第十八話 帰り道
村を出た頃には、空は茜色に染まり始めていた。沈遙は北陵の町へ向かって街道を歩く。風は冷たいが、昼間よりは穏やかだった。
丘を下りたところで、一台の荷車が道端に止まっているのが見えた。
車輪が傾いている。
近づくと、若い男が一人で困った顔をしていた。
「どうかしましたか」
沈遙が声を掛ける。
男は顔を上げた。
「ああ、車輪が外れまして」
見ると軸を支える木が割れていた。
「手伝えることはありますか」
「押さえてもらえると助かります」
沈遙は荷車の横へ回った。
男が木片を打ち込み、縄を締め直す。
二人で作業すると、それほど時間は掛からなかった。
「助かりました」
男は頭を下げる。
「私は何もしていません」
「一人だったら日が暮れていましたよ」
男は笑った。
荷車には麦袋が積まれている。
「村へ運ぶのですか」
「ええ」
男はうなずく。
「南の村まで」
「商人ですか」
「違います」
男は首を振った。
「州府の倉役です」
沈遙は少し興味を持った。
「大変なお仕事ですね」
「そうでもありません」
男は苦笑する。
「荷が届くのを待っている人がいますから」
それだけ言うと荷車へ乗り込んだ。
沈遙もそれ以上は聞かなかった。
やがて男は手を振りながら去っていく。
再び歩き始めると、遠くに北陵の城壁が見えてきた。
夕陽を受けて赤く染まっている。
町へ入る頃には日が沈んでいた。
市場は昼間ほどではないが、まだ賑わっている。
食堂からは肉を煮る匂いが漂ってきた。
宿へ戻ろうとした時だった。
「沈遙殿」
後ろから呼び止められる。
振り返ると陸景が立っていた。
相変わらず隙のない表情をしている。
「陸景殿」
「村へ行っていたそうだな」
「ええ」
沈遙はうなずく。
「面白い話は聞けたか」
「たくさん」
沈遙は素直に答えた。
「皆さん、州牧を慕っているようです」
陸景は少しだけ黙った。
「そうか」
短い返事だった。
沈遙は逆に尋ねる。
「陸景殿は何を調べているのですか」
陸景は小さく息を吐いた。
「私の仕事だ」
その言い方に敵意はない。
だが詳しく話す気もないらしい。
沈遙は苦笑した。
「失礼しました」
「いや」
陸景は首を振る。
「気にするな」
しばらく沈黙が続く。
やがて陸景が言った。
「北陵はどう見える」
少し意外な問いだった。
沈遙は考える。
「厳しい土地です」
「だが人々はよく働いています」
「州牧の評判も良い」
陸景は黙って聞いていた。
そして最後に一言だけ言う。
「人の評判だけでは分からないこともある」
そう言い残し、夜の町へ消えていった。
沈遙はその背中を見送る。
立場が違えば見ているものも違うのだろう。
だが自分は自分の役目を果たすだけだ。
そう思いながら宿への道を歩いた。
記録帳には今日だけで何頁もの文字が増えている。
北陵という土地は、歩けば歩くほど新しい顔を見せてくれるようだった。




