第十二話 数えられぬ者たち
翌朝、沈遙は早くから町を歩いていた。
昨夜の陸景の言葉が頭から離れない。
『誰かが数字を集めている。そして誰かが、その数字を隠している』
安河だけではない。
青柳でも北陵でも同じことが起きている。
だとすれば、あの紙に書かれた数字は何なのか。
沈遙は市場の裏手へ足を向けた。
そこには日雇いの労働者たちが集まっている。
荷運びや土木仕事を求める者たちだ。
だが集まっている人数に比べ、仕事は少ないらしい。
朝から座り込んでいる者も多かった。
その中に、以前官倉の列で見かけた男を見つける。
「仕事はあるのですか」
沈遙が尋ねると、男は苦笑した。
「ある日もある」
「今日は」
「ない」
男は肩をすくめた。
「畑を手放した連中が増えたからな」
沈遙は思わず聞き返した。
「増えた?」
「この二年でな」
男は地面に小石で線を引いた。
「借金する」
一本目の線。
「返せなくなる」
二本目の線。
「畑を失う」
三本目の線。
「町へ来る」
四本目の線。
「仕事がなくなる」
五本目の線。
「また借金する」
男はそこで手を止めた。
「こういうことだ」
沈遙は黙った。
その仕組みは単純だった。
単純なのに抜け出せない。
男は笑った。
「先生、役所の帳簿には俺たちも載ってるのか?」
答えられなかった。
役所が記録するのは土地であり税であり収穫だ。
人ではない。
少なくとも目の前の男たちの苦しさは数字になりにくい。
その時だった。
市場の入口が騒がしくなる。
役人たちが張り紙を掲げ始めたのだ。
人々が集まる。
沈遙も近づいた。
『官倉放火犯、三日後に裁く』
そう書かれていた。
捕らえられた若者のことである。
群衆はざわめいた。
だが意外にも怒声は少ない。
代わりに聞こえたのは、諦めたような声だった。
「早いな」
「もう決まったのか」
「そういうもんだ」
沈遙は胸が重くなるのを感じた。
証拠はあるのだろうか。
本当に犯人なのだろうか。
そこへ後ろから声がした。
「先生」
振り向くと陸景が立っていた。
相変わらず無表情である。
「少し付き合え」
そう言って歩き出す。
沈遙は黙って後を追った。
連れて行かれたのは町外れの小さな墓地だった。
新しい墓が並んでいる。
陸景はその一つを指差した。
「今年に入ってからの墓だ」
沈遙は数えた。
十。
二十。
三十。
もっとある。
「病ですか」
陸景は首を振った。
「帳簿ではな」
そして低く言った。
「だが、実際は違う」
風が吹いた。
草が揺れる。
「だから俺は実数を集めている」
沈遙は墓を見つめた。
その瞬間、ようやく理解した。
あの紙の数字は税でも収穫でもない。
人だ。
帳簿に載らない人々。
消えていった人々。
誰かが数えなければ、最初から存在しなかったことになる人々。
北の空には重い雲が広がっていた。
沈遙は無意識に拳を握る。
自分は今、ようやく風の正体に触れ始めている気がした。




