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風を測るー梁末紀行ー  作者: サメ


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第十一話 消えた帳簿

役所の門前は騒がしくなっていた。

沈遙は表向き平静を装いながら様子を窺う。

やがて県令の周徳明が慌ただしく現れた。

顔色が悪い。

そのまま監察院の男に導かれ、役所の奥へ消えていった。

ただならぬ空気だった。

昼過ぎになっても騒ぎは収まらない。

役人たちは走り回り、書庫へ出入りを繰り返している。

沈遙は違和感を覚えた。

書庫。

その言葉が頭に引っかかった。

夕方になり、顔見知りの若い書記官を見つける。

「何かあったのですか」

書記官は周囲を見回した。

そして小声で言う。

「帳簿がありません」

「帳簿?」

「官倉の貸付帳です」

沈遙は息を呑んだ。

米を誰に貸し、どれだけ返済させたかを記した記録である。

もしそれがなくなれば、何が正しくて何が間違っているのか分からなくなる。

「いつから」

「火事の後です」

書記官はさらに声を潜めた。

「監察院の方は、盗まれたと言っています」

沈遙の胸に冷たいものが走った。

火事。

若者の逮捕。

そして帳簿の消失。

偶然にしては出来すぎている。

宿へ戻る途中、沈遙は官倉の前を通った。

焼けた倉は黒い影となって残っている。

その近くに人影があった。

あの監察院の男だった。

男は焼け跡を見つめている。

沈遙は意を決して近づいた。

「あなたは監察院の方ですね」

男は振り返った。

驚いた様子はない。

「そうだ」

初めて肯定した。

「なぜ隠していたのです」

「隠していた方が本当の話が聞ける」

もっともな答えだった。

沈遙は続ける。

「帳簿が盗まれたそうですね」

男はしばらく沈黙した。

そして言った。

「お前は天文台の役人だな」

今度は沈遙が驚く番だった。

「なぜそれを」

「調べた」

男は簡潔だった。

「俺は監察院の陸景という」

それが初めて聞く名前だった。

陸景は焼け跡へ視線を戻す。

「火事の前に帳簿は消えていた」

「何ですって」

「倉が燃えたのは証拠を消すためだ」

沈遙は言葉を失った。

ならば捕まった若者は。

「あの男は囮だ」

陸景が言った。

「真犯人かもしれんし、違うかもしれん」

「では何が分かっているのです」

陸景は沈遙を見た。

鋭い目だった。

「安河だけじゃない」

風が吹く。

焼け跡の灰が舞った。

「青柳でも北陵でも、同じことが起きている」

沈遙の脳裏に紙切れが浮かぶ。

安河。

青柳。

北陵。

あの地名の列だ。

「誰かが数字を集めている」

陸景は低く言った。

「そして誰かが、その数字を隠している」

空はすっかり暗くなっていた。

遠くで鐘の音が鳴る。

沈遙は初めて理解した。

自分が見ていたのは一つの町の問題ではない。

もっと大きな何かだ。

北の風は冷たかった。

その風は、安河の外から吹いてきているように思えた。

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