第二十一話 春の市
数日後、北陵では春の市が開かれた。
町の広場には朝早くから人が集まり、周辺の村や遊牧民の集落からも多くの者がやって来ている。
沈遙も宿の主人に勧められ、様子を見に出かけた。
普段の市場より賑やかだった。羊や馬の売買が行われ、織物や革細工が並ぶ。
子どもたちは菓子を手に走り回り、大人たちは値段の駆け引きに声を張り上げていた。
沈遙は広場を歩きながら記録帳を開く。
『春の市。周辺の村々より人集まる。』
そう書き留めていると、後ろから声が飛んだ。
「また書いてるね」
振り返ると柳月だった。
「仕事ですので」
「楽しんでるようにしか見えないけど」
柳月は笑った。
今日の柳月は商売人というより祭りの客のようだった。荷運びの部下たちもどこか気楽な表情をしている。
「今日は荷の売買ですか」
「半分は仕事だね」
柳月は答えた。
「もう半分は顔見せさ」
「顔見せですか」
「商売は信用だからね」
なるほど、と沈遙はうなずく。
都の役所でも人との繋がりは大切だ。商人ならなおさらだろう。
その時、広場の中央で歓声が上がった。
若者たちが腕相撲をしているらしい。
勝った男が両手を上げると、周囲から拍手が起きる。
柳月が笑った。
「毎年あれをやるんだ」
「あなた達のうちから誰か、参加されないのですか」
「私らは商売人だよ」
そう言いながらも少し興味ありげに眺めている。
しばらく歩いていると、見覚えのある顔があった。
王成だった。
両腕に帳簿を抱え、慌ただしく広場を横切っている。
「王成殿」
沈遙が声を掛ける。
王成は足を止めた。
「ああ、沈遙殿」
「お仕事ですか」
「ええ」
王成は苦笑した。
「市の日は何かと忙しいのです」
帳簿を抱え直しながら周囲を見る。
役人らしい視線だった。
祭りを楽しむというより、人の流れを確認しているように見える。
「皆さん楽しそうですね」
沈遙が言う。
「そうですね」
王成は少しだけ表情を和らげた。
「こういう日があるから、人は厳しい冬も乗り越えられるのでしょう」
その言葉が妙に印象に残った。
やがて王成は一礼して去っていく。
柳月がその背中を見ながら言った。
「真面目そうな役人だね」
「そう思います」
「出世しそうかい」
沈遙は少し考えた。
「どうでしょう」
「ですが、良い人そうです」
柳月は声を上げて笑った。
「役人の評価じゃないね」
昼を過ぎる頃には広場はさらに賑わった。遊牧民の笛の音が流れ、露店からは香ばしい肉の匂いが漂ってくる。
沈遙は焼いた羊肉を買い、人々の様子を眺めながら食べた。
笑う者。
語り合う者。
商談をまとめる者。
そのどれもが北陵の暮らしだった。
日が傾き始めた頃、沈遙は記録帳を閉じる。
市は華やかだった。
だが、それ以上に心に残ったのは人々の表情だった。
厳しい冬を越えた者たちの笑顔には、都とは少し違う強さがあるように思えた。




