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風を測るー梁末紀行ー  作者: サメ


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第十話 監察使

沈遙は木札を手の中で裏返した。

裏面には何も刻まれていない。

表の『監』という一文字だけだった。

監察院。

都の役人なら誰でも思い浮かべる名である。

官吏を監督し、不正を摘発する機関。

だが監察使は身分を隠して動くことが多い。

地方官に知られれば証拠を消されるからだ。

沈遙は昨夜の男を思い出した。

役人のようで役人らしくない。

人々から話を聞き集めていた。

そして『実数』と書かれた紙。

偶然とは思えなかった。

翌朝、町では火事の話で持ちきりだった。

官倉を焼いた犯人は捕まった。

そう皆が信じている。

だが沈遙は牢へ向かった。

県令の許可を得て、捕らえられた若者に会うためである。

牢は役所の裏手にあった。

薄暗い部屋の奥に、あの若者が座っていた。

顔には疲れが見える。

「話を聞きたい」

沈遙が言うと、若者は顔を上げた。

「役人か」

「そうだ」

「なら何を聞いても同じだ」

沈遙は少し考えた。

そして率直に尋ねる。

「本当に火をつけたのか」

若者は即座に首を振った。

「やってない」

「だが目撃者がいる」

「見てない」

強い口調だった。

「じゃあ誰が見たんだ」

沈遙は黙った。

実はその証言者の名も聞いていない。

若者は鉄格子の向こうで拳を握った。

「俺の親父は去年死んだ」

突然そんな話を始める。

「税が払えなくなって畑を手放した」

沈遙は聞いていた。

「だから皆、俺が恨んでると思ったんだろ」

若者は笑った。

乾いた笑いだった。

「恨んでるさ。でも火なんかつけてねえ」

沈遙は牢を出た。

空は重い雲に覆われている。

歩きながら考える。

若者の言葉を鵜呑みにはできない。

だが犯人と決めつけることもできなかった。

その時だった。

役所の門前に一頭の馬が止まる。

騎手は見覚えのある男だった。

あの旅の男である。

男は馬から降りると、役人に何かを見せた。

途端に門が開く。

沈遙は遠くから様子を窺った。

男は迷うことなく中へ入っていく。

その姿は昨夜までの旅人ではなかった。

堂々としている。

まるで自分の立場を隠す必要がなくなったかのように。

やがて男は役所の奥へ消えた。

沈遙は懐の木札を握る。

『監』

あの一文字が頭に浮かぶ。

その瞬間、すべてが繋がった。

男は旅人ではない。

監察院の人間だ。

そしておそらく、自分と同じように何かを調べている。

だが何を。

なぜ安河にいるのか。

沈遙が考えていると、役所の奥から慌ただしい声が聞こえた。

「県令を呼べ!」

「今すぐだ!」

空気が変わった。

門の前の役人たちの顔から血の気が引いている。

どうやら火事以上の何かが起きたらしい。

沈遙は無意識に空を見上げた。

北から吹く風が、昨日よりも冷たくなっていた。

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