より大きいか」
沈遙は少し考えた。
「もっと大きな川もあります」
子どもは目を丸くした。
「見てみたいな」
どこかで聞いたような言葉だった。
先日会った羊飼いの少年も、都を見てみたいと言っていた。
沈遙は記録帳を取り出す。
『若者や子ども、都への関心あり。』
短く書き留めた。
昼過ぎになると、小さな食堂で休憩を取った。
店の主人は気さくな男だった。
「村は静かですね」
沈遙が言う。
「それが取り柄だ」
主人は笑う。
「何もないが、腹は減らん」
その言葉にどこか北陵らしさを感じた。
豪華ではない。
豊かとも言い切れない。
だが人々は土地に根を張り、自分たちの暮らしを守っている。
食堂を出る頃、空には薄い雲が広がっていた。
川面を渡る風はまだ冷たい。
沈遙は橋の上で立ち止まり、流れる水を眺めた。
都では人の流れが絶えない。
ここでは水が流れ続けている。
どちらも止まることなく先へ進む。
そんなことを考えながら、沈遙は北陵の町へ戻る道を歩き始めた。




